変貌

 それ以上に気味が悪いのは館に入っての一撃以外にこれといった罠が見受けられなかったことだった。

「なあ、ジーン。どう思う? 相手は一枚だけの切り札に絶対的な自信があるか、それとも最後に複合的に一気に何かを仕掛けてくるか」

「さあ、どうかな。分からんよ。まあどうせあいつがやることだ。何かこだわりがある。そのこだわりが何かって事を考えると、お前が言った最初のが確率が高いだろうな。エーリカが首謀なら後者が来る可能性がまあまあ、ある」

「僕も大体は同じ意見だよ」

 ミハエルが最も執着していることは誇りと強さ。それなら、正面から叩きつぶすことに本気を出すだろう。あんな申し訳程度の奇襲だけとも考えにくい。

逆に言えば、ミハエルは彼らを闘いの場におかない為にあえて奇襲させて処分したのかもしれない。

 エーリカについてはソルファにはよく分からなかったが、自分とジーンを倒すにはより確実な方法を実行するだろうと考えられた。

 そうしているうちに、扉へとまたたどり着いた。

 さっきの爆風の勢いで、扉はまた閉じている。

 ソルファは開けようと、扉に手をかけたがすぐさま全身から脂汗が吹き出してくるのを感じた。

「なあ、ジーン。君はこういうの敏感に感じているから、分かるんだろうけど……。すごいな。この扉開けたくないよ」

「分かっていたことだろ? ここに来た段階で」

 ジーンが神妙に答える。

「じゃあ、来なければよかったじゃない」

「「お前がそれを言うな!」」

 マリアに二人して同時に反論した。

「お前、殺されるところだったんだぞ! 二時に俺たち二人が行かなかったら殺されていたんだぞ!」

「そうだよ! 現に拉致されているし、こうして監禁されているし! どうなっても知らないんだからな!」

 二人に怒鳴りつけられると、マリアは体を反らせて嫌そうな顔をした。

「いや、悪い悪い。さすがにあたしの不覚だったのは認めるよ。だ、だけど、一応はこうなっても良いって思って仕事しているし……さ。教師が生徒に殺されるって無い訳じゃないんだ」

「それが駄目だからここにいるんだろうが、馬鹿が!」

「そうだよ、なんのためにここに来たんだよ!」

 詰め寄られて、よりいっそうマリアは体をよじって嫌そうな顔をした。

「分かった、分かったよ。お前らの気持ちは分かった。ただ、お前らをここまで来させちゃった申し訳なさもあるってこと、少しは分かってくれ……」

 三人の間に沈黙が出来た。

 おもむろにジーンが鼻で笑ってから口を開く。

「あいよ。別に気にすんなって言ってやりてぇけど、それじゃあ納得しねぇ。別にそんなもの気にする必要も無いし、ある程度危険があるって分かっていてここにいる」

「そうとも、僕達はここに来たくて来たんだ」

 ソルファがそう締めた。

「ジーンはマリアへの恩義だけなのかも知れない。でも、僕にはもう一つ目的があって、首謀者の二人が一体何を用意してきたのか? ってことが多少なりとも気になっているんだ」

「おっと、それは俺にもある。気取るつもりはねぇさ。俺たちはちょっと、ここに遊びに来た。それだけの話だ」

「馬鹿なんだなお前ら」

 マリアは馬鹿にするようでもなく、感心するようでも無くひと言そう言った。

 それだけで事足りているように思えた。

「いい加減お待ちかねだ」

「ああ、そうだな」

 ソルファとジーンは二人で扉を開ける。

 ソルファが扉越しに感じていた圧力のようなものは、肌寒い風になって一気に吹き抜けていった。

 つばを飲み込んで、真っ直ぐ正面を見据える。


 ミハエルが確かに門の前に立っていた。


 人が立っている。ただそれだけの事なのに、その人を中心として、空間が歪んで見えた。

 その人が、ミハエルだった。

 今までに見たことが無かった。誰からも感じた事は無かった。少なくとも人からは感じた事がない気配をミハエルは放っていた。

「な、なんだこれは……」

 ジーンが横で顔をしかめて言った。

 知らないだろう。彼には感じる種類のものの圧力ではない。

「魔術が深化していくごとに、こんな気持ち悪さを感じるんだ。言っただろうジーン。魔術師の夢はかつては精神障害だったと」

 狂わせる怪しさと、おぞましさ。

 有るのは強さ以上に、不可解さ。徹底的な不可解さこそがその気配の正体だ。

 ねじ曲がる、黒い障気はバラバラで、砕けていて浮き上がる花のような。ずっと見ていたいような気もするが、すぐに目をそらさなければんあらないような、見続けていなければいけないような。

