先生最強説2
一気に気が抜けてその場にぶっ倒れた。
大魔術の連続使用による脳の疲労。指一本足りとて今は思うように動かないような気がした。
ジーンもまた同様にぶっ倒れた。
大分、独眼巨人の攻撃は被弾していたし、無理のある動きもしていたし体力の限界もあるだろう。
「よぉ……、生きているか……相棒?」
遠くからジーンの声が聞こえてくる。
「ああ……なんとか……。起き上がる気力も沸かないが」
「全くだ……」
起き上がる気にはなれなかった。少し眠りにつくぐらいの休息を取らない限り動けるようにはなれないだろう。
今誰かに襲われたら、誰であれ殺される自信がある。
さて、今この状況で誰かに襲われるということが最も恐ろしい事だ。
「……来て欲しくない時に、来るものってなんだろうね?」
「さあ、昔にフッた女じゃない?」
ジーンが力なく答える。
影が伸びて来て、足音が大きくなり、現れたのはエーリカだった。
「まったく、古代魔術書を与えてたたきつぶせるかと思ったら、そんなことは無かったのね。どこまでこの男は凡夫なのかしら? それともあなたたちが凄かったって見るべきかしら?」
エーリカは黒い衣装に身を包んで楽しそうに笑っている。その笑みがソルファにはどうにも、おぞましく見えたのだった。
「やっぱりあなたたち私のものにするわ。最高ですもの。でもちょっとその前に、少しは痛めつけないと私の溜飲が下がらないのですわ」
「……好きにしろよ。この状態でお前が現れた段階で何も出来はしない」
「その通りだね。今の状態じゃ、自害もままならない」
「ふふ、それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますわ!」
エーリカは、オーケストラの指揮者が持つような短い杖を懐からとりだした。短くともれっきとした魔術行使のための杖である。
「我求めるは氷の剣。我が意のままに動きし我が下僕となりし氷の剣」
そう唱えると、エーリカの周りに十本ほどの氷の剣が出現した。
そのうちの一つを手に取ると前へと進んでくる。
「さーてどこから、刺してあげましょうか? 腕? 足? 肩? それともおしり?」
「趣味悪いなお前」
声を発したのはマリアだった。
後ろに手を回したまま一人立ち上がる。
「何よ、わざわざ殺されに出てきたの? 後ろ手に繋がれているなら何も出来ないまま死ぬだけじゃない!」
「これか? 緩かったからか外れたぞ?」
マリアは外れた指錠を放り投げた。
「馬鹿な……」
ソルファはつぶやく。確かに指錠はきっちりはめられていたし、魔術で断ち切ることは難しい。しっかりした作りだったし、生身で断ち切る事は出来なかったはずだ。
「何よ。そんなのが外れたからって何なのよ! あなた、私たちに簡単にやられたでしょう? そんな人間が、魔術も使えない人間が私に勝てると思って!」
マリアは大した魔術が使えない。
ジーンとソルファが考えた仮説と同じだ。共通言語魔術なら使いこなすだろうが、エーリカは個人言語を使いこなす魔術師だ。成績もトップに近く、負ける要素は無い。
「やってみなよ。ガキ」
「言いましたわね!」
エーリカは自分の周りに出現させた氷の剣を消滅させていく。新たな術式を練り上げるために自分の周囲に冷気を纏う。
「操るは、冷気。形は圧縮。願わくば、全てを氷結させる冷気。命を絶ちきる氷結を成せ」
詠唱と共に白い魔力の残像が大きくなっていき、冷気と共にマリアの元へと走る。
逃げろ! と叫ぶべきだったのだろうか。
マリアは泰然とその場にいすわったまま、不敵に笑みを浮かべていた。
冷気がマリアを包み、マリアを凍らせようと氷の形を帯びて圧縮する。
瞬間。
冷気がマリアの手に吸いこまれて消えた。
「な、何が」
「別に魔術が使えない訳じゃないのよ。ちょっと訳があって滅多なことが無い限り使っちゃいけないの」
マリアの手の先から出ていたのは、小さな口のようなものだった。
「出てきて良いわよ、『虚食い《うろぐい》』」
マリアの手から、どす黒いコールタールのようなものがずるりと出る。
最初は口だけの丸い塊だった。それは顎を成し、牙を成し、顔を成し、胴を成していく。手足は無く、マリアの手から生えている。
「なんだありゃ」
ジーンがつぶやくように言う。
「虚の魔術……。契約……獣?」
「その通りだソルファ。あたしの使える一個だけの個人言語魔術。『虚食い』だ」
虚食いは、マリアの首に絡まってじゃれつく。マリアは虚食いの頭を撫でた。
「あなた魔術が使えないんじゃないの!」
「だから言ってるでしょ? よっぽどのことが無い限り使えないって。で、今がよっぽどの時だから使えるってわけよ」
「認めない。私は認めませんわ!」
エーリカは顔を真っ赤にして叫ぶ。
手に入りかけたものが手に入らなくなるのは頭に来ている様子だった。
エーリカは詠唱し、冷気を再び氷の剣に変えて一斉に襲いかからせる。
「食べて。虚食い」
バクンと、虚食いの口が開き飛来する、氷の剣を一息にすべて丸呑みする。
「ちぃ。我、願いしは絶対零度に吹き荒れる吹雪。成すは、誰一人生き残らぬ永久なる凍土!」
