配列02-2 / 偶像セカンド

今や雑多となった街、秋葉原。

電気街、オタクの街、そんな風に持て囃された時代は今や昔のこと。

しかし秋葉原の持つブランドイメージは損なわれてはおらず、絶えず変遷を遂げていた。それもそのはず、専門分野に特化した喫茶店に地下アイドルの劇場、カラオケや飲食店に行けば何かしらのアニメ作品とコラボしたメニューが出されている。駅から少し離れればコアな専門店や風俗店だってあった。

街の様相はまさしく混沌。

混沌であることは安心できる理由の一つだ。様々なものが街に存在するということは、親しまれているものも排斥すべきとされるものも混在している、ということだ。良くも悪くも、街は様々な人間、文化、存在を許容してきた――勝手に棲みついた、が正しいかもしれないが――。しかしまあ、アニメ・ゲーム好きを騙って友好的に接したかと思えば宗教勧誘を持ちかける輩がいたりする現状は当事者からしたらたまったものではない。

angel's ladder。

混沌の街――秋葉原に居を構えるその事務所は、アイドル事業を主としたビジネスを展開していた。天使のはしご、の意だ。

在籍アイドルは僅か二人。良く言えば新進気鋭の小規模なオフィスだ。経営が傾くような話は関係者の誰も聞いたことがないが、事業を継続できるのは巨大なパトロンがいるからなのか、それとも。

少なくとも、ビジネスの対象となる人間からしてみればどうでもよい話なのだった。在籍している事実よりも、彼女たちが彼女たちでいてくれさえいれば、それだけで彼らはよかったのだから。

「ねえ、アオイ。アイドルって何だと思う?」

中央通り沿いの道を歩くのはアカネとアオイの二人。マスクで素顔を隠す二人の姿は、見る人によればプライベートを謳歌する声優かアイドルだと一目で分かるだろう。秋葉原ではシングルCDのリリースイベントやサイン会が行われることも少なくない。街を有名声優やアーティストが歩いているかもしれない、という認識はファンにとっては共通のものだし、プライベートには決して干渉しないことも暗黙の了解である。

「どうしたの、急に」

だが、アカネとアオイにとってそれらは関心の埒外にあった。彼女らは頭一つ抜けて有名であるとか、秋葉原で知らない者はいないというわけではなかったのだ。新進気鋭のアイドル事務所というのはそれこそ星の数ほど存在するどころか、昨今では兼業でアイドル的な活動をする/させる作品および声優、歌手も増えてきている。いわば「純アイドル」の方が、総体的には少なく珍しいのだ。

要約すると、アカネとアオイは体面や視線を然程気にせずとも騒がれないし問題にはならない、ということだ。屋外でマスクをしているのは事務所内でのルールだ。とはいえ彼女たちは歌を歌うし、喉のケアを怠らない目的でもあるが。

「アイドルってさ、もっとこうキラキラしてて、いっぱいライブして踊って、こう……わーって感じ! じゃない? でもさー、今のわたしたちって何か違うなーって思うんだよね」

「ごめん。アカネのアイドル像がまったく伝わってこないんだけど……」

「もっともっとライブしたいってこと!」

「ライブすることがアイドルってことなのかな……私もよくわかんないけどさ」

「キラキラって感じじゃない? わたしたちもお客さん……カミサマも!」

angel's ladderに在籍する上では観客のことを「カミサマ」と呼称するのがルールだ。といっても、遵守する必要があるのは今のところアカネとアオイの両名のみである。

「でもそれって手段にすぎないよね」

「どういうことー?」

「ううん……私もまとまってないから、上手く説明できないや」

「珍しいね、頭脳明晰のアオイさんが」

「……それ、私が学校辞めたあてつけ? あとアオイさんってわざわざ呼ばないで特に今は」

日比谷アカネと千代田アオイはアイドルだった。

「冗談だってば。青さんっ」

「暑苦しいからいちいち抱きつくなっ、朱穂」

――20XX年、秋葉原。

その日、彼女たちはアイドルだった。

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