紅白戦(ダイジェスト)

 鬱蒼と生い茂る黒い森の中を二人は走る。

 第二演習場、魔術による木によって作られた森のフィールド。学園内のカリキュラムにおいて実戦形式の演習などで良く用いられる場所だった。

 どかーん、どごぉぉ、と、爆発音が遠くから聞こえ、そのたびに叫び声が聞こえ、振り返ると、爆発と共に人影がふっとんで行くのが見えた。

「うわぁ、あの馬鹿派手にやってんなぁ」

 ジーンはつぶやく。

 あの爆発を引き起こしているのは間違い無く、ソルファだった。

「よく言うぜ、ここにいるの全部やったのはお前だろうに」

 隣を走るジュエルがつぶやく。

 ジーンの周囲にも、ジーンによって打ちのめされた敵軍の生徒が転がっている。

 襲いかかってきたから、適当にカウンターを合わせていったらこうなったのだった。

「つーかおれいる意味なくね?」

「まあそうかもな」

「ひでぇ」

「しかし勝ち試合ってのも、やりきるにはめんどくささがあるよなぁ」

「そもそもお前ら自身がチート要素ってことに気がつけよ」

「ま、それもそうか」

 やる気無さそうな顔で答えてジーンは走り続けた。

 今は、年に一回の学年全員で参加する模擬戦だった。

 チームは厳正に、実践形式での試験の順位によって三つのチームに分けられた。ジーンの成績は学年最下位で、ソルファの成績は学年二位で結果として教師並みに実力のあるジーンとソルファが同じ組になった。

 あまりにも偏り過ぎだと意見も出たが、本来これで均衡を保てるはずであり、成績を数値化したものを並べれば同程度だった。また、慣例というのもあって教師はこの事態を放置した。

 結果、それが間違っていたということが証明されつつあった。


 ジーンはこの組に決まったときに、もう勝てるだろう。今日は授業中に寝られると考えていたが。

『ジーンはオフェンスとディフェンスどっちがいい?』

 と、聞かれ。

『ディフェンスで』

 と、適当に答えたら。

『ちょっと、まじめにやる気ないでしょ? やっぱり君オフェンスやらなきゃだめだよディフェンスやらせたら負けるよ。僕達チームは!』

 何でこう、自分の関心のあることに関しては妙に勘が良いのだろうか。

 てっきとーにやって、取られたら取られたでシカタナイヨネーで済ませるつもりが何故。

『なら、お前がオフェンス一人で行けば良いだろ? それなら守備も確保出来るし、確実だろ? な?』

『やだね。君にディフェンスを任せる場合自分がサボりたいからって味方まで巻き込むつもりでしょ? それやったら僕、本気で怒るからね』

『わかった、わかったから、まじめにやるから、な、な? 信じてくれよ。というか、なんでそんなに勝ちたいのよ?』

『そんなの、競うんだったら勝ちたいに決まってるじゃないか!』

 と、至極まっとうに目の中に炎を滾らせながらソルファは断言した。

『ガキかおめぇは……』

 事実、精神はガキだった。

『まあ、そこまで言うんなら信じていいよね。それじゃあ、改めてじゃんけんで決めようか』

『はいはい』

 目の前の奴が本気になった場合説得は不可能だと言うことは良く心得ている。ので、仕方なくじゃんけんに応じることにした。


 で、負けた。

 そういう訳で、今隣のジュエルと二人でオフェンスに出ている。

 オフェンスに関してジーン側は一人で十分と言ったが、誰か付けたいというソルファの要望に応じてジュエルを選んだ。一回戦っているだけにどういう技を使うかはよく分かっているのも大きい。

