卒業のために必要だったこと。
栄達の道
卒業式までは一週間を切り、休みに入っていた。
ジーンは部屋の中で魔術書を読んでいた。ソルファに習った方法を用いて読んでいた。
数ヶ月が経ち、少し分かる分野と全く分からない分野の区分はついて少し分かる分野の魔術書を読み続けるようになっていった。
部屋の中は暖炉で暖めているが、暖かくなりすぎるとあまり頭が回らなくなるので、すこし離れたところにテーブルを置いて読書に励む。
テーブルの上に広げられたのは、大量の魔術書と大量のノート。ソルファが書いたレポートと、その他論文。筆記用具と、空になったマグカップが手元に置かれている。
顔を上げると、窓の外に雪が降っていた。あたりの音を消しているかのような白い雪だった。窓枠にも雪がつもり、見える場所を狭くしている。雪が音を消すように静かにして、薪が燃える音だけが響き渡る。
休みに入って自主的に勉強をしてみる。ぶっ続けで五時間やったところで集中力がいったん限界に来たので切り上げることにする。
木人でも打つか? とも思ったが冷えた体でそれをする気にもなれない。夕方にはソルファも来るので、このままやめようかなとも考える。
とりあえず、飯を食うことにして、メニュー考えてぼんやりとする。肩がこってきたので適当にもみほぐした。
ドアをノックする音が響いた。
ソルファは夕方に来る。来客の予定は無い。ソルファがまた飯をたかりに来たのかと思い、顔をしかめて玄関のドアを開ける。
「何だ?」
顔があると思ったところには顔が無かった、少し視点を下げると小柄な女が突っ立っていた。
「なんですか! はるばる遠くから来たメイドに向かって。何だ? とは何ですか-!」
小さい体を震わせて、メイドのルナは激怒した。
ルナがどれくらい小さいかと言えば、ジーンの胸元ぐらいの大きさしかない。しばしば子供にも間違われることもある。年不相応なきめ細やかな白い肌と、くりくりした大きな目も要因だろうと考えられた。
「あー、悪い。悪い。例の定期報告?」
「はい、そうなりますね」
ルナは半年に一回のペースでこの学園を訪れる、ジーン専属のメイドだった。
幼い頃からの付き合いで、すこし年が下と言うこともあってか妹みたいな存在だった。
「んじゃー、上がって上がってー。寒かったろうに」
ジーンはルナの頭巾と肩の上に積もった雪を払うと、家の中へと招き入れた。
ルナは靴を脱いで中に入ると、コートを自分で脱いでハンガーに掛けた。
屋敷では無いこともあって普通の旅装束だった。
「うわ、本増えましたねー。秋に来たときはそんな大したこと無かったのにー」
本棚は用意していなかった。手に入れた魔術書だったり、もらった魔術書だったりが無造作に部屋に積み上げられている。ソルファの部屋ほどでは無いにしても大分増えたのは確かだった。
「感化されちまってんのかなぁ……俺……」
本の虫に、その魅力を語られ、はまった方法を自分も試せば、自分もまたその道に少し入っている。
その結果が恐らくこの部屋だと思った。
テーブルの上に広がった書類やら魔術書をひとまとめにして、その辺りに投げ捨てる。
「何か飲むか?」
「では、ご主人様が淹れるコーヒーを。ミルクとお砂糖たっぷりで」
「はいよ」
一応主従ではあるが、その辺の兄妹とあまり変わらない気分でいた。
ジーンは二人分のコーヒーを用意する。ネルドリップに豆をしいてポットに淹れてそれを分ける。
ルナのカップにはいつも来たときと同じように作り、ジーンは普段ブラックで飲むが頭が疲れたのもあってシロップを数滴垂らした。
マグカップを二つ持っていき、テーブルに着く。一口すすると、コーヒーの苦さとシロップの甘さが口に広がった。
「今回は何か実家からは聞いてるか?」
実家とは、エクトリック家だ。
