配列05-7 / 月の影

短く儚い夢。

フラッシュバックする、憧憬。

鏡の前で立ち尽くしている。

映すのは私の像ではなく、朱色の髪の少女のすがた。

私は何者かになりたかった。

ううん。

私は、私になりたかった。

学校のクラスの人たちを厭う反面、憧れていたのだと思う。

それに気づいてしまったのは飯村朱穂のせいだ。

――私を見ようとするな。私を認識するな。

――私は別に、特別でも何でもない。

――人と違うことをするだけで得られる特別なんて、真の意味での特別とはほど遠いものだ――

それでも、彼女は私を認識した。

その理由は今でも分からないままだけど。

飯村朱穂は、私とは異なる時間を生きていた。

いつしかその事実を知ったとき。

私の夢は終っていた。


目的地を寝過ごしてしまったことに気が付いたのは、抜けきらない微睡みの中でのことだった。

電車が止まる。

窓から見える景色は相変わらずぎらついていて、私のいる場所とは異なる世界に映る。

ふと電車内のモニタを見ると、いつもは来ることのない駅の名前。

「……乗り過ごしちゃってるし……どうしよ」

抱きかかえたソフトケースには薄く塗っていたチークが移っていた。それくらいに惰眠を貪っていたということか。

……今日は家に帰れなさそう。自業自得だ。

肌着だけコンビニで揃えてシャワー付きのネカフェで一晩を過ごそうか、なんてことを考えていた。

ふと思い出して横を見る。

「……えっ?」

飯村朱穂の姿は、もうどこにもなかったのだった。


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季節のようだ、とふと思う。

秋がいいだろうか。朱色に葉を染める風景や、落ち葉の絨毯に似合う風貌をしていたから。

季節は絶えず移ろい、変化するタイミングは不明瞭で、しかし気が付くと身体をわずかに震わせる。

その到来を忘れてしまうのように、季節は冬へと上書きされる。

(……いい加減、進学先……決めなきゃだ)

ずっと。

ずっと、立ち止まっている感覚があった。

何にもなれず、私を私として大成させてやることもできず、ただ燻っていただけの日々。いいや、燻っていたかさえ定かではなかった。

季節は、周囲は、私とは異なるスピードで動いていて。

まるで抗うように心と指先は音を求めた。あの紫煙と騒音が支配する空間で。それら以外が聴こえないように埋もれていれば、私はようやく自分のスピードを得られるのだと、そう感じていた。

周囲とのズレを隠すように、埋めるように、……逃げるように。

音楽は、楽器は、私が逃避するための手段などではない。

ないのだ。

誰かとの接続がないと、それらはすぐに浮き彫りになってしまう。

ふと訪れた秋色の髪の少女は、私の元にやってきたかと思うと、誰よりも早い速度で去っていってしまった。

その後どこに行ったのかは、誰も知らない。


私は今も、あの時の朱穂がどこに行って、何があったのかを知らないままでいる。

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