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 マリアは森の中を走って抜けて、式典が行われているホールについた。

 傘を閉じて適当な傘立てにぶち込むと、勝手口から入り教職員が集められている席を目指して音を立てないで走る。

 遅れてきたこと、足下をぬらして来たことに顔をしかめられながらマリアは何食わぬ顔で自分の席にたどり着き、座った。

 マリアが到着したのは式が始まってから、一時間後だった。

 式は滞りなく進んでいる様子だった。プログラム冊子を自分が書いたのもあって概ね覚えているが、タイムスケジュール通りに進んでいた。話の長いことに定評のある教頭の祝辞だ。

 来て早々に眠くなるような祝辞だった。

 明るい未来だのなんだの、そんなことが繰り返されているし、なんとなくそんなことを言いたいがために長いたとえ話をしているのだろうと思った。

 明るい未来など等しく誰にもあるわけではない。さっき見てきたばかりで、石でも投げつけたい気分にもなった。

 今、戦っている二人を思って悲しんではいけない。それはよく分かっている。

 自分が悲しめば、それは即ち生き方を規定されている自分を可愛そうと思い、その考えを押しつけることになる。

 彼らはここで終わってしまうが、彼らはそれをより輝かせることで最後の楽しみにすることにしたらしい。

 最後まで見届けても良かったが、きっとその場にいることに耐えられなくなって止めに入ってしまうだろう自分が簡単に想像することができた。

 だから立ち会うのはほんの最初だけだ。それ以上いることは自分には出来なかった。

 ふと、念話を受けた。相手はジュエルだ。

 受け付けないと、返すが、何度も呼びかけてくるので仕方なく応じた。

(何? こんな時に? 式典の最中に念話なんてしてこないでよ)

 マリアはこっちを向いているジュエルを睨みながら答える。

 試験と違って念話を監視している教師は恐らくいないだろうが、一応駄目なものは駄目だ。

(ごめんなさい。一応あやまります。でも気になることが一つ)

(何よ?)

(ジーンとソルファどこ行きましたか?)

 ジュエルの表情は変わらなかった。

 確信に満ちている顔だった。何かがあったそのことだけは知っている様子だった。

(あたしが知るわけ無いわよ。病気……か何かじゃないの?)

(違うでしょ? 先生誤魔化してる)

 壇上では教頭の話が終わり、教頭が下り、卒業生の一人が上がり、卒業生による答辞が読まれようとしている。

(答辞は毎回その年の最優秀成績を収めた生徒が読むもんだ。ぶっちぎりの一位のソルファが本来なら読むはずだっただろう? なんでなの?)

 今壇上に上がった生徒の成績は学年二位。だが、ソルファと比べるとかなり成績は下がり例年通りの秀才の領域の生徒だった。

(さあね、ソルファの性格、あんたも知っているでしょう? なら頼まないってこともあり得るんじゃない?)

(今読んでる奴が答辞を頼まれたのはつい五日前だ。今壇上の奴がが読んでいるものはソルファが書いたものだって聞いたけど)

 マリアは黙り込む。

 ジュエルが言ったことは何もかも正解だった。ソルファが答辞を頼まれていた。けれども一週間前に卒業式に出席できないことを分かると、マリアを通じて出席できない旨を説明し、原稿を他の人に託したのだった。

(聞きたい事はいろいろある、こいつも一緒だった二人が妙に距離を取ってるし、今日の欠席、遅れてきた先生。なあ、あいつらは今何をやっているんだ?)

 ソルファが書いた答辞は読まれ続ける。

(答えることは無いわよ……あたしは何も知らない。念話切るわね)

(ちょっ、まっ)

 瞬間。式典会場全体を揺るがすような轟音が鳴り響いた。

 雷鳴では無い、爆発音だった。答辞は止まり、場内はざわめく。

 マリアは顔をしかめ、ジュエルが遠くで笑うのが見えた。

(先生? 知ってるでしょ? こんな凄いの出せるのソルファしかいないって。念話切っても無駄だよ。切ったら切ったで直接先生に大声で聞くもの)

 マリアは少し悩んだが、もう言い逃れは出来ないだろうと思えていた。

 派手に暴れ回っている馬鹿二人がいるから、どうせバレるのだった。

(……第二演習所だ。そこで二人が戦っている。んなことに成るんだったら戻って来なければ良かった)

(オッケー、ありがとう)

 それだけ言うと、ジュエルは念話を切る。

 そうするとジュエルは周りを見渡して、目があった奴に念話をかけていった。場内は混乱しているので、目立つことも簡単に出来るようだった。

 轟音がただひたすらに鳴り響いている。成るたびに式典会場は揺れ、進行は妨げられた。

 その隙にジュエルがあれこれと念話をいろんな人にかけている。何かの指示をしているようだった。

 マリアは再び、ジュエルに念話をかけて、ようやくジュエルは受けた。

(ジュエル、あんた何やっているの!)

(いや、まあ多分おれ達が見たいものみんなで見たくってね。見てれば分かるよ)

 念話はそこで一方的に切られた。

 ジュエルを注意しようにも、それ以前に自分がやったことが間違っている分、ジュエルを注意しようにも注意することが出来ない。

 数分と経たないうちに、照明が全て落ちた。

 場内が一気に混乱する。周りの教師が立ち上がって、指示を出したりしているが、マリアは座ったままジュエルを見ていた。

 二階席その一番奥から、光が差し込んで壇上の背面に映像が映し出される。

 ソルファとジーンが第二演習場で戦っている映像だった。

 遅れること数秒して音声がついてきた。

 ソルファの剣と、ジーンの杖が打ち合う音。ソルファが引き起こす轟音とが響き渡っていく。

 至高の一戦だった。

 ほんの数秒見ただけでその場にいる人間がどれだけレベルが高いことが行われているのかということを理解して、押し黙った。

 ジュエルが動員したのは、ジーンがまだファントムだった頃、誰が倒すかという賭けをやって盛り上がっていた連中だろうと推測できた。観戦のシステムは出来上がっていたと聞く。

(ね、分かったでしょ?)

(馬鹿な。こんなことやってもすぐに止められるだけよ)

(分かってる。でも、これはみんな見たがっている筈なんだ。これで駄目なら多分みんな外に出て直接見に行くよ)

 十分程度のうちにジュエルが言った通りに、この状況を作ってる使い魔が捕らわれ上映会は中止になった。

 そうして、誰かが外へと駆けだして行き、それに続くように外へと人があふれ出していった。

 マリアを含む、教師達は止めにかかったが、止めきることが出来ずに生徒達は外へと出て行った。

 生徒はほとんど残らず、わずかに残ったクソまじめな生徒だけが残って卒業式は仕方なく無理矢理続けられたがやがて中止になった。

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