二人の卒業

 雨はいつの間にか上がっていて、空からは光が差していた。

「お疲れ、お馬鹿さん二人」

 にゅいと、視界に入ってきたのはマリアだった。目にほんのり涙を貯めている。

「どうしてここに? そ、卒業式は?」

「あんた達二人のせいで中止だよっと」

 マリアがソルファとジーンの背中に手を差し入れて無理矢理起こした。

 辺りを囲んでいたのはこの学園の生徒達と、教師達だった。途中から気配は多少感じていたが、ここまで集まっていたとは知らなかった。

「どういうことだよ?」

「あんた達二人があんまり派手にやり合うもんだから、みんな気になっちゃて出てきちゃったんだよ」

 誰かが拍手をし始めた。次いで誰かが拍手をし、次第に大きくなっていった。喝采も聞こえてくる。

 一体何で賞賛されているのかが分からない顔で、ソルファとジーンはきょとんとする。

「な、何が起こっているって言うんだ」

「みんなほとんど全部、見てた。だから、みんなあんなに……」

 マリアはそこで声が詰まってしまった。泣いているようでもあったけど、顔は良く見ることが出来なかった。

「でも……ここで俺たち頑張っても、何にも成らないって。俺たちはここで死ぬ。ここで終わっちまうからこんなくだらない事をやって……」

「確かに君たちはここで終わりだ」

 口を挟んだのは校長だった。

 鋭い相貌が二人を見下ろす。反感を抱くが、殴りに行こうにも体に力が入らない。

「君たちを捕らえるようにと、指示はされているし、また壁の外にも雇われた魔術師が何人もいる。当然今の君たちが挑んで抜けられる筈もないし、万全であってもそれは難しいように思える」

 辺りは静まりかえった。絶戦を繰り広げていた二人の真実に。

 ジーンもソルファも、そしてマリアも何も言い返せない。全くその通りだったからだ。

「で……だ。先ほどまでの戦いを見て、諸君らは彼らが捕らえられて、一生牢獄から出られない生活を望むだろうか?」

 校長があたりに呼びかける、辺りがざわめく。否定的な意見がつぶやかれていく。

「私も同じ気分だ。よって、この二人の逃亡を手助けしようと思う」

 一気に場内が沸いた。その場にいる多くがその考えには同意しているようだった。

ソルファとジーン、そしとマリアはきょとんとした。

「さて手伝うものはいないかね。私一人で外の連中と戦うには少々荷が思い」

「はいはい、やりますやりまーす」

 ジュエルが輪の外から中に入ってきた。

「ジュエル……。君はどうして……?」

「おれは最初っからお前らのファンなんだって。それに、おれはお前達のこと勝手だけど友達って思ってたし。そんな友達にこの先が無いって知れば、何かしてやりたいって思うってもんだろ」

「なんもかんも計算ずくのお前らしくもねぇ」

「こういうときはその場の勢いさ、やって後悔する方が良い」

 そう言って照れくさそうに笑った。

「肩貸せば立てる? 担架はいる?」

 マリアがしらふに戻って聞く。手伝ってくれるらしい。

「肩を貸してくれ」

「同じく」

 マリアに肩を貸してもらってなんとか立ち上がる。あまりの体力の無さに、マリアに半ばぶら下がるような体勢になってしまった。

「重っ、つうか、ジュエルも手伝えよ」

「はいよ」

 と、ジュエルはソルファの側に入って支える。もうさらに一人が入って、ジーンの側を支えた。

 校長が先導して歩き出し、その後に続く。その場にいた多くがソルファ達の後に続いた。ほとんどの教員と生徒がついてきたが何人かはその場に残った。

「校長……校長は何で僕らを助けようとしてくれているの?」

 校長は振り返ってニカっと笑う。

「なに、久しぶりに血が滾った。良い夢を久々に見せてもらった。もともと私は大人のわがままで子供の喧嘩に介入するって輩が大ッ嫌いでね。あまり乗り気じゃなかったが、まあ仕方ないと思っていた。けれどまあ、あんなの見せられたら、私はその時受けた感動の方を守るよ」

