#飄々とした美術部美少女部長 @novelette

九城 ミヤコ

#飄々とした美術部美少女部長 @novelette

入学式の帰り、1人歩いていた私は1人の新雪のような少女に出会った

桜並木に佇み白い髪をたなびかせながら彼女は、紅玉のような瞳を舞い散る桜に向け何かを考えていた。

それはとても美しく、しかしそれはとても現実離れした、一枚の西洋画のような光景だった

私は眼前に広がるそんな非現実な光景に、ただ心酔していた。

ふと、彼女の紅い瞳が私をみつめる。

私は身体を強張らせる。

ふむ、と彼女を顎をさすりながら向かってくる。

そして私の身体を舐め回すように見ると、カバンからスケッチブックと鉛筆を取り出しながら、

「そこの君、私に描かれてみないか?」

 私にそう告げた。

「私……ですか」

 思わず、聞き返してしまう。

「ああ、君だよ君。 その初々しい見た目桜並木にピッタリ合う」

 と、彼女は私の返事を聞かずに新雪のような手を動かし始める。

「君、私と同じ学校の新入生だろう。 あ、動かないでくれたまえ」

「え、あ、はい。 ってことは先輩……ですか」

「そういうことになるね、君より2つ上の三年生で美術部の部長なんかを任せられている」

 彼女は筆を動かし、紅い瞳で私を見つめながら続ける。

「君……いや後輩くんはどうして私を見つめていたんだい? やっぱりこの容姿かな?」

  彼女……先輩の白い髪や肌、紅い瞳は確かに目立つ、実際筆を動かしている先輩の姿を通り過ぎる人々は必ずと行ってもいいほど横目で見ている。

 しかしそれは、美しいという感情からは程遠い、奇異の目線だと思う。

 通り過ぎる人々は皆、描き続ける先輩を違う生き物を見るような、動物園の檻の中に向けるような視線をしていた。

「無理に答えなくてもいいさ。 慣れっ子だからね、まるで違う生き物を見るような視線を向けられるのは」

 どこか彼女は物悲しげにつぶやく。

「先天性色素欠乏症……いわゆるアルビノというやつさ」

「アルビノ……?」

「遺伝子疾患の1つでね、メラニンという色素が欠乏し生まれてきたのさ」

 彼女はしばし筆をとめ、私をじっと、じっと見つめる。

「君は驚いた顔1つしないんだね、変わっているね」

 そう言い、彼女は微笑むと再び筆を動かし始める。

 桜が舞い散る桜並木で筆を動かす先輩は、ただただ美しかった。

しばらくの沈黙の後。

「完成だ。 中々上手く描けたのだが、どうかね」

 そう言って、先輩が私に差し出したスケッチブックには。

 桜舞い散る並木に竚む、1人の少女が描かれていた。

 白と黒で描かれているはずのその絵は、とても鮮やかで優麗だった。

「これが……私? 」

「ああ、君は桜と実に合う。 実に美しい、私と違って」

 彼女は私を見つめる。

「先輩……?」

「こんな容姿で生まれたから、私は奇異の目を向けられて育った」 

 

「だから普通の君が羨ましいんだ」

  

 ぽつり、彼女はそう呟いた。

 そんな事、初めて言われた。

 特徴も無くただただ地味な私に、彼女は美しいと、彼女は羨ましいと。

 しかしそれは嬉しくなかった、彼女がどこか物悲しげに言ったからだ。

 私の口は言葉を紡ぎ出せなかった。

「ああ、すまない。 初対面の人間に弱音を吐いてしまうとはね」

 しばしの沈黙の後彼女はそう言うと、私を描いた絵をスケッチブックから切り離し、そそくさとスケッチブックと筆をカバンにしまった。

「これよかったら、また私の絵のモデルになってくれると嬉しいな」

 彼女はまたも返事を聞かず、私のカバンに絵を置くと立ち去ってしまう。

 私は言えなかった、先輩も美しいですよ、そのたった一言が。

 私は言えなかった、先輩が美しかったから見惚れていたと。

 私は桜並木を去っていく彼女の後ろ姿ただ、見ることしかできなかった。

 白い髪をたなびかせながら去っていく彼女を。


 それが『私』と『先輩』の出会いだった。

 

         


