知りたかったこと。

「よし、ケーキも買った。後はお姉さん的なスマイルで適当にお祝いをする。それで全部オッケーだ!」

 マリアは寮の前まで来て鼻息を荒くする。

 手にはケーキの入った箱。ジーンとソルファが両方とも甘党であり、好きなケーキ屋は把握している。

 何が好きかまでは分からなかったのでとりあえずいっぱい買っておく。

 それで良いだろう。

 付け加えて教え合いは週六日で、どっちがどっちかと言うことは曜日が決まっていて、それも把握している。

 何でこんなに気合いを入れるのかと立ち返って見れば、今まで生徒にこんな事をしたことは無かったのだと思い出す。

 毎年、何となく見送って、何となく次の生徒が来てそんな感じだった。

 そんなにまじめに教師をやってる自覚も無かったし、ある程度生徒とは距離を取っていたし、専科もエーテルライドなんてマイナーなものだから弟子もいなかった。

 よくよく考えると二人は始めてもった、本当の意味での生徒なのかも知れない。

 そう考えれば卒業するっていう二人にらしくも無いことをやろう、ということに照れも感じるなとぼんやり思う。

 寮の中に入って階段を登っていき、ジーンの部屋の前にたどり着く。

 ノックをしようと思ったが、部屋の中から聞こえてくるのが妙に騒がしかった。

 耳をあてて聞こえてくるのは、怒声だった。

 二人の激しく言い合う声が聞こえてくる。何を言っているかは分からない。

 止めた方が良い。

 そう思って中へとドアもならさずに踏み込んでいった。

 部屋の中は騒然としていた。テーブルは倒れて辺りには本やら書類やらが散乱している。

 うなり声を上げながら、ジーンとソルファ殴り合っていた。

 子供の喧嘩と何ら変わったところは無かった。技も無く、力も無く、気持ちだけの。

「おい、なにやってんだ。やめろ」

 間に入って、殴りにかかっていたソルファを前蹴りで突き飛ばす。

 後ろから突進してきたジーンを足払いで転がして、踏みつけた。

「何をする、マリア!」

 ソルファが起き上がりながら叫んだ。

「何をしているんだあんた達は。落ち着け。とりあえずそこからだ」

 怒鳴り返すと、ソルファは黙り込んだ。襲いかかって来ようともしない。

 数秒間、沈黙がその場を覆った。

「……マリア。とりあえず足を退けてくれもう落ち着いたから大丈夫だ」

「ああ、すまんすまん」

 マリアはそう言って足を退けるとジーンがのそりと立ち上がった。

 ソルファもジーンも顔をぼこぼこに腫らしていた。

 ジーンは黙って机と椅子を立て直すと、勝手に座った。

「まあ、座りなよ。もう喧嘩する気も無くなった。悪かったな、ソルファ」

「僕も冷静さを欠いていたと思うよ。ごめん」

 ソルファがそう言って椅子に座る。残った椅子にマリアが座った。

「なんでお前らが殴り合ってたのか、教えて」

「それは……ジーンに殴られて、頭に来て……」

 そう言ってジーンをゆっくり二人で視線を合わせる。ジーンはうつむいていた。

「お前だっておかしかっただろうが……」

「ジーン。分かってるでしょ?」

 マリアはジーンを睨む。ジーンはちらっと顔を上げて、視線をそらした。

「実家から手紙が来てたんだよ。俺が卒業後にどうなるかって、そんな手紙」

「その手紙は?」

 ジーンはかぶりを振る。

「燃やしたよ。さっき」

 ジーンの目に力はなく、顔は青ざめて、背筋は丸まっていた。

「内容は簡単なものさね。俺が卒業をした次第で、俺は実家に拘束されて一生地下の座敷牢で暮らす。なんてそんなものさ」

 死んだ目ではき出すようにジーンは言った。

 マリアは何も言えなくなった。かけてやる言葉を探して、見付からなくて空で口だけがぱくぱく動くだけだった。

「ん、でまぁ。ソルファにここ出たらどうなるよ? と聞かれてぶん殴ったって訳よ」

 言っていることの重さとは裏原にジーンはけらけら笑いながら言う。

「そっかー、それは仕方なかったねー」

 ソルファも緩く笑っている。

「何かおかしいか?」

 ジーンが聞く。ソルファは首を横に振った。

「何にも。実はね僕も実家から卒業後の進路を決められいてね。卒業次第ライコネン家に出向してそこで魔術の実験動物みたいなことやるんだってさ」

 ジーンもマリアも目を見開いて聞いた。

 ソルファは、腫れ上がった顔でいつも通り温い笑顔を浮かべている。

「僕はこれを聞いてたいそう落ち込んだよ。まさかここまでやってきて、後は薬漬けになって廃人になるしかないなんてさ」

 口が滑らかすぎるほど滑らかにソルファはしゃべる。

「それで、せめてジーンにこの後どうなるか聞きたかった。ジーンが遠くで元気ならそれでいいやって……で、聞いたら殴られた。僕も頭に来て殴り返した。多分それで全部さ」

「そうだな。そっからは簡単か」

 マリアはなんて声をかけて良いか分からない。考えても何も出てこなかった。

 大丈夫だよとも、可愛そうとも、何も言ってあげることが出来なかった。

「あーーもう」

 頭をかいて、拳をテーブルに叩き付けた。

「何であんた達がそんな目に遭ってるんだよ! 何があった。何か書いてなかったのか?」

 ジーンは肩をすくめた。

「さあ。単純に俺が魔術使えないってのと、俺が武芸者ってのがばれた……から? か……。手紙は長かったんだが妙に前置きだけが長かったからなぁ」

 それだけにしては難しい。恐らくジーンもそう思っているはずだ。

 魔術が使えないということが前提でこの学園に入れて、使えるようにすることを目指してそれなりの投資を行っていた。

 それなのに、卒業までに使えないと分かるや否や一生座敷牢で生きろというのは少し話が飛んでいた。付け加えてジーンは絶対に魔術が使えないと言うほどでもなく、ほんの少しだが断片を理解し始めていたりもする。