 ジーンは睨み、獰猛に笑みを浮かべる。

「逃がして、その後でお礼参りに来るかもしれないんだぜ?」

「その時はその時だ。それはそれで楽しみだし、簡単に倒せるほど安くはないぞ? 私は」

 校長は闊達に笑う。元々気の荒い人間が落ち着いてこうなったのだろうと、二人は理解した。今もこれから戦いに行くって言うのにずいぶん楽しそうだ。

 まるで、祭りのような空気だった。誰も彼もが戦いに魅せられて、今度は戦いをしようと盛り上がっていく。

 二人に対して、尊敬はあるのだろう。恩返しもしたいのだろう、それ以上に滾ったのだろう。この二人のために戦いたいと願った馬鹿が揃った。

 第二演習所をぞろぞろと大人数で抜けていく。晴れた空から差し込む光は明るく、黒い水滴を照らして輝かせていく。

「なあ、マリア。俺たちは遠くに行く。走って走ってその先に何があるのかが見てみたい。どうだ、お前も来るか?」

 ジーンがそう言うとマリアはかぶりを振った。

「魅力的な提案だけどね。やっぱりあたし子供と付き合うつもりは無いの」

「ふふ、お姉ちゃんにふられちゃったねジーン」

「うっせぇぞ、ソルファ」

 顔を赤くしてジーンは言った。

「あたしはね、今日おまえ達みたいな馬鹿を見送り続けるって決めたのよ。自分の力でどこまで行けるか知るより、これから出会う何人もの馬鹿と会いたい。そう思うの」

「マリアがそう言うならそうしなよ。僕らは遠くで迷わず頑張ってるって思えるだけ幸せだ」

「ああ、ありがとうな」

 マリアはそう言って微笑んだ。

 先生であることに悩んでいるようなふしも見ていたので、迷いの無い優しい笑みは二人にとって良かったと思わせるには十分だった。

「さて、諸君そろそろ正門が近いが戦う準備は万全かね?」

 皆が皆、それぞれに持った杖を掲げる。

 開いた学園都市の正門が近づいてくる。すでに待機しているらしい魔術師がこちらへと向かってくる。身柄の引き渡しでも行うつもりだろうが、こちらは戦いに来ている。

「盛大に見送ってやろうじゃないか。総員突撃」

 やってきた魔術師に向けて、生徒達が魔術を放った。

 戦争状態になる場内。それでも皆が皆楽しそうに杖を取り、魔術を唱えて戦いに身を投じていく。

 ふと、ジュエルが肩から手を抜いて、自分の銃を懐から抜いて駆け出す。

「んじゃ、おれも行ってくる。お前らの行く先に良いことがあること願ってるよ」

「ああ! お前は弱いからそんなに頑張るなよー」

「ちゃんと生きるんだよー」

 それを聞いて脱力した様子のジュエルだったが適当に手を掲げると、最前線へと飛び込んでいった。

 気がつけばソルファ達三人の周りには三人の魔術師が取り囲んでいた。

 マリアは、二人を地面に横たわらせると、術式を解放させ虚食いを辺りに展開させる。

「さーて、ちょっとは張り切らせてもらいますかね」

 マリアは手始めに虚食いで、辺りの魔術師を食ってはき出させた。恐怖心が支配し、魔術師達は戦闘不能の状態に陥る。

「あんた達は少し寝てなさい。目が覚めた頃には全部終わっているから。……あたしが、あたし達が守るから……」

 真っ直ぐに見つめるマリアをふたりは信じることにする。一度は彼女に守られている。腕前はその時に見たものだけで十分だ。何より一番信頼している先生だから。

「そうだな、少し休もう……」

「む、おやすみ……」

 二人は意識を失っていった。今ここで出来ることは何一つ無く、見届けるか寝ることぐらいしか出来なかった。

 どこまで行っても二人なら大丈夫やっていけるという確信を胸に眠りに落ちた。

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