授賞式も終わって
MVPを受賞することになったのはソルファだった。自陣の防衛から、敵軍の叩きつぶしまで全部やってのけたのは彼と彼を中心にした集まりだった。
優勝を楽しそうに祝う自軍の連中とその中心にいるソルファ。自分はあそこにいられない。そういう風に確信していた。中にいてもきっと楽しく無いと思う。
ジーンは早々に抜け出して遠くから、その様子をながめてさっさと寮に帰って寝ることに決めた。
すると、背後から拍手が聞こえてきて、振り返ると一人女生徒が立っていた。
「ライコネン家のお嬢様が俺に何の用だ?」
後ろに立っていたのはエーリカ・ライコネンだった。
彼女は楽しそうに笑って、拍手をやめるとジーンに近づいてきた。
「今日のMVP本当はあなただったんじゃないの? 自分でもそう思っている節はなくって?」
「ねーよ。MVPはソルファのもんだ。ミハエルも倒したのはあいつだし、あいつが一番やる気だったし、一番戦果もあげた。だからMVPはあいつにこそふさわしい。脇役はとっととお家に帰って寝ることにしたんだよ」
エーリカは首をかしげて微笑する。妙に蠱惑的な笑みだと思った。
「あらあら、謙虚なのね。今日はたった二人で敵軍を一つ叩きつぶしたって聞きましたわよ?」
「あー、それね。それならジュエルが凄い。あいつの援護で仕事量三分の一ぐらいで済んだ。だから、ジュエルのこと褒めてやってくれ」
ジーンが投げやりに答えると、さすがにいらついたのかエーリカは顔をしかめた。
「もう! 貴方ったら鈍いのね! わたくしは貴方の活躍を褒めているというのに、あなたはなんでそうもぞんざいなのかしら!」
「すいませんねぇ。あいつほど鈍感じゃないけど、よく分からないやつから褒められるとなんか警戒しちゃってね」
適当に歯を剥いて、目では睨みながら笑う。
「あなたは本当に凄い人……なのよ? わたくしが言うのだから間違いは無いわ」
殺気に気圧されながらも、エーリカは答える。楽しいのでもうちょっと適当に遊んだら、帰ってもらうように仕向けようと考えた。
「へぇ、それで」
「それで……その……」
睨みながら詰め寄ると、エーリカが圧されて後ろに下がる。
武術で言うところの気当たりだ。自分から出す雰囲気で相手に圧力をかける。
「少しは……自分の凄さを認めたら……どうかなって……」
「で、何?」
「はい?」
「何が言いたいの?」
下がらせ続けてエーリカはやがて木に行き当たる。もう下がれないと分かるとエーリカの顔に焦りが浮かぶ。
逃げようとしたところ、ジーンはエーリカの顔の真横に手を置いた。
エーリカの焦りが手に取るように分かってジーンには割と楽しいお遊びだった。
「そんな、後ろに下がってばっかりじゃないでちゃーんと、目を見て自分のしたいことを言いなさいよ」
「あの……その……」
「何?」
険のある声で圧力をかける。うまく声を出せないのはジーンもよく分かっている。意図的にその状況を作り出しているために。
「わ、私のものになりなさいよ!」
エーリカは顔を赤らめながらそう叫んだ。
これには、ジーンも一瞬面を食らって目を見開いた。
けど、すぐに嗜虐心みたいなのが沸いてきて徹底的にいたぶってやろうという考えに至った。
「あのさあ、お願いするときってもっと誠意を見せるものじゃないの?」
「え、あ、ひゃ、ひゃい……」
さらに殺気を立てて顔を近づけると、エーリカはより顔を赤くして震える。腰の位置がわずかに低くなってることを感じた。
「え、で、でも、貴方は魔術が使えないからここを卒業……してもそこまで活躍の場所は保証されていないと……思うの。だから、私と一緒に来れば、……そ、その、貴方の欲しいモノ全部……差し上げられると思うわ?」
「んなことは、どうでも良いんだよ!」
耳元で怒鳴りつける。
びっくぅと、なってエーリカはよりいっそう怯えの色を強めて、目に涙を浮かべた。
「別に俺の卒業後のことはどうでもいい訳よ、お前のものになってやる? ああ、それも良いかもしれないね。だけど、人にものを頼むときにはそれなりの態度なり、誠意ってモノがあるだろ?」
「な、何でもする……わ! だから……お願い!」
もはや、自分が一方的に命令する立場であるということを忘れて懇願し始めるエーリカだった。で、それが、まあジーンには楽しくて楽しくて仕方なかった。
「違うだろ?」
「え?」
「お前は女だ。女が男にすることっつったらシンプルなものだろ?」
そう言って、ジーンはエーリカの胸を片手でわしづかみにした。手にすっぽりと収まる適度な大きさの柔らかいおっぱいだった。
「なぁ? 分かるだろう? 奉仕してくれよ」
笑みを浮かべて、、そう言うとビンタが頬を打った。
「さいっっっっっっっっ低!」
エーリカはそう言うと、泣きながら遠くへと走って行った。
羞恥心で目が覚めたのだろう。