 放課後、授業という枷から解き放たれた生徒達が跋扈する廊下を幼馴染の美遥(みはる)とともに歩く。

 美遥とは小中と同じ学校で、もっとも私の事をわかっている親友でもある。

 彼女は根暗で友達の少ない私と違って友達も多く、陸上部に所属している。

「で、今日もあの先輩のとこいくんだ」

 ふと、美遥がそんな事を口にする。

 美遥の指す「あの先輩」とは、一ヶ月前に出会った白い髪をした彼女のことである。

「うん、もちのろんだよ! 先輩みたいに綺麗な絵を描きたいし、それに……」

「それに?」

「私も先輩を綺麗に描いて、先輩も美しいんですよって伝えたいしね」

「ほんとあの先輩にご執心だね~」

「ご、ご執心っ!? 先輩にそんな感情向けたことなんて無いよっ!」

「そうかな~ あんたが先輩の話をする時の目は正に恋する乙女って感じなんだけどな

~」

 美遥にも言っていなかったがバレバレだったようだ。

私はこの一ヶ月美術部に通ううちに先輩の事が同性同士であるのに好きになっていた。

 美しくも儚げなその容姿を好きになったのでない、飄々として浮世離れした性格が好きになったわけでもない。

 彼女が私に発したただ一言。

「君は桜と実に合う。 実に美しい」

 その一言で好きになった。

 そして私はそんな先輩にいつか言いたい「先輩も美しいです」と。

 心の中で何度もあの先輩の言葉、その時の姿が蘇りうっとりしていると。

「じゃ、私更衣室行くから また明日ね」

 と、言い残し更衣室に入っていく美遥。

 1人、物静かな旧校舎へと歩く。

 新緑の匂いを乗せた風が吹く。

 あの日から……先輩と出会った入学式から1ヶ月以上が過ぎた。

 先輩が部長を務める美術部は、先輩が部長になってからというもの彼女だけのアトリエみたいになっていた。

 昨年、大半の部員が卒業し残ったのは先輩と幽霊部員数名らしい。

 新入部員も私以外いなかった。

 新入生歓迎会の部活紹介で見せた先輩の絵があまりに上手く、入ろうとする人が私を除いていなかった、というのは美遥から聞いた話である。

 旧校舎に入り階段を上がる。

 この旧校舎は、今から六十年前に建てられたらしくオンボロだ。

 廊下は歩く度にミシミシと音を立てる。

 旧校舎は文化部のごく一部の部室があるのみで、空室も多く人気がなく静かである。

 正直言ってかなり不気味である。

 不気味な旧校舎二階の廊下を真っ直ぐ行った先、そこが美術部の部室である旧美術室だ。

「こんちには~」

 扉を開け、部室に入るが……。

「あれ、先輩がいない?」

 普段なら斜陽に照らされた部室に、画架を前にした先輩が白い髪を輝かせながら絵を描いているのだが、今日はその姿がない。

「先輩とお話したいな……」

 なんて独り言がでるぐらいに寂しい。

 仕方ないので1人、描く準備をしているとスマフォが鳴り始めた。

「あれ、先輩からだ」

 先輩とは入部したその日に思い切ってメアドを交換したのだが、彼女から連絡が来るのは初めてだ。(ちなみにL○NEはやっていないらしい)

『もしもし後輩くん、今すぐに私達が出会った桜並木に来てくれるかい。

道具一式を持って。以上だ、なるべく早く頼むよ』

 と、伝えると電話は切れてしまう。

 この一ヶ月一緒に活動していた気づいたが、先輩は意外と自分勝手な面がある(そこもまた魅力ではあるが)

 私は画架、鉛筆、スケッチブックの先輩がいつも絵を描く時に使っている道具一式を持って桜並木へと駆け出した。


        ◇


 桜がすっかりと散り、新緑が暮れゆく陽に照らされた幻想的な並木道に先輩はあの時と同じように顎をさすりながら木々を見つめていた。

「遅かったね、後輩くん」

 彼女はいたずらっぽく微笑む。

 美しい、やっぱり先輩は美しい。

「これでも急いで来たつもりなんですけど」

 と、私は皮肉っぽく返す。

「道具一式持って来ましたけど、今日はここで描かれるんですか先輩?」

 するとまた先輩はいたずらっぽく微笑み。

「今日は君が描くんだ、あの時とは逆で私をね」

「わ、私が先輩をですかっ!?」

 いきなりの事で動揺を抑えきれなかった。

 でも、ダメダメな私が先輩を描いていいのだろうか?