「ソルファはどうなんだよ」

「あー、僕の場合はどうもミハエルとエーリカが結託した件があったじゃない? あれで二人が失踪なり逮捕なりされることで、両家の親の怒りを買ったらしく、僕が言った通りにならないと家を潰すって話みたい」

「あーそれか-」

 感心無さそうにジーンが言った。

「っていうか、あんた達落ち着きすぎでしょ」

「いや、なんつーか殴り合ったら妙にすっきりしちゃってさ」

 ジーンがだるそうに言ったことにソルファは頷いていた。

「ま、要するに俺たちがやった喧嘩がガキの喧嘩ですまなかったから、落とし前を付けさせようって話だ。うちにしても、あの二つの家からすると少し格が下だしな。跡継ぎには弟もいる」

「僕がいなくなっても家はあるし、別に子供も僕だけじゃないしね」

 妙に明るく、ジーンとソルファは振る舞っていた。

 殴り合ってすっきりしたという本人の弁もあるが、マリアにはその態度が悲しさの裏返しにしか見えてきた。

「逃げないのか……?」

 マリアは聞く。

「無理だろ。師匠でもうちの実家は振り切れなかった。まして、俺は師匠より腕も立たないし、それなりのやつ何人かに囲まれれば終わりだよ。この学園都市を普通に出るだけでも難しいし」

学園都市のその周囲は高い壁に覆われ、出入りするには正門から出入りする他無く、そこを固めれば中から人を出さないようにするのは容易い。元々は城塞都市という経緯もあるらしい。

「ジーンが逃げ切れないっていうんなら僕も逃げ切れないだろうなぁ。それにそれ言ったらマリアだってそうじゃない」

 マリアはこの学院内に半ば閉じ込められている、魔術師だ。ジーンのように実験動物という扱いではないが、危険度の高い魔術の使い手として閉じ込められ、時として研究データを取るために魔術を見せる事がある。

 教師をやることは半分は暇つぶしみたいなものだった。

「それもそうね……。確かに、本気を出して追いかけてくるのをかいくぐるのは難しい。……あたしがここにいる理由の一つでもまあ、ある」

 多くの魔術師を使って誰かを捜す場合、かなりの確率で見付かる。

 というのも、顔や声だけで無く、無意識のうちに魔力は垂れ流されていてその後を追跡されてしまうというのが大きい。

 予算と人数をかけて追いかけられるなら、捕まる確率は高い。

「だろ? もうどうにも詰んじゃって、諦めるしかねーんだよ」

「そうだね。まったくその通りさ」

 闊達に二人は笑う。

 ふと、黙り込んで鉛のような空気が辺りに流れ出す。

「ここで人生が終わってしまう訳だが、俺には最後にどーーーーしてもやりたいことがあってさ」

「奇遇だね。僕もやりたいことがあるんだ」

 ここから先がマリアには読めていた。

 一緒にここまで全力で走ってきたのなら、自分がどこまで来られたのか、自分と同じように走った人間に聞きたい。

 聞きたがる。死を前にするなら、それはなおさらだ。

 したいことを、言って欲しく無い。ただ悲しいだけだ。

「決闘しよう。卒業式の日に」

「ああ、俺もそれが言いたかった」

 二人ともの目は座っていた。

 友人としての相対ではなく、決闘者としての対峙になっていた。

 こうなってしまった、もう戻ることは恐らく無いだろう。卒業式に二人は戦い、どちらかが死ぬまで戦うだろうということは簡単に予想できた。

 それしか、絶望しかない未来に対しての唯一の救いでしか無かったようにも見えた。

 そうするしかない。それが最良の選択なら笑顔で見送る他に選択肢は無い。

 一番はき出したい言葉は噛みしめて言わないことにした。

 改めて今日ここに、なんで来たのか、思い出してそのことを話す。

「はぁ……。今日はさ、あたし一応お祝いするつもりで来ててね。ケーキ持ってきたんだけど、食べる?」

「食べる!」

「食べるよ!」

 二人は目を輝かせてそう答えた。それがマリアにはほんの少しだけ嬉しかった。

 ジーンがコーヒーを淹れて、三人でそれを飲みながらケーキを食べる。

 さっきあったことなんてまるで無かったかのように、楽しく食べて、飲んで、はしゃいだ。

(まだ、ほんのクソガキじゃないか)

 と、楽しそうに笑う二人を見てマリアは思った。

 クソガキのそれ以上でもそれ以下でも無い。ただのクソガキだ。

 マリアに出来ることは、この場を楽しんで卒業のお祝いをすることだけだった。

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