やってない
旧演習場は朽ち果て、忘れられた古い館だった。建物が黒ずんで、所々に欠けやひびを見て取れる。
風が草を撫でる。雑草がざわめく。道は館まで続いているが、雑草が生い茂っていてたまに来る人間によって辛うじて道の体を成しているといったところ。こんなところに来るのは夜中に遊びで来るものぐらいしか今はいない。
「化け物退治にでも来たのかね? 俺たちは」
「さあ、どうかな。本当に化け物が住んでいるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ソルファとジーンの二人は館の門の前に立った。さび付いた鉄の門はすでに開け放たれていた。ソルファには、それが一つの待ち伏せしている彼らの歓迎だと思った。
門から囲いの中へと入り、一本道を歩く。敷地内の雑草はよりいっそう長いものになっていた。
近づくにつれ館がだんだんと大きくなってくる。月を背負った、館自体が大きな化け物の用にも見えてきた。
「一応、やるべき準備は果たしてきたつもりだけど、やっぱり怖いね」
時刻は午前0時。
ここに来る前に、一通りの食事と軽い睡眠。それに図書館で、この旧演習所の見取り図についてはある程度調べてある。
装備はジーンはディスペルの術式を施した杖と、ファントムの時に纏っていた装束を纏っている。一方ソルファは、家から受け継いだ杖と学院のローブに身を包んでいる。
この旧演習所は室内での戦闘を想定した訓練を行うために建てられたものだった。しかし、訓練ごとに大規模な修繕をするコストの高さと、実用性の低さ故にカリキュラムから室内戦が取り除かれた。そのために、放棄されている。
特にここに新しく何かを立てる予定も無いために放棄されたままだった。
「なんだ、びびっちまったのか? ソルファ?」
ジーンは横で言った。
すでに館の扉の前まで来ていた。
「さっきまでびびってたのはどっちなんだよジーン」
「ここに来るまでに覚悟なら決めてきたさ。飯食って寝たら落ち着いたさ。今は滾る方が勝るさ」
「じゃあ、僕もそれに同意しとくよ」
「無理はするなよ。んじゃ、行こうか」
ジーンは扉に手をかけて扉を開け放つ、ソルファがジーンを追い越して先に入る。一歩遅れてジーンが入って来た。
入ったホールは静かで暗く、月明かりが割れたガラスから差し込んでいた。
瞬間。
雷光が瞬き、扇状に襲いかかった。
盛大に爆発し、瓦礫を砕いて土煙が上がった。
「やったか!」
一人が叫んだ。その叫び声と共に潜んでいた十人以上が立ち上がる。
最後にミハエルが階段の上に立つ。
入って来たソルファとジーンが入って来た瞬間に撃つ待ち伏せの攻撃だった。全員があらかじめ口内に完成させた術式を持ち、一斉に放ったのだった。
正の魔術の場合、別の属性が混ざれば大抵の場合は打ち消し会うことがほとんどだった。
最も強いミハエルの魔術に束ねるように、雷属性の共通言語魔術『青雷の羊』が放たれたのだった。
ミハエルはしばらく、下をながめるとぷいと背を向けた。
「んじゃ、後は任せるわ~」
そう言って、階段を登っていった。
煙が開ける。そこには平然と立つソルファとジーンの姿があった。
ジーンが杖を回転させ、ソルファの前に立っている。さらにその前に炎の壁が展開していた。
「強烈なのはミハエルの一発だけか、後は大したことねーなぁ」
「まあ、僕がやった結合は完璧じゃないとこの壁を破るのは難しいものがあるよ」
ほとんどの共通言語は、作り出した炎の壁にかき消されて消えた。
減衰させられたミハエルの雷をジーンが弾いて消し飛ばした。
直ぐに出した炎の壁は、ソルファが歩きながら口の中で詠唱を済ませていたために出せた。
見取り図を見た段階で、二人はここでまず第一の待ち伏せが来ると考えていた。それ故にあらかじめ備えて待つことが出来た。
「サクッと蹴散らすぞ」
「ああ」
ジーンが跳び、二階部へと壁を蹴って到達する。
ジーンは手頃な魔術師を一人殴って気絶させ、頭を蹴って次の魔術師へと攻撃にかかる。
三人を同じ手段で倒す。
「か、各員近接戦に備えろ! ジーンを囲め!」
角に行き当たり、ジーンは三人に相対する。
それを追い越すように五人が上からジーンへと襲いかかってくる。
「セット、13。弾け」
ソルファが即座に火球を作り出し、ジーンへと襲いかかる五人にぶつけて壁へと叩き付ける。
その動きによって、ジーンを囲んでいた三人も動揺する。
ジーンは一秒にも満たない隙のうち、三人にそれぞれ一撃を叩き込み気絶させる。
「さて、次は誰かな……って終わり?」
ジーンは杖を回して辺りを見回したが、立っているものはジーンとソルファ以外に誰もいなかった。
「うーん、不憫って言えば不憫だけれども……まあ、先生拉致するための要因だったんだろう」
最初の攻撃以降ここで倒れている彼らはまともに反撃も出来ないまま倒れていった。
恐らく最初の攻撃以外は一切指示は出されていないのだろう。
「捨て駒か。ケッ、やっぱり気に食わねぇなあいつ」
そこまで強くもない連中が集まって戦ったところで勝てない。今までの二人の戦いからは、分かっている。
一対多になったところで有利になるわけでも無い。
「一人でいなくなったのが気になる……。とりあえず、目的のマリアを捜そうか」
「分かってるさ」
ソルファは階段を登り、ジーンと合流するとさらに屋敷の奥深くへと歩みを進めた。
廊下を走って奥へと向かっていく。
調べた限りでは、一階は厨房や、事務室、倉庫等がならび二階は客間や、主人の執務室に想定された部屋が配置されている。
マリアは恐らく二階最奥部の執務室に閉じ込められていると考えられた。駄目ならば、奥から順番に探していくまでの話だった。
二人はある程度罠に警戒しつつ、廊下を走り抜けると、執務室の前へとたどり着いた。
ドアに手をかけるが鍵がかかっており、ジーンが蹴破って開ける。
執務室を模した部屋。一見して何も見当たらなかったが机の後ろに回り込むと、マリアが、後ろ手に縛られ、猿ぐつわを噛まされた状態で地面に転がされていた。
「マリア! おい、起きろ、マリア! 無事か!」
ジーンがマリアを揺さぶると、眠っていたマリアが眉間に皺を寄せて、それから目を開けた。
「ふるふぁい!」
「何言ってるかわかんねーよ」
ジーンはマリアの猿ぐつわをほどいて外す。
「うるさい! って言ってるのよ!」
マリアは顔をしかめて叫んだ。
「あ、お、おおう。悪かったな……」
「別に何もされてないわよ。大丈夫よ、あたしは」
ソルファはマリアの後ろに回り込むと後ろ手に縛っているものを見た。繋いでいるのは指錠だった。
「これは……」
「どうした? 何か問題が」
「これ、外せないな。多分」
ソルファが見た手錠はジーンの杖と同じように、魔術を打ち消す効果のある術式が幾重にも刻まれたものだった。
「俺のと同じ模様か。参ったな。鍵開けは出来ないし」
壊すにはソルファが自らの炎剣を顕し、フルスイングで数度同じ場所に切り下ろすしかない。もしもの事を考えると避けたいと思えた。このまま歩いてもらう他は無い。
「マリア、このまま来てもらうけど良いかな?」
ソルファはマリアの足かせになっている布をほどくと、マリアに聞いた。
「べ、別に構わないけど」
「それじゃあ。ほいっと」
脇から手を差して、背中で組んで軽く持ち上げて立たせる。
「わわっと……」
立たせられたマリアは、二、三度その場で足踏みしてバランスを取った。
「何?」
わずかにうつむいて、上目でソルファをにらんでいる。ほんの少し頬が赤い。
「やるならやるって言いなさいよ。びっくりしたじゃないの」
「ああ、ゴメン。ゴメン」
「分かってるならちゃんと言ってよね」
マリアはそっぽを向く。ソルファは首をかしげる。
一方でジーンは意地悪そうな顔で微笑んだ。
「はは~ん、マリア脇の下が弱いんだな。ソルファにいきなりさわごふっぅ」
瞬間的に、マリアのつま先がジーンの股間を的確に捉えていた。
その場に倒れ込むジーン。
ソルファとマリアはその横を歩いて通り過ぎていった。
「ほらほらジーン。馬鹿やってないで早く行くよー。先生からかってばっかりだと本当に殺されちゃうよ? そのうち」
「ソルファの言うとおりだ。馬鹿者め。さっさと立て。ほとんど力入れてないぞ」
「くっ、いや、遊びでやってるけどここまで無視されると辛いな」
ジーンは立ち上がって、ソルファとマリアの後ろについて歩いて行く。
帰りは歩くことにした。
マリアを無理矢理走らせて転ばせるよりは良いだろうという考えだ。付け加えて、時間制限は恐らく無い。
廊下を歩いてホールへとたどり着く。
さっきまで倒された彼らは変わらずに、その場に横たわっていた。ここまで五分もかかっていないからそう無理もない。
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