剣戟その果てに

 剣戟は百を超えてソルファとジーン、二人ともが怪我を負うことが無かった。

 ソルファが剛剣をふるい、ジーンがそれを受ける。

 ソルファが一方的に圧しているかのようであったが、ジーンの受けは的確だった。

 全ての斬撃の勢いを流して、殺し、杖へのダメージをゼロにする。

 ソルファの周りに展開する火球を走らせる。ジーンは足を使って回避し、打ち消せるものは消していく。

 火球が全て消されたところ、ジーンは反撃に行く。

 五連撃の突きのフェイントから、本命の突き。

 ソルファは見切って弾く。威力はない。これもフェイント。

 ジーンは杖を取り回し、逆側で首を打ちにかかる。

 ソルファは伏せて回避。そのままジーンの足を炎剣で薙ぐ。

 飛んだジーンに向けて瞬時に火球三つを展開させて飛ばす。

 ジーンは最低限の防御だけを行い、飛びながら頭を打ちにかかる。

 ソルファは防御を選ばなかった。突きを選ぶ。

 炎剣をジーンへと突きにかかる。

 ジーンは攻撃に使う動作を防御にあてる。決定的な隙を目がけてジーンは顔面へと跳び回し蹴りを放った。

 直撃。

 この戦いが始まってから、始めての有効打だった。

 ソルファは受ける瞬間に意識を飛ばされない事だけに注意し、着地するジーンに回し蹴りを放つ。

 ジーンは、頭を腕で守るも直撃を受けてはじき飛ばされる。

 靴で地面を擦りながら着地し、再び構え直す。ソルファもまた構え直す。

「まあまあ、効いたぜ」

「そうかい。僕はそこまで……って言いたいけど、まあ効いたよ」

 かっこよく効いていないと言いたいが、実際にはそこそこにダメージはあった。

「そろそろギアを一つあげるぞ」

「ああ、望むところだ」

 ここまでの戦いは、いつもの試し合いだ。

 よく知っている一番よく知った友達であり、師匠である人間との戦いだ。

 ここからは、仲間だった。自分がながめる最強の相手との相対だ。

 ソルファは炎剣から炎を消し、杖の形状へと戻す。

「望むは炎、天まで届く、炎の炸裂。我が意に従いて、爆ぜる。全てを吹き飛ばし、焼き払わん爆発」

 詠唱するソルファ、ジーンは真っ直ぐに突っ込んでくる。

 ソルファは高く飛んで回避した。

「出でよ!」

 ソルファが自分が元いた場所を杖で指す。

 瞬間、地面が赤みを帯びて圧縮し、爆発を起こした。

 ジーンは爆発に巻き込まれたかと思えばそうでもない。爆発地帯もろともに駆け抜けて回避を成功させる。

「出でよ! 出でよ!」

 魔術とはイメージの固定と、現実に引き起こすことの両面を持つ。

 脳内のイメージが固定できていれば、あとは詠唱無しに再現することも容易だった。

 ジーンの避けて行きそうな場所を目がけて爆発を引き起こしていく。

 木々の合間を縫って走り、飛び、ジーンは爆発を回避していく。

 直撃になりそうなところは、ジーンは自らの杖で切り裂いて足場を作って走る。

 全て回避されるが、しかし、次第に追い込めつつあった。

 爆発。ジーンは木を足場にして高く飛ぶ。

「出でよ」

 ソルファはジーンの周り同時に四点を指定する。

 爆発。

 回避出来ない一撃だった。空中を走る術はジーンには無く、杖で一面を切り裂いたところで、他の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされるのがオチだった。