ジーンはビンタされた頬を撫でながら家へと向かって歩いて行くと、マリアが立っていた。多分輪から外れている自分の様子を見に来たのだろうと推察する。
「今、ひどい告白の現場を見た気がする」
「気のせいだろ、あれは、もうちょっと調教すれば墜ちそうな良い素材だな。あー楽しかった。最近あの馬鹿ばっかり相手にしてたから、たまには良いなぁ」
ジーンはさっき揉んだ、エーリカのおっぱいを思い出しながら手を握ったり開いたりして弄んだ。
「あんた……ソルファとは違う意味でいろいろアレな性格だよな……」
「そう褒めるなって。人心掌握も修行のうちだって師匠があれこれ教えてくれたぞ」
「弟子がくずなら、師匠もくずか……」
「気の強い処女を屈服させるのが簡単なわりに楽しいってのが、師匠の言ってたことだけどその通りだったな。多分あそこでビンタされるのを止めて、もうあとちょっと追い詰めればモノになったな」
「あんた……まじで、何なの?」
マリアはあきれかえって何も言う気にはなれないようだった。
多分これまでしてきた実績についても聞きたがらないだろう。聞かれないのに話すつもりは無い。
こと学園内で使うのは初めてだったが、実家にいることなり、師匠について旅をしていたときはしばしば使うことがあった。ほとんど年上の相手で、今みたいな同世代に使うということはそう無かった。
「んじゃ、用が無いなら俺は帰るよ」
「ちょっと待てよ。お前、なんであの中に入って行かないんだよ。みんなあんたがいないの残念がってるよ?」
「あ? 別に俺は行く必要無いだろ。ヒーローは一人で十分だ。ソルファがいりゃ回るし。俺なんか最初からい無くて良かったんだよ……」
ジーンがそう、マリアが視線をそらしたところ膝蹴りがジーンの腹へとめり込んだ。
「だから……、なんでお前の攻撃は見えないの! ごっふぅ」
「お前は、なんで、自分が、やったことに、そう卑屈なんだよ」
マリアががっちりと首をホールドしたまま、ジーンの腹に膝蹴りを何度も叩き込んでいく。
「ちょっ、ぷわっ、ぐふっ、待って、何故だ」
「学年内の紅白戦は一年で一番盛り上がるし、誰もが勝ちたいそう思う。だから、お前は歓迎されるべきだ。お前のこと快く思ってない奴もいるかも知れないけど、ジュエルとかソルファみたいにお前の実力を単純にすげぇって思ってる奴もいるじゃんか」
「おおおおおおお!」
三〇発ほど高速で叩き込まれて、ジーンは地面に転がった。
転がったところを首根っこを捕まえてマリアに連れて行かれる。世間ではこれを拉致と言うのでは無かろうか。
ひきずられるままにひきずられていって、マリアはジーンを祝勝会ムードの自陣営までつれてくる。
「みんなー。もう一人のヒーロー連れてきたわよー」
みんなの前に転がされて、ジーンは申し訳程度に『あ、どうも』という感じで手を挙げた。
真っ先にソルファとジュエルが駆け寄ってきた。
「あー、ジーン、どこ行ってたんだよー。やっぱり君がいないと始まらないよー」
「そうだよジーン。やっぱりお前がいないとな、おればっか褒められすぎて背中がかゆいんだ」
二人共が楽しく笑った。後ろに視線を送れば、マリアの言っていたことは間違いではない。好意的な視線を送ってくれるのが半数の、もう半数が何か不愉快そうな感じだった。
「だから、俺は大したことしてねぇって言ってるじゃん。お前らいい加減にしろよ」
と、ジーンが答えると。
「言うねぇ」
「ファントムさんにはこれぐらい出来て当然って意味だよ」
「さっすがー」
などと帰ってきて、ジーンは苛立つのも馬鹿馬鹿しくなって返さなかった。
背中の埃を払って立つと、ソルファがいきなり抱きついてきた。
「やっぱりジーンは凄いよ! それをみんなの前で見せられて僕は嬉しい!」
「だから、お前はいちいち近ぇんだよ!」
両手で押し返して、空いた隙間に前蹴りを差し込んで突き放す。
「ああ、もう何なんだ! 俺はやれること適当にやったまでだ!」
うんざりした調子で言ったら、前にいる好意的な連中はみんな一様ににやけていた。くすくす笑い出す奴もいたが、馬鹿にしている訳では無いのでそう簡単に殴れない。
「ジーン。これがあんたのやれることだ。もうお前の居場所はこの中にだってある。だからもっと自分に自信持ってよ」
後ろでマリアが小さくそう言った。
これが見せたかったからマリアはここまでわざわざジーンを連れてきたのだと把握できた。
「一回しか言わないからな」
ジーンもまた、小声でマリアにかえす。
「その、ありがとう……」
それだけ言うと、ジーンは改めて輪の中に入っていった。
「たく、どんだけ手のかかる生徒なんだよお前は……」
マリアは一人ごつつぶやいたが、ジーンの耳にも聞こえていた。
自覚はある。
けれども、ここまで来るのはずいぶんと時間がかかったそういう風に思える。
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