第5話 奴隷少女、主人の事情を聞く。



「カオル! ぼ、僕を男にして下さいッ!」



 少年は突然立ち上がり、徐に頭を下げてそう述べた。


 その言葉に私は一瞬だげ食べ物を口へ運ぶ手を止めてしまった。


 しばらく二人の間に沈黙が続いたが、私は再び口に食べ物を運びながら返事を返した。



「それは、そっち系の話か?」



 私がワザとらしくニヤニヤと微笑みながら尋ねると、顔を上げた少年は何の事かわからず首を傾げた。


 透かさず、ルベルレットが少年に耳打ちすると、次第に少年の顔は茹で上がっていった。



「しょ、しょーゆーひみで、い、いったんじゃないひですッ!」



 少年は混乱した様子で否定していた。


 勿論、彼が言おうとした男とは、一人前のおとこにして欲しいという意味だという事は理解している。


 しかし、こうも可愛い反応をしてくれるとは、思わず吹き出してしまった。



「か、揶揄からかわないで下さいッ!」


「悪い、悪い。おもろい反応やったから、ついな」



 私の言葉に、少年は不機嫌になりながらも、椅子に座り直し事情を説明し始めた。



「先ほどは家名を伏せて自己紹介したので、改めて自己紹介します。僕はシャルジュ=アステーナ、この王国の第三王子です」


「ふ〜ん。それで?」



 私がエールを煽りながら尋ねると、シャルジュは私の反応に逆に驚いていた。



「え? あの……僕、この国の王子なんだけど……」


「悪い悪い。王様とか王子様とか、いまいちピンっとんねん」



 私の反応に、戸惑っていたがシャルジュは気を取り直して事情を説明し始めた。




 ***




「よーするに、王様になりたないから冒険者になるって事やな」


「はい」


「けど、仮にも王子様やから護衛はつけなアカン」


「はい」


「騎士団の連中は使えん。だからウチを買ったって事でいいんか?」


「はい」



 シャルジュの矢鱈やたら長く、妙に回りくどい話を聞き終わり、私は簡潔に話の内容を確認した。



「僕にはカオルが必要なんです」



 それもそうだろう、まだ10歳の世間知らずのお坊っちゃまが、親の力を借りずに命知らずの冒険者に成ろうと言うのだ。



「別にウチは、契約を破棄するって言ったんちゃうで?」


「え?」



 しかし、どうやらシャルジュは何かを勘違いしているらしい。



地下牢あそこから出してくれただけで、ウチは感謝してるねん。だから、契約は守る」



 私はそもそも、シャルジュを正規兵おかみに突き出すとか、契約を破棄するとは言ったつもりはないのだ。



「じ、じゃあッ!」



 今まで浮かない顔をしていたシャルジュが一瞬で明るくなった。



奴隷ウチを養えるようになったら、ご主人様って認めたるわ。それまではウチが面倒みたるって言ってるねんッ!」


「カオルッ!」



 シャルジュは私の側までやってくると、徐に抱きついてきた。


 それは、何とも歪な主従関係が成立した瞬間だった。



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【登場人物紹介】


【シャルジュ=アステーナ】

 アステーナ王国、第三王子 男 10歳


 国王第三夫人の長男。王位継承権は第三位(現在は権利を放棄)


 幼少より聖職者になるべく、教会等で神事を勉強しており王位継承とは無関係だったが、近年の国王の体調悪化より王位継承争いが激化。

 王位に興味がなかった為、その権利を放棄し冒険者になることを決意した。



【ルベルレット】

 アステーナ王国騎士団親衛隊所属 女 24歳


 シャルジュのお目付役の女騎士。


 半ば家出状態のシャルジュに付き添っている。

 現在、シャルジュへの付き添いは仕事ではなく、休暇を取って個人的に付いて来ている。


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