「下から、来るぞ!」

「了解」

 瞬間、光と共に地面が次々に隆起していった。

 敵の魔術による攻撃。

 ジュエルはその場で回避に専念するが、ジーンは更に前へと進んでいき見切った隆起はディスペルの杖で潰して走った。

 次いで津波が森の中を走ってくる。

 点での攻撃では無く、面による一斉制圧。それが敵の目的だった。大規模な隊で行動していたら、被害は甚大だったが。この二人に限って言えば特に問題は無かった。

 ジーンは隆起した土から土へと飛び移り、そして木を渡り前進を続ける。

 ジュエルは、訓練によって遠見の魔術は訓練されていたので、魔術師の動きを見て回避する。

「ジーン、もう一人がでかいの空中にまくつもりだけどどうする? 先制しとく?」

「頼んだ。そっちのがスムーズだ」

 ジュエルは木からさらに空中へと跳び、今大魔術を詠唱している学生を狙い、打ち抜く。

 肩に命中。詠唱は中断。魔術は頓挫する。

 次いでもう一弾、さっき地の魔術と、水の魔術唱えた奴が同時に詠唱を始める。

 ジーンの接近前に、もう一発何かを仕掛けてくる算段のようだった。

 詠唱者の前に、槍を携えた肉体強化型の鋼の魔術師と、熊と犬を足したような形へと変貌した。肉体変貌型の魔術師が立ちふさがる。

「ちっ」

 一気に行くには少し厳しい。

 前衛の肉体強化型の二人を相手しているうちに後ろの魔術師が、詠唱を完成させる。

 ここは一回は見送って次の機会を待つか。

 と考えていたところ、後ろから曲線を描いて六つの銃弾が飛来した。

「ここまでやんなきゃ、おれが来た甲斐がねえっての」

 六つの銃弾は、敵魔術師陣衛に入り込んで、爆発する。直撃を狙った訳ではないかく乱の攻撃。

 詠唱は止まらない。しかし、その場に陣内にいた全員が怯んだ。

 ジーンは隙をついて、前衛の二人の魔術師を飛び越えて陣内へと突入する。

 詠唱している二人の魔術師の目が見開く。

 それぞれ一撃づつ加えて、昏倒させる。一個の術式に集中しきっていて、肉体強化魔術を施していないため倒すのは簡単だった。

 ジュエルが一撃を入れた魔術師の腹を突き、地面に転がす。

 背後から、槍を持った魔術師と、肉体変貌型が同時に襲いかかる。

 ジーンは槍の方に自分からぶつかるように接近し、槍をはね飛ばす。

 あっけにとられた瞬間に、顔面を足底を捕らえて木に後頭部から叩き付ける。

 次いで肉体変貌型の熊犬が襲いかかる。

「あらよっと」

 体を返して受け流し真横につく。

 拳を触れるように脇腹に押し当て、

「寸勁拳、死なない程度に」

 零距離から、発剄し、衝撃が突き抜ける。

 熊犬は喀血して、その場に倒れ込むと人間の姿へと戻った。

 辺りに誰もいないことをジーンは確認すると、悠然とフラッグをはじき飛ばした。

 フラッグが元の位置から弾かれればその軍は負けになる。ジーンとジュエルは敵軍二軍のうち、一つを潰したことになった。

 ジュエルが追いついて来て、ピースサインを送ってきたからサムズアップで返した。

「いやー、凄いね。ほとんど一人で散らしてんじゃん。ぶっちゃけ一人でも行けたんじゃないの?」

「まあ、確かにそうだろうよ」

「言うねぇ」

「でも、お前の援護やっぱり良かったな。連れてきて正解だったわ」

 事実、何度か対遠距離戦になったとき、ジュエルがいるだけで大分楽になったのは確かだった。

 ジーン一人で片付けようと思えばそれも不可能でも無いけれども、五倍ぐらいは時間がかかったと考えられる。ひょっとしたら、敵の包囲がうまくいけば負けていたかもしれない。ここまでスムーズに来られたのはジュエルの功績も大きい。

「噂のファントムさんに褒められておれは嬉しいよ全く」

 と、ジュエルは肩をすくめた。

 やれやれと、力を抜いた仕草が良く似合うなとジーンはぼんやり思った。

「ところで何で俺についてきてくれたんだよ? 別に断っても良かったんだぜ?」

「いや、何面白いもの見れそうだなって思っただけだよ。それになんだ。なんだかんだで、ファントムだったお前の強さには半分憧れみたいなものもあったしな、ちったあ嬉しかったんだわ」

「お前、変わってるな……。こんな容赦なくぼっこぼこにしたやつ相手に」

「おれは別に強さにも権威にも何にも執着が無いからさ。まあそこそこだけど何も持ってないんだよ。だから、お前とかソルファとか持ってる奴をみると無条件で憧れるんだよなぁ。羨ましいって。成りたいとは思わないけどさ」

 軽い調子でジュエルは言った。

「俺には何にも執着しないお前が羨ましいって思えるよ」

 未だに魔術が使えるのでは無いかと言うことに執着し、強さに誰も何も言えないような強さに執着している自分にはジュエルは羨ましかった。

「そう? んじゃ、その辺りはお互い無いものねだりってところでさ。自陣にまったり帰りますか」

「そうだな」

 踵をかえして二人で歩いて行く。ふとジュエルが立ち止まった。

「そういや、あと一つにはミハエルがいるけど、あっち大丈夫かな?」

「問題無いだろ。こないだサクッと俺が倒せた相手だ。今のあいつなら簡単に倒せるだろうよ」

「マジで?」

「マジだよ? こないだ決闘受けて倒したわ」

 驚くジュエルに、ジーンは平然と答えて淡々と歩き始めた。

 二人が戻る頃に、もう一つの敵軍は最高指揮官であるミハエルが倒されたことをきっかけに総崩れとなり、圧勝したのだった。

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