魔術の出力が最大を迎える。怒りも相まって、大魔術師クラスの魔力放出をするエーリカ。
手のひらに冷気を集め、一気に放出した。
放たれた吹雪は、触れたところをすべて凍らせて行く。
「これも食べて」
虚食いは何の問題も無く吹雪を吸いこんで丸呑みした。凍り付いた地面の冷気さえ吸い取って無かったことにする。
「そんな……!」
「虚の魔術の特性は、魔術の現象を無かったことにするって捻れたものよ。虚食いはそういうの食べられる限りは何でも食べられるのよ。だから、無の魔術の術式も、隙間さえあれば食べさせることが出来るのよ? お分かり?」
「黙れ! もう一度! もう一度だ!」
「無駄よ」
再び、エーリカは吹雪を成す。
「はき出して、虚食い」
虚食いが口を開ける。その口から出したのはエーリカが成した吹雪と同じ吹雪だった。
吹雪は激突し、横へと広がりぶつかる端から凍らせて行った。
勢いは、マリアの方が勝った。
「おかしい、なんで、なんでこの私が、氷の専門でも無い人間にこんな!」
エーリカが叫んだ。
無理もない。原則として、その魔術と同じものをぶつけた場合、その属性を自分のものにしている人間が勝つ。魔術の根源にあるイメージがより強烈にあるためだ。
ソルファとエーリカが、氷の魔術で勝負をしたところでエーリカには勝てない。
「虚の魔術の属性は抑圧……。そこに病理があったとしても無かったことにしたい恐れの感情だ。そうして、恐れと結びついた病理はより大きな現象として現れる……」
ソルファは独り言のようにつぶやいた。
マリアは恐れによって、エーリカの魔術を無かったことにした。それを自分の恐れと絡めてはき出したのだった。
「そんな!」
吹雪はエーリカの直ぐ目の前まで迫ってきてそこで止まった。
「ちょーっとおいたが過ぎるから、お仕置きが必要ね」
マリアは手を伸ばすと虚食いが伸びた。
虚食いは顎を大きく開けて、エーリカへと襲いかかる。
「ひっ」
エーリカは後ろを向いて駆け出そうとしたが、虚食いは食べた。
二秒ほどして、エーリカがはき出された。
「あ、うぁわあああああああああ、あ、わああああああああああああああ!」
発狂でもしたかのようにのたうち回って叫ぶエーリカ。
「何をしたんだ……マリアは?」
ジーンが聞く。
「さっきソルファが言ったみたいに、あたしの魔術は魔術の現象に対しての恐れだ。その世界をほんのちょっとだけ見せてあげただけのことよ。ちょっとしたトラウマぐらいにはなるわね」
淡々とマリアは言う。
何でも無いようだが、それなりの恐怖を味わって魔術を習得した者をたかが数秒、閉じ込めただけで発狂直前に追い込む魔術をものにする。その習得過程がソルファには恐ろしく思えた。
「そうか」
ジーンはそう言って立ち上がるとエーリカの近くまで歩いて近づいていった。
暴れ狂うエーリカをジーンはそっと抱きしめた。
「「は?」」
ソルファとマリアは行動の意味が分からなくて愕然とした。
「もう、大丈夫だ。……俺がそばにいてやる。もう何も怖がらなくて良いんだよ……」
聞いたことも無いような優しい声音でジーンは言った。
暴れ狂うエーリカだったが、やがて大人しくなり、すすり泣くようになった。
「怖かった、怖かったよぉ……」
「もう大丈夫だから、大丈夫。……立てる」
「うん」
ジーンがエーリカからどくと、エーリカが立ち上がった。
「ちょっと手伝ってもらっても良いかな?」
「はい……。ジーン様……」
エーリカは頬を染めながらジーンに手を伸ばして立たせてあげた。そのままふらつくジーンを肩で支える。
「ありがとう」
「い、いえ……当然のことをしたまでですから……」
強気なエーリカが妙にしおらしかった。ジーンの近くにいるのに、ジーンの顔からはわずかに顔を遠ざけるような変な感じだった。
「お前……、何をした?」
マリアが怪訝そうな顔で聞く。
「いや、なんというか絶望に苦しんでいる女の子ってちょっと優しくすると後で何でも言うこと聞いてくれるんだよ。ちょうど良いかなってお」
ゴッ!
と、マリアが助走をつけてジーンを殴り飛ばした。
「あ、とどめだ」
ジーンはそのまま意識を失い、エーリカの悲鳴が辺りに響き渡ったのだった。
なんかこう……台無しだった。
「あー、ところでさ。今日ここに来たのって結局僕ら無駄足だったの? あの虚食いとか言うのがあれば」
「まあ、確かに来なくてもなんとかして抜け出して、殺されるのは回避……できたかもね。でも、ミハエルが使ったあれはあたしの虚食いでも食べきれなかったとし負けてたって思うわ」
「そっか、それもそうか……」
ミハエルが使った魔術は太古の魔術で、どうあっても人々が無意識的にリミッターをかけた現在の魔術で対抗出来ることは無い。
「だから、今日のあんた達は本当にすごかったんだよ。あんなの学園の教師が十人集まっても倒せるかどうか……ってしろものだし。あんたらが化け物みたいだよ」
そう言ってマリアは苦笑した。
ソルファはなんかむずがゆくなって適当に温く笑った。
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