 瞬間。

 全ての爆発が切り裂かれて霧散した。

 次いでソルファへと円盤状のものが飛来し、ソルファの肩をかすめていき血が滲む。

 ジーンを見やる。

 ジーンは自分の周囲にいくつも円盤状のものを作り出していた。ジーンが高速で杖を回すごとに、その数は増えていく。

 ジーンが作り出したのは、ジーンのディスペルの杖が生み出す結晶だった。

 以前までは杖を高速で回す事によって、術式を展開し、防御に使っていた。

「魔術師には良く切れるカッターだ。気を付けて避けろよ!」

 ジーンは円盤状の塊を自らの杖で叩いてはじき飛ばす。

 魔術で形成された木は、次々と打ち倒されていった。

 魔術を打ち消すディスペル。無の魔術の特性は魔術の否定。病理が存在することを否定する自我、あるいは現実の魔術。

 精神異常から己を守る術ではあるが、振りかざせば、精神異常を根本から否定する刃となる。ジーンが行ったのはその体現であった。

 ジーンが打ったカッターは十を超える。

 一つ一つに違った回転をかけて、ランダムに襲いかかってくる。

 ソルファは後ろへと下がり、回避していく。

「出でよ」

 爆発をぶつけるが、切り裂かれてそのまま襲いかかってくる。

 自分に付与されている魔術を解除するという考えも浮かんだが、ほとんどの人間が、無意識に魔力を垂れ流しているならば効果は無い。

 より大きな魔術・病理によって切り裂く他は無いのだ。

 逃げながら詠唱する。

「我、再び成すは剣。顕れよ!」

 ソルファは再びその手に炎剣を成す。

 後退を止めて一気に、前進へと移行する。

 ジーンが生み出したディスペルのカッターを切り裂いて駆けていく。

 近接戦闘の距離に突入。

 ジーンもまた遠距離攻撃を止めて、構えをもとに戻すと、杖と剣とで打ち合う。

 勢いはソルファの方があった。ジーンは引きながら受ける。

 ソルファは下がるジーンを無理に追わずにその場に留まる。

「セット13」

 ソルファは自らの周囲に、十三もの火球を出現させると共にジーンの元へと走らせた。

 ジーンは杖を回転させて受けにかかる。

「コントロール!」

 十三の火球は全てが全てジーンをそれるように動き、ジーンを取り囲む。

 取り囲むと共にバラバラに全方位から襲いかかっていく。

 ジーンが打ち払おうとすると、火球は自ら回避していく。

「ええい、まどろっこしい!」

「まあ、言うなよ。こいつらは君をイライラさせるために作ったんだから」

 ジーンを火球で作った折の中に閉じ込める。

 ジーンは抜け出すために動くが、火球がそれぞれに牽制して自由にさせない。

 後ろから攻撃しようとして、寸前で止まり前から攻撃しようとして寸前で止まる。

 ジーンは泰然としようと振る舞っているが、徐々に苛立っていくのがソルファには分かって来た。

 何度かジーンは抜け出そうとするがうまく行かず、ジーンは真っ正面にいるソルファに向かって走り出す。

 火球は動かさずにすんなりと通してやる。この状況を作ることこそがソルファの狙いだった。

「オールユナイト、アタック」

 十三の火球は結合し、巨大な一つの火球になりジーンの背後から迫ってくる。

 ジーンが回避をしようと後ろを振り返った瞬間。

「エクスプロード!」

 爆発させた。

 爆破の炎こそジーンに当たらなかったが、爆風がジーンの背中を推して宙を舞わせる。

 ソルファは炎剣を手に上段に構える。

「一撃必殺、斬」

 ソルファの狙いは火球による攻撃では無く、爆風で自由に動けなくしてから炎剣で斬るという戦術だった。

 ジーンは、まさかとでも言いたげに愕然とする。

 ソルファは全速力で踏み込む。

 それと、共に自分の思う最速の速度で切り下ろす。

 斬撃は音の壁を超え、空気は破裂する。

 今までの自分を超えうる最高の一撃を、必ず当たる状況で放った。