 くるくる、くるくる。くるくる。中心から渦を巻いて巻き込んでいく。己の心の中と外が混ざり合っていくかのような……。

「しっかりしろソルファ」

「っは」

 隣にいるジーンに揺さぶられて目を覚ました。ショックに注視しすぎて、引き込まれたらしい。

 普通に見る。あれと自分にあるものは混ざり合わないと言い聞かせる。

 誘因されるが、自分の術式に確かさを見いだしていると言い聞かせて突き放す。

「行くぞ」

「うん」

 ジーンの方がこの歪みに親近感が無かったために正常そうだった。誘われないことをソルファは自分に言い聞かせる。

 歩いて行く。ミハエルは笑みを浮かべたまま門へと至る道の真ん中に立つ。立ち続ける。

「はぁい。お三方お元気ですか。ようこそ、俺の世界へ、ケヘヘ。殺される準備はオーけぃぃ? まあ、分かってて来ているんだから文句は言えないよねぇ~」

 その場で笑い続ける。

 右手に握った分厚い本。障気の根源はそこから出ていると分かった。

 ピタリと止まり、ミハエルは本を掲げる。そして、叫ぶ。

「我、成すは、我、術式の体現。我に体は要らず、ただ我魔術の顕現する依り代とならん。我よ、閉じよ!」

 輝くのはミハエルでは無く本であった。

 古びた羊皮紙の本。ソルファやジーンが学ぶような魔術書である。問題は年代だ。

 魔術と集団的無意識は大きく関係している。魔術がただの精神障害から物質的なエネルギーを持ち、コントロール出来るものと分かると一気に引き出す事に加速した。加速し続けた結果、求めるものは皆一様に狂い、自らを魔術と一体と成していった。そうしていった結果、世界のバランスは崩れ、文字通りバラバラに砕けて行った。

 人々は、無意識のうちに世界の破壊を恐れ、魔術が加速し続けることを止めた。こうして世界を破壊しかねる魔術の出現は止められたが、それでもこうして魔術書と魂がくっついて術式の塊のようになって残ってしまったものも存在している。

 その一つがあれだ。

 確信はあふれ出る障気と、ここまで引きつけられる強烈な魅力だった。見たことは無い。知らない。知り方も知らない。そんなものだ。

 厳重に保管されているものの筈だが、どういう訳か手に入れることが出来てこうして使うらしい。

 本が輝くと共に、ミハエルは本の中へと吸いこまれていった。

 本だけがその場に残り、ミハエルの姿は消えて無くなってしまった。

「な、何だ?」

「来るよ、構えて。マリアは隠れてて」

「了解よ。気を付けてね」

 マリアは岩を見つけてその影に隠れる。ジーンは何が何だか分かっていない様子だが、構える。

「求めるは、剣の形、我が炎幾重にも折り重ね、全てを切り裂く剣の形を成し顕現せよ。手にせしものを最強たらしめる剣を成し顕現せよ」

 ソルファは炎剣を成す。同時に身体強化と火球を三つ周りに漂わせる。

 すると、本が震えだし轟音と共に地面へと飲みこまれていく。地面が震え、土がボコリと隆起をする。

 雷が落ちた。

 激しい光と、音が止み現れたのは、身の丈ほどある巨大な白い卵だった。

 白い卵が、捻れ、暴れ、人の形を成していく。巨漢と呼んでさし支えない大きさで、隆々とした筋肉が浮かんでいる。彫刻のようだと思った。

 顔の真ん中に目を開く。巨大な紫の独眼だった。

「OOOOOOOOOOOOOOOOnnnnnnnnnnnNNNNNNNiiiiiiiiiiiiiiiiIiIII!」

 咆吼。

 白い独眼巨人の金属音の混ざった擦れた咆吼が辺り一面に響き渡る。

 ジーンとソルファの姿を見ると、一歩二歩と歩き出し、そして走り出した。

 ソルファは、ジーンと顔を見合わせると互いに頷き合い、別々の方向に向かって走り出した。

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