一目巨人
追い越されたものたちの策謀
グラスは全て割り尽くした。
ひっくり返せる本棚は全てひっくり返した。
殴れる壁は全て殴って、蹴って回った。
テーブルは二つにたたき壊し、椅子の足から先は衝撃で解体されている。
「クッソ、クッソクッソクソクソクソクソクソ!」
ミハエルは壁にひたすら頭を打ち付ける。
衝撃に目がくらんでそのまま床にへたり込む。
何か無いか、と立ち上がってみようと思うが、気力は尽きていた。
痛みが、頭の中を少しだけ冷静にしてくれた。
壊れた家具を見て、自分は一体何をやっていたのだろうと、振り返っては落ち込む。けれども、腹わたが煮えかえる怒りは収まりそうにも無かった。
怒ってはいる、しかし疲れた。
壊すモノも何もない。
あるとすれば自分の体ぐらいしかなかった。
それも拳の痛み、頭の痛み、目の眩みと重なって何もしたくなくなった。ぼやけた頭で、破り捨てた紙切れを遠くからながめる。
きっかけは実家から送られてきた手紙にあった。とりあえず目を通すつもりで適当に読み流していた。
書かれていたのは学園卒業後の大まかな進路の流れだった。実家に戻り、父親の管轄する魔術師団の一組織長から始めて順調に出世していくというものだった。
あらかじめ聞かされていたことだった。親の決めたレールに乗って出世していき、可能ならばそのルートよりももっと速く先に行く。自分にはそれが出来ることが当たり前の人間だと思っていた。
努力に励み、自分自身を高め、並ぶものなどいないとこの学園に入ってからは思っていた。入ってからも自分は神童ともてはやされた。
自分一人で良かったのだ。けれども、彼がいた。
ソルファ・アージェ。
彼は自分が死ぬほど手に入れたかったモノを、まるで苦労もしていなかったかのように易々と手に入れていって、いつも自分よりも先にいるように思えていた。彼はいとも簡単に難しい事を成し遂げて、そのくせ自分は凄いことをしたように自覚もしていない。
才能では負けているのでは無いかと思った。そもそも目指している次元が違うということを最初に術式を見せられた時に愕然とした。格が違うと。
だが、それでも努力で埋められる分はあるはずだと思って必死に食らいついて、努力を重ねていった。
そのうちに、ソルファは停滞して自分が追いつき追い抜くには一年と時間を要さなかった。
そうとも、ソルファは努力をしない天才なのだ。だから、常に自分が一番に立つことが出来た。
ただ、今となってはこれも過去形になる。
魔術すら使えないジーンに挑み、敗れ。自分よりも劣ると考えられていたソルファにも敗れ、心は折れきっていた。
結局、学校の成績など、目安に過ぎない。突き詰めたところで自分が一番になった訳ではなかったということを思い知らされた。
対抗戦が終わってからのここ数日は怪我もあって、寝込んで、何もせずに過ごしていた。体重はジーンに負けてから大きく落ちたが、さらに体重が落ちた。
手紙を読んでいて一気に爆発するほどにいらだったのは、最後の箇所だった。
それは両親からの手放しの絶賛であった。
連合国一の名門校において、主席であり、十年に一度と呼ばれる才覚。卒業して戻って来たときに活躍することを期待している文にあった。
絶望する程度に自分の実力を思い知らされたあとに、この文を読んでミハエルは喜ぶどころか瞬間でぶち切れてすぐさまその手紙を破り捨てた。
手紙を破り捨てたところで怒りは収まらずに、壊せるモノを壊せるだけ壊して、今に至る。
空しさだけが胸に残り、どうしようもない脱力感だけが全身を支配した。
「こんなことしても、あいつらが倒せる訳じゃない……よな」
倒すと考えてまた、頭をめぐらせたところでどうあっても勝てないということが頭の中を支配していく。
ジーンにはすべての攻撃を回避されて負け、ソルファには魔力で互角だとしても速さと術式の組み合わせで負ける。