魔術の名門で、ジーンは長男であったため家を継ぐ立場にあったが魔術が使えないことによってその家督は次男に継がれることになった。ジーンがこの学校に入れられた経緯の一つにここに来て魔術を使えるようにして帰るという名目があった。
「いいえ、私は何も……。ただ手紙だけ預かってきてて、それを渡して欲しいとだけ依頼されました」
ルナは懐から手紙を取り出すと、テーブルの上にと置いた。
手に取ってみると大分重かった。ペーパーナイフを取っ手、切り取り中を見るとそこそこの枚数入っている様子だった。
「多分書かれているのは卒業後の進路のことだと思います」
「だろうな。俺もそう思う……ご大層に……」
「報告は一応しっかりやってますし、そこそこ期待して良いんじゃないですか? ねえ、ねえ?」
ルナが前に乗り出して聞いてくる。
それはジーンも少し思っていた。
ここ半年に起こった事。
ファントム事件。これはジーンが魔術を使えずとも、強者であることの証明。
魔術研究を続けたことによって、使えずとも徐々にヒントはつかみつつあるという状況。
また、座学での魔術の成績においては十指に入り、エーテルライドはトップの成績を収めた。
この二つ。武芸に関してはそこまで認められずとも、力はあるということは見せているし、長らく使えなかった魔術も掴めるかもしれないと領域まで来ている。
何かしら良い知らせが実家から来ても良いだろうということはジーンも思った。
読み進めていく。
一枚を読み終わって、無心でただひたすらに読み進めていく。手紙は十数枚に及んだ。
一度読み終わると、間違いが無いか最初から読み直していく。間違いは最初から無かった。
書かれていること、理解したことが全てだった。
手紙をすべて閉じて、ジーンはポケットの中にしまった。
「ルナ……今日はありがとうな……。報告は確かに受け取ったよ。お前が言われたのはこれを渡す事だけだろう?」
「はい、そうなりますね」
変わらずに笑顔でいるルナ。自分は顔色が変わってしまっていないかがとにかく気がかりだった。
「そうか」
笑顔を作る。なるべく自然に、柔らかに。
「じゃあ、少しゆっくりしたら帰ります。春に帰ってくるの楽しみにいています」
「ああ、待っていてくれよ」
ルナはジーンと雑談して、コーヒーを一杯飲み終えるとしばらくして帰っていった。
宿は街のどこかにとったらしい。寮に外部の人間は止めることが出来ないためというのもある。
帰ってくれて良かった。
今抱いているもの全てルナにぶちまけそうでそれが何よりも怖かった。手紙はもう読み返さない。
ジーンは、ポケットから手紙を取り出すと、全てまとめてくるんで暖炉の中に投げ捨てた。
直後に、喉の奥から異物感が襲ってきてトイレに駆け込み嘔吐した。
ひとしきり吐くと、心持ち落ち着いたのか、そのままトイレに突っ伏して寝た
短い、断片的な夢を見た。
最後に師匠と戦ったときの思い出だ。
実家からの追っ手に追いかけられて、もう逃げ切れなくなって、免許を与える。ということで立ち会ってくれた。
叩き伏せられ、それでも少しだけ余力を残すように加減をしながら打撃を加え続ける、師匠。それまでに習ったことだけでは決して追いつくことが出来ない。
三時間戦って入った打撃はゼロ。
幼いジーンは杖で突きを放つ受け止められる。
このときに届く、と確信が出来た。
片手だけにもち反らされる軌道に沿わせるように、螺旋を描き抉りこむ。
師匠の胸を叩くことが出来た。そこまで来てずっと険しかった師匠の顔が緩んで頭を撫でた。
『合格だ。免状をやろう』
それが最後だった。直後に意識を失って、いや、失わされて、ポケットに収まるほど折りたたまれた有り難みにかける免状が入れられた。
宝物に生きてきた。帰って額にいれて、こっそりと隠して、誇りにして生きてきた。
ああ、クソの役にも立たなかったよ。師匠……。
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