 私がそんな事を考えていると、先輩が顔を除きこむ。

「私を描く、それが後輩くんの願いだろ? 描いて私に言ってみせて『美しい』ってさ」

「な、なんで先輩がそのこと知ってるんですかっ!?」

 顔が、いや全身が燃えるように熱くなった、恥ずかしさで。

「りんごみたいに赤くなった、後輩くん可愛いね」

 と先輩が茶化してくる。

「ふふ、偶然聞いてしまってね」

「偶然って……」

「ほんとに偶然だったんだ、後輩くんを迎えに行く途中でね」

 ま、まさか美遥との会話を聞かれていたとは……。

「おっと、後輩くん無駄話はここまでにしておこう」

 先輩が空を見上げる。

「日が落ちるまで時間がない、さあ描き給え。私を」

 そう言われ、ハッとした私は急いで鉛筆を持ちスケッチブックを開く、が。

 憧れの、誰よりも美しい先輩を私が描くことができるだろうか。

 途端に不安になり筆が進まなくなる。

「後輩くん、どうかしたのかい?」

 先輩が心配そうな声音で訪ねてくる。

「い、いえ。 大丈夫です、はい……」

 私の返答を聞くと、先輩は一呼吸起き。

「大丈夫さ、後輩くんなら。後輩くんが見た私を描けばいいさ」

 そして私を紅い瞳で見つめ。

「後輩くんが見た私は、美しいんだろう? 楽しみしてるよ」

 励ましているのか、プレッシャーを掛けているのかどちらなのか。

 でも先輩らしい。

 私は心の中でどこか安心し筆を持った。

 すると。


 一筋の風が吹いた。


 新緑の葉が揺れ、黄昏色の光が先輩の白い髪を、白い肌を照らす。

 オレンジ色の淡い光は先輩を美しく映し出す。

 私はその一瞬を目に焼き付け筆を動かす。

 あの一瞬を残す為に。

 先輩に美しいと伝える為に。


       ◇


 それからどれぐらいの時が経過しただろう。

「できましたっ!」

 気がつくと陽は落ちきっており、街灯が先輩を、並木を照らしていた。

「って、先輩?」

 街灯に照らされた先輩は。

「寝てるっ!?」

 ぐっすりと立ったまま寝ていた。

 その姿も石像のように美しい、まるでミロのヴィーナスのようだ。

 眠っている先輩をしばらく見ていたいが、その気持ちを抑え先輩の方を揺さぶる。

「先輩、先輩、描けました。起きてくださいっ!?」

「……!? ああ、後輩くん。私は寝てないよ、実はずっと起きてい「ませんでしたよね、

寝てましたよね」

 先輩がとぼけようとするので咄嗟にツッコミをいれる。

 小さく伸びをした先輩は、私を真剣な眼差しで見つめ。

「それで、完成したんだよね。見せてくれるかな、まあ、嫌と言っても力尽くで奪い取って見るけどね」

 ふふ、といつものように笑みを浮かべる。

「はい、完成しましたよ。 ……って力尽くで奪い取ったら破けますよね」

 なんて、皮肉を言いながら先輩にスケッチブックを渡す。


 これが、私から見た先輩です。


 スケッチブックを見つめる先輩に、小声でつぶやく。

 じっくりと、じっくりと先輩は私の描いた絵を見つめる。

 静寂が、並木道を包む。

 風が吹いた。。

あの日のように先輩の白い絹のような髪がたなびく。

「これが、君から見た私なんだね」

「先輩は、先輩は……」


「美しいです、とても美しいです」

 

 やっと、この一言が言えた。

「この絵を見ればわかるさ、君は本当に私を美しい、綺麗だと思っているってね」

 先輩が嬉しそうに微笑んだ。

「まあ画力は私には到底およばな……?」

 ふと先輩が私の方を見て、困った顔をした。

「泣いているのかい? 後輩くん」

 先輩に言われて気づいた、頬が涙に濡れていたことを。

「い、いえ。これは、涙じゃなくて……」

「強がりはやめたまえ」

 そう言うと先輩は、私のことをギュッと抱きしめた。

「ありがとう……後輩くん。 私を美しいと言ってくれて」

 その一言で、無意識に抑えていた感情が涙となって溢れ出した。

 泣きじゃくる私を、先輩はただ抱きしめてくれていた。


       ◇


「服が涙で濡れてしまったよ、後輩くん。 どうしてくれるのかな?」

 あれから数分、泣き止んだ私に先輩は皮肉っぽく、でも優しく呟く。

「ご、ごめんなさい……」

 先輩の前で、あんな醜態をさらしてしまったことが今になって恥ずかしくなって顔が熱くなってしまう。

 恥ずかしさを紛らわす為に、スケッチブックから絵を切り離すが。

「「あっ」」

 勢い余って、破いてしまった。

 私と先輩の間の抜けた声がこだました。

「せ、先輩、や、破く気は無くて……その……」

「ふふ、また泣きそうになっているね後輩くん。 気にしなくていいさまた描けばいいだけの話さ」

 と、破けた絵を私の手から取り上げる。

「でも、この切れ端は貰っておこう。 せっかく後輩くんが私を描いてくれたんだ」

 と、先輩は切れ端をファイルに大事そうに挟み、カバンにしまう。

「さて、ともう遅いから帰るとしよう。後輩くん」

 時刻は十八時を過ぎていた。

「でも道具を片さないと……」

「そんなもの、明日にでも返せばいいだろう?」

 先輩が歩き出す。

「ま、待ってください先輩っ!」

「早くしないと置いていくぞ。後輩くんは美しいから誰かに襲われるかもね」

 急いで道具をしまい、先輩の元へ急ぐ。

「先輩だって美しいんですから、襲われますよ」

 皮肉を言い合い、私は先輩と二人並木を駅の方に歩いていく。

 夜風が吹いた。

 先輩の白い髪を街灯が煌めかせる。

 やっぱり先輩は誰よりも、この世の何よりも美しい。

 先輩が卒業するまで、こうしてずっと隣にいたい。

 そんなことを思いながら先輩と話をする。

「後輩くんの目線が恐い……」

「い、いい雰囲気が台無しですよっ!」

 私と先輩は見つめ合い、笑い合った。

 

                                    ――fin――

 


 

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