八つ当たり、それ以上でもそれ以下でも無い
寝ても夢を見たところでも何も変わりはしない。起きた時にあるのは現実だ。トイレに突っ伏して寝ていた自分。汚物は流してはいたらしい。
ぼんやりとした頭で起き上がって、トイレから出る。
何もする気にはなれなかった。このままベッドに横になった。それでも眠れる気分にはなれなくって、妙に思考だけが加速して気分がどんどん悪くなっていった。
起き上がることにする。
体を動かすために、木人と対峙する。
細かく拳の連撃。
腕と想定される箇所を掴み、払い、その流れを使って殴る。
足に想定される突起を、踏み蹴り。
腹部にあたるところに、零距離から拳を撃ち込む。
手刀を首の箇所へ撃ち込み、目に当たる場所を指先で払う。
次第に木人が人の形を成していく。
攻撃は更に加速する。
腕を払い、耳に掌打。顎に掌打。
腹部に膝蹴り、足に回し蹴り。
回り込み左方へ。
連続攻撃。顔から腹まで三十発。一秒以内に叩き込む。
首へ貫手。そのまま鎖骨部へ指を束ねて突き入れる。
想像した相手が苦しむのが見えていく。手が届くのならば、何度この結果を望んだことか。
憎い。憎い。憎い。
腕を胸部に、全身の力を固め、伝達する。
拳から、木人に力が伝導され木っ端微塵に砕け散った。
「はぁ……はぁ……、ああ、ああ、……あああああああああああああ!」
叫んだ。
砕いたのは木人だったことに終わってから気がついた。空しさだけが手の中に残り、行き場の無い怒りは叫びになって放出された。
「お、おじゃま……します」
ソルファがドアから顔を出して部屋の中を覗いていた。
「ああ、ソルファか……。そういや、もうそんな時間だったな」
ソルファは夕方六時に来るというのが約束だった。時計を見れば指定の時間を指している。
「ずいぶん熱いね。そんなに練習に熱が?」
「まあ、そんなところかな」
これは練習ではない。ただの八つ当たりだ。それを知られるわけにはいかない。
ソルファが中へと入ってくる。
「今日は……君が僕に教えてくれる番だけど、何する?」
「あー……そうだな」
ジーンは自分がつい先ほど砕いてしまった木人を見る。中心から砕けて足下のパーツを除いて砕けて地面に散らばっている。
「今日はこいつ使うつもりでいたけど、駄目だな。こりゃ」
「うん、駄目だね。何か他にやりたいこととか?」
「うーん無いかな。大体のこと。っつても基礎的な事は大体教えたし。後は外でって感じだけど、ごらんの有様だ」
雪が積もっていく、外を指さす。確かに。とソルファは頷いた。
「今日はやめにしようぜ。っていうかさ、俺腹減ったのよ。飯作って、それ食ってお開きにしねーか?」
「やったー!」
ソルファがいつもの温い笑顔を浮かべて手を挙げて喜ぶ。
少しだけ気が晴れた。明るく振る舞おうと思わなくても、この温い笑顔に合わせていけば自分の張り詰めた感情も少しは落ち着いた。
「待ってろ。その辺りに座ってて」
「あい」
ジーンはキッチンへと行き、エプロンを着ると食材を取り出していく。
そう言えば朝食べてから何も食べてないことを思い出した。煮込み料理やら、時間のかかる料理は避けて炒め物で簡単に済ませようと考えた。
簡単に作って、適当に振る舞って雑談して帰ってもらって寝る。それで今日は乗り切れるだろう。と思った。
十分程度で簡単に仕上げて、大皿に盛りつけてテーブルに運ぶ。後はパンと、適当に作ったトマトとレタスのサラダ。グラスに冷たい水を注いで食卓を完成させる。
「おいしそうだね。変わらず」
「そうか? というか、客にもてなすほどの手間はかかってないえれー簡単なもんだが」
「出来ない僕からすれば、何でもすごい! おいしいのは全部!」
「そうかよ……」
真剣に説き伏せられて、呆れながら料理を口に運ぶ。
おいしいとかまずいとかそういうものを感じることなく、味がどうなっているのかと言うことが今日のジーンにはよく分からなかった。
あっという間に時間が経って、気がついたら食べ終わっていた。皿の中には何も無い。
ソルファもそれは同様だった。
「ああ、食べ終わっていたか」
「どうしたの、ジーン? ぼーっとして」
「なんだ、お前にも分かっちまうのか? こりゃ重傷だな」
ジーンはそう言って力なく笑った。グラスに入った水をすこしだけ飲む。
「確かにちょっと疲れてるのかもな。今日は疲れる事が多かったからな」
「そっかー、僕もね、疲れてここに来るまでは部屋で寝てたんだーえへへ」
「……なんか、今日はそういう日和なのかもな、片付けてくるわ」
ジーンは食器を積み重ねていって、キッチンまでまとめて運んでいった。キッチンに駆けてあるエプロンを着込む。
水を出して容器の中にためると、その中に食器を突っ込んで軽く汚れを落としてからスポンジで汚れを落としてよこに重ねていく。一度全て終えると今度は水を流して汚れを洗い流して食器を乾燥させるラックに立てていく。
単純作業の内容だけは妙に覚えていられた。しかし、これも気がつけば終わっていた。
とっととまた寝たくて仕方が無かった。
頭の中に鉛がたくさん入っていて、それが考える速度も、動く速度も何もかもを遅くしているような気がした。
「ソルファは今日は何かあったの?」
リビングに戻ってエプロンを外しながら聞く。
「うん、まあちょっと……いろいろね。やることが多くて眠くなって寝てた」
「そうか」
「今日は来るのやめようかなーとかちょっと思ったんだけど、会って何かすれば少しは元気になれるかなって思ってさ」
ジーンは適当に相づちを打ちながら、ソルファも大分疲れているということを何となく悟った。
それに対して何も出来るわけでは無いということは分かり切っていたが。
速くこの時間が終わってくれとジーンは願った。
「ところでさ、ジーンは卒業したらどうなるの?」
瞬間、今までのこと、これからのこと、さっきまで考えていたことが沸騰した。
「それを、俺に聞くんじゃねぇ!」
気がつけばソルファを力一杯ぶん殴っていた。
技も何もあったものじゃない。肉体強化もしてないごく平凡なものだった。
何をやっているんだ。と思ったところでソルファが思い切り殴り返してきた。
似たようなものだ。冷静さを無くして、何も付与してない力任せの拳だ。
「ふざけんな! お前のことなんか何も知らないよ!」
殴り返された事で、歯止めが利かないレベルまで頭の中は燃えた。
踏み込んで、思い切り殴り飛ばす。
「ああ、教えたくもない。なんだ、俺にかまって欲しくて来たのか? 残念だったな、自分のことで精一杯だ」
「貴様!」
ソルファが殴ってくる。
殴られてもどうせ効かない。効かない。
自分は殴ることしか考えない。
殴られ、殴り返す。
無駄な力を全力でこめて殴りつける、わずかにソルファは後ろにのけぞって殴り返される。
無様な殴り合いだった。
分かってる。けれども、殴る意外に頭を使えるほど冷静になれない。
沸騰した頭は一向に温度を下げる気配が無い。
殴る。殴られるをただひたすらに繰り返していった。
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