力の根源

 全てを無に帰す、無慈悲な炎の濁流だと思った。

 ジーンは、ディスペルの術式を固定してカッターとして飛ばしながら後ろへと後退していく。

 多少の術式の減衰を狙うが、いとも簡単に破られていき、効果があるかどうかは怪しい。

 下がったところ逃げ切れないと分かると、ジーンは立ち止まり気を練る。

 ジーンはソルファが紅蓮乱流を使ってくることを想定はしていた。

 戦いの序盤では無く、終盤に。

 そして、使うとすれば今のようなこちらが勝機を逃した瞬間。つまり向こうの最大のチャンスに。

 必ず仕留められると確信している時に、確実に仕留めるために。

 ジーンも対策を用意していなかった訳でも無い。この日のために練り上げた。技は二つ。一つはディスペルの術式を固定化し、カッターとして攻撃の手段となす事。

 そして、第二は今から繰り出す一撃。

 紅蓮乱流が迫ってくる。ジーンは呼吸を整えて叫ぶ。

絶槍ぜっそう極点ごくてんの一!」

 踏み込み、全ての体の動きを一致させ、莫大ばくだい勁力けいりょくを発生させる。

 勁力の行き先は手の先。その手に持つ杖。

 真っ直ぐ走らせずに幾重にも螺旋を描く。

 杖の先に、幾重ものディスペルの術式を帯びながら、どんな魔術をも拒絶しうる槍を作り突き出す。

 衝突する、絶槍と紅蓮乱流。

 拮抗し、紅蓮乱流の術式を絶槍が螺旋と共にえぐり出していく。

 このまましのぎきって、一気に反撃に移ろう。そう考えたところでジーンは杖のきしむ音を聞いた。

 杖をみると、亀裂がみるみる大きくなっていき、一気に砕けて散った。

 あらかじめ分かっていた事なのかもしれない。

 紅蓮乱流ほどの大きな魔術を拒絶するにはこの杖の強度では届くことは無かった。

 神なる顕現である紅蓮乱流と、低級なディスペルの魔術を埋め込んだ杖。杖にどれだけ人の技の限りを込めたところで元々の差は埋めようが無いと言うことを。

 紅蓮乱流はジーンを飲み込みはじき飛ばす。

 木に叩き付けられ意識は飛びかけるが、それでも体はある。本来の威力であるなら、ここに体はない。けれどもダメージは甚大で、さっきまでソルファに与えたものはそのままひっくり返された。

 紅蓮乱流はまだ空を飛び、そこにある。

「もう一度だ紅蓮乱流」

 再びジーンへと襲いかかる紅蓮乱流。

 なんとか立ち上がって、避けようと試みる。けれども、届かないだろうことは分かった。

 まだ、負けたくない。まだ、終わりたくない。

 強く願うが、手段はない。

 目の前に残像が浮かぶ。

 これは、見たことがある。

 何度も見たことがある。けれども、いつもその速さには追いつくことが出来ない。

 これを掴むことが出来れば、自分は誰よりも速く誰よりも強くなれることを知っている。

 独眼巨人と戦った時、あの時はほんの一瞬つかむことが出来た。

 今は掴めるか? 掴めるか。ではない。つかむのだ。

 自分があそこにたどり着くのではなく、自らがあの像をたぐり寄せるのだ。

 高く飛ぶ。そこに向けて、そして像を追い越す。

 像を追い越した瞬間に、情報が一気に流れ込んできた。

 前の独眼巨人の時は、必死で無意識にやっていたが、今回は分かる。ハッキリと、一言一句間違えずに言ってのける。

「我、求めしは最速の疾走。誰よりも速く、そして誰よりも速く死に至らん死への疾走。我が命を捧げ、今ここにある現実を加速させたまえ」

 ジーンが行った事、それは詠唱に他ならなかった。

 そしてジーンは理解した。

 これこそが自分に唯一使うことが出来る魔術。死への加速であるということを理解した。

人は誰しもが、生きたいと思う反面死にたいという願いも持っている。魔術は生きの魔術である。より強力な生の象徴を己の力によって引き出すのである。ジーンの魔術はその対局。己の死を強烈に意識し、そこに向かって駆け抜ける事で力となすものだった。

これが根源なら気づく訳ないよなと納得する。

紅蓮乱流を避けて疾走する。何もかもは止まったままにさえ緩やかに見える。

 一挙にソルファの目の前まで詰めて、ソルファを殴り飛ばす。

 数撃の拳がソルファへと叩き込まれる。

 ソルファが膝を屈すると同時に、ジーンもまた全身から出血し、膝を屈した。

「ジーン、まさか君は魔術が使えるように……いや、あの時も使えていたと言うのが正しいか……」

「ああ、ソルファお前の言った通りだったよ」

 杖を手離したとき、ジーンは魔術を使えるようになる。ソルファが立てた仮説は見事に的中した。

「ただ、厄介な代物でな。自分が生き急ぐことがこの力の引き替えだから、加速が終わればこうしてぼろぼろになる」

「僕は素直に君がその力を使えるようになったこと、うれしいって思うよ。でもね、そんな不完全な力で僕を倒すの? 倒せるの?」

 答えは知っていて、ソルファは意地の悪い笑みを浮かべる。

「倒すさ。ここまで来て何も惜しむつもりは無い。最後に立っていたほうが勝ちだ」

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