何かをしなければ絶対に勝つことが出来ない壁を強く感じる。
勝てる手段があるのならば何があっても勝ちたいと願う。けれどもその方法を知らない。
ジーンとソルファが自分の目の前に倒れて屈服する様を見たいけれども、その方法を知らなくてまた絶望する。
自分こそが最も優れた魔術師でなければならない。そう思えば思うほどに、手に入らないものを簡単に手に入れた二人が憎くて仕方が無い。
何もする気力が無くなって破片だらけになった部屋に横たわった。
「うわ、酷いわねこれ……何やったのよ、あなた」
声のする方に視線を向ければ、小柄な女が立っていた。
エーリカはとても綺麗な顔をした女性だったが、この部屋の惨状に顔をしかめている。
「なんだ、何をしに来たお前。ソルファにもジーンにもふられてこの俺に目を付けたってことか?」
「冗談じゃない! あなたに見るべきところなんて何一つ無いわ! あの二人に負けたことでそれが本当にハッキリしたわね」
「ふん、それもそうだな」
負ける以前だったならば激怒していたかも知れないが、全くもって言っていることその通りだったので反論する気も起きない。
エーリカの人を見る要因は個々人の才能だ。それは周りにも公言していることだし、皆が知っている。
それなりに見込みがあると思えば声をかけてある程度、繋がりを持とうとする。
声をかけられた人間がその時大した成績を出していなくても、その後に大きく成長するということがほとんどで、才覚を見抜く目は一流であるということがよく知られていた。
ミハエルも声をかけられた一人ではある。
けれども、ソルファやジーンに関しては自分のモノにして、手元に置きたいほど才能を感じたらしいが、ミハエルはそこまでは至っていない。
「あら、あなたにしては珍しいじゃない。ソルファにわたくしが言ったとき、噂を聞きつけて何で俺には言わない! って言った頃とは比較にならないくらい謙虚ね」
「まだお前が言っていることの意味をよく分かってなかった。今ならよく分かるのさ。どうあっても勝てない。あの二人には勝つことが出来ないって。あーそう言う意味ならお前もあの二人に置いていかれたって意味じゃ同じかね」
笑う。
笑顔が卑屈なのは自分でも分かった。
そう言われてエーリカは顔を赤くしたが、すぐに息を吐いて呼吸を整えた。どうやら喧嘩を売りに来ただけではないらしい。
「ああ、まったくその通りね。そして、わたくしの誘いをああも無下に断ったあの二人を私は許したくありませんの……」
すっと、体の力が抜けて顔を作るのもエーリカはやめる。赤黒くにじみ出る殺気を感じた。
「わたくしはあの二人がわたくしの前で跪いて、赦しをこう様を見たいの。あなたも似たようなところが見たいんじゃなくって?」
「それは俺も考えていたところだ……だが、手段が無い。お前だってその辺りは同じだろう?」
「手段ならあるわ……わたくしなら持て余すけど、あなたならきっと適合する。万全の体制であなたがこれを使えば必ず勝てるはずよ」
表情は変わらなかった。確固として、倒すための算段はあるのだろう、自分とエーリカとで。
手段があるなら、叶えたい。今のままではここから先には行けそうにも無い。
自分が一番であるという証明が何より欲しい。
「ところで、なんでお前はあの二人を倒したいと考える」
そう言ったところ、エーリカは周りに纏わせる気配は変えずに笑みだけ極上のモノを浮かべた。
「欲しくて欲しくて仕方ないモノがどうしても手に入らないなら、壊すぐらいしかわたくしの手で出来ることはないじゃない」
ネジが外れているとも思ったが、それは自分の執着とも同じところに答えはあった。
大きなモノを倒す。その快楽を得ないことに前に進めそうにない。
自分たちは恐らくそういう繋がりだ。
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