 しかし、炎剣を振り下ろして、そこにジーンはいなかった。

 代わりに腹部に激痛が走る。

 ジーンは振り下ろされた炎剣の横にいた。膝をついた状態でソルファの腹部に杖を突き込んでいる。

 痛みに意識こそ失わなかったが、肉体強化以外の術式をすべて強制的に解除させられた。

「良い一撃だ。だが、何をしてくるかって分かれば受けようもあるもんだ」

 ジーンのつま先が焼け焦げていたことをソルファは分かった。

 ジーンはあの音速を超える斬撃を蹴って、避けたのだ。

 音速を超える斬撃を見切り、その斬撃をはじき飛ばす蹴り。

 体を自由に動かす事が出来ない状況で行うその技は、まさに神業と呼ぶにふさわしかった。「勝たせてもらうぜ」

 そこから先はジーンのワンサイドゲームになった。

 半ば意識を失いかけて、炎剣の術式を解除させられたソルファに再構成をさせる暇も無く、ジーンは怒濤の打撃を加えていく。

 ソルファは口を動かせば、その瞬間に頭を殴られ術式構成をゼロにさせられる。

 炎を作り出す暇も与えずにジーンは一方的に殴り続ける。応戦はまるで出来なかった。

 ソルファがジーンと格闘戦で互角でいられた理由はソルファの個人言語である、炎剣と、火球の組み合わせが大いに関係していた。

 それによって生み出す、ジーンが対応しきれない力と速度をもってやった互角になれるのだった。

 単純な技量のみの競い合いなら、多少の体格差があったところでジーンが圧倒することはこれまでの訓練で良く分かっていた。

 けれども、ソルファは耐える。

 後ろへと下がりながら、まだ一枚だけ用意している切り札に向けて耐える。頭の中で術式を練りながら来るべきタイミングに備える。

 防御は最低限に、肉体はより強固になることをイメージして下がる。

 打撃は留まることを知らずに幾重にも襲いかかってくる。

「終わりにさせてもらう」

 ジーンは突きを放つ、ソルファは後ろに倒れ込むようにして避ける。

 さらなる追撃、のど元への突き。

 確かにこれでとどめになる。けれども、ソルファはすでに逆転のチャンスを得ていた。

 ジーンの足下が爆発した。

 ソルファが前日にあらかじめ仕掛けておいた魔術式の地雷だった。ソルファ以外が踏めば爆発する。

 それを反射的に避けようと、ジーンは後ろへと飛び引く。

 ソルファはこの地雷にジーンを誘導することを考えながら後ろへと下がっていた。

 ソルファは詠唱する。

「我、求めしは、光と音の暴発。我が耳のみに届かず、誰の目と耳にも届く暴発」

 ソルファの目の前に光の玉が現れる。

 それは爆ぜて、強烈な発光と頭まで痺れさせるような高音を響かせていく。

 ジーンは瞬間的に目と、耳を閉じて受けるがそれでも一秒、二秒程度は自由に動けないだろうと思った。

 だが、ソルファにはそれだけで十分な猶予だった。

「祖にして、全なる炎。我、元めしは人の恐れし、あるいは人の求めし、炎の根源。最奥にありて、眠りし龍よ。我が召喚に応じ、出で給え!」

 ソルファから魔力の光が空へと立ち上る。それと共に現れたのは、炎の契約獣。紅蓮乱流だった。

 紅蓮乱流を呼ぶには、今声高に叫んだ詠唱だけでは足りない。この術式を組むのは時間がかかる。一度ごとに紅蓮乱流との契約をするためのイメージ形成を言葉と共に頭の中で紡がなければならない。

 ソルファは、ジーンに殴られながらその作業を密かに完遂させていた。そして、今作り上げた隙に詠唱をねじ込み紅蓮乱流を召喚する。

「な、……お前……それは!」

「残念だったね、ジーン。仕留め損なった君の負けだよ」

「行け、紅蓮乱流」

 炎の龍、紅蓮乱流は襲いかかる。全てを焼き払いながら、ジーンへと向かって。

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