配列05-6 / 月の影
//////////////////////////////////////////////////////
朝。
何事もない白い朝。少し熱気をはらんだ掛け布団を乱雑にどかし、カーテンを開ける。日差しを取り込むとともに一日が動き出したことを実感する。
空っぽのグラスに、洗っていない食器。昨晩は使われることのなかった歯ブラシと、今日は使われることのない化粧道具。
すべて私のものではなかった。
どことなく居心地の悪さを感じ、急ぎ外出の支度を済ませる。普段の出勤よりも30分ほど早く家を出た。
……今日は休日なのだが。
「……なんか」
「あー、そうだ」
「……あー………………」
「一人ってこんなに退屈だったっけ?」
喫茶店、最寄りのスーパー、洋食店……行く場所はどこにでもあった。しかし行く宛てにはならなかったのだ。
ふとあの場所に行こうと思ったのはそんな時だ。行く宛もない、しかし足を運んでみようかな、と。意味もなく何となく、そんな心持ちで臨んだ。
かつては学生として通っていた駅。
朽ちかけた思い出の中に懐かしい自分の像を見出した。ベースを背負って、世界なんて学校なんてクラスなんて、と独りよがりだったあの頃。ほんの僅かの寂寥感を抱いて。
……ああ、やっぱり私は、あの時とは変わってしまっている。
駅を出たその先の風景は何一つ変わってはいなかった。隣接するビルの中に後から埋め込まれたようにあるコンビニ、だだっ広いロータリー、陽が出ているのに何故か灯る明り。エンジンが切られ鎮座する車、車、適切な距離感で配置された人、人、人、人。
記憶の中の風景と相違ない、普遍。
私は変わってしまった。
変わったのが、良い方向か悪い方向か決めるのは私ではないけれど。
今のこの場には似つかわしくないな、と思う。
きっともう楽器は弾けないし、お酒もたばこも存分に嗜めるし、終電を逃したって誰も咎めてくれない。今ではそういう立場だった。紫煙を燻らす行為に憧れていたのは若かりし時だ。それが今では器官を痛めつける日課へと変貌したのである。
「なに、やってんだろ」
呟くと、ぽつり、と頬に雫が落ちた。
天気雨だ。
……そういえば、最後に泣いていたのはいつだったろう。
寂寥の中。
ふと、朱穂と一緒に夢を見た日のことを思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます