学年主席の最強と目される男

 夜になるまでカフェで勉強をして、寮へと向かっていく。

 昼から閉店時間までワンオーダー居座り続けたために、会計の時に『もう二度と来るなお前ら』みたいな目で睨まれたが仕方ないとジーンは思った。

「つか、おかわりしたいって思えるコーヒー置かないのが悪いだろ」

「ん? なんの話?」

「さっきの店の話だ。まあお前は相変わらずだなぁ」

 相変わらず、ソルファは何のことを言っているかよく分からない顔でニコニコ笑ってる。

 説明をしてみたところで、あんまり意味が無いってことをここ三ヶ月で良く理解できた。

「えへへ」

「だから、褒めてないからな。褒めてないからな」

 この温い笑顔にも大分慣れたような気がする。見るたびにあきれ顔になるのが自分でも分かるぐらい力が抜けるが。

「でもね」

「なんだ?」

「僕はこういう間抜けなところがあって、良くそれをいろんな人に怒られてたんだよ。自分でも何が悪いかよく分かって無くてね。学園にいる今は勉強さえしてれば特に何も言われなかったんだけど、実家いるときは酷かったなぁ。前の学校では虐められたりとかもしたな」

「そりゃ、難儀だったな。俺もまあ、実家にはあんまり良い思い出は無いよ。生まれつきの障害持ちで、誘拐されて師匠に会うまでは楽しさなんてものは知らなかった」

「でも、ジーンはこんな馬鹿っぽいところも受け入れてくれて……僕は嬉しいよ」

 ソルファは真っ直ぐジーンを見据えてそう言った。

「まあ、社会性の無さってところで同じなんだろうよ。俺も似たようなもんだ。才能を褒めてもらったのは師匠以外にいなかった。ここでの味方はマリアしかいなかった。俺もお前に会えて良かったって思うよって、近ぇんだよ!」

 じりじりと近づいてきたソルファの顔面を掴んで引き離した。

「むぎゃ、すまない」

「だけどお前の近くいるのは疲れるな。ほんと、冗談抜きに」

 そう言ってジーンはため息をついた。

 寮へと近づいていくと、一人の黒いローブを纏った男が立っていた。彼は大柄で、腹が出ていて、ローブからせり出している。

 ジーンには一目で誰なのか見当が付いた。

「なんだ、こんな時間になんか用か? 俺か? 隣の優等生だけど頭の中お花畑か?」

「ジーンひょっとして、今僕のこと馬鹿にした?」

「ひょっとしなくても馬鹿にした。ええ? どうなんだい、ミハエル・ハースさんよぉ」

 ソルファが隣でむくれるのが分かったが、無視して、前にいるだろう男に注目する。

 通りから出てきて、フードを外すとやはり予想通りの人物だった。

 ミハエル・ハース。現段階において、ソルファよりも成績は上で学年トップの秀才。十年に一人の逸材とも言われている。

「用があるのは、お前だ。ジーン・エクトリック俺はお前に決闘を申し込む!」

 真っ直ぐな眼光で睨まれる。

 杖には闘気と、魔力が宿っている。彼の個人言語である雷があふれ出し、瞬いている。

「やっぱり、こういうのっているんだよな……」

 ジーンはそのままにらみ返した。

「んじゃ、受けて立とうか」

 ジーンはローブの裏から、ディスペルの術式の刻まれた杖を左右から取り出した。一本は一本は半分程度の大きさで、ジーンは両手に持つ。

「そんなところに入ってたの?」

「まあな、いつでも万全に戦えるようにってことさ。いつもはつなげて使うんだが……、今日は良いか」

「何がいいだ! 本気でかかって来い! 本気で」

 ミハエルは杖を構えたまま叫んだ。

「お前は何が気にいらない? 俺が魔術が使えないのに強いってのが、やっぱり気にいらないのか?」

 ジーンは二つに分けたままの杖を振り回して手応えを確かめる。

「ああ、そうだ。俺はお前が気にくわない。全てのことは魔術で決されるべきだ。お前は、お前は俺の価値を、この学園の価値を乱した! だから、証明しなければならない。そこの隣で媚びている奴ではなく、この俺が魔術こそ全てであると!」

 ミハエルは怒気を込めてそう言い切った。ミハエルの稲妻は強まり、彼の顔を青白く染め上げる。

「僕、ジーンに媚びてるの?」

「さあ、知らん。でも、なんか俺の近くにいるのは、俺に負けを認めたとかなんとか云々かんぬん」

「え、それって酷いよー。あのままやってたら僕が絶対勝ったのにー」

「お前はなんで、そう、人がやる気になってるその気をそぐかな!」

 怒鳴りつけると、ソルファはしょげて眉を上げて黙り込んだ。

「じゃあ、僕……はじっこに座ってるね……」

「そうしてくれ」

 ソルファがとぼとぼと、路肩に歩いて行き膝を抱え込んで座り込んだ。

 そこまで見届けて、ミハエルが声を荒立てた。

「準備は出来たか」

「ああ、いつでも来い!」

 ミハエルが構える、ジーンもまた構える。

 現段階で距離は遠い、ジーンとミハエルの距離は二〇歩ほど離れている。

「我は成す、我が求めしは雷、雷雲は我が前に顕現し我が意によって天罰を下したまえ」

 ジーンが走り出す。

 ミハエルは何かの塊を二つ、ジーン目掛けて飛ばす。遅い攻撃を、ジーンは難なくかわす。次いでミハエルの前に雷雲を生み出す。

「下れ!」

 稲妻が真っ直ぐに、ジーンへと向かう。

 ジーンはタイミングを読んで横へと回避する。

 次いで、後ろから稲妻が飛んでくる。それをジーンは飛んで回避する。

「何だと!」

「後ろに何か置いた時点でそっからなんか来るのはわかってんだよ!」

 ジーンはそのまま壁を走って接近していく。

 次弾が来ると思った瞬間に、壁から飛び退き着地する。残りは一〇歩。

「我が天罰よ、我が意のままに」

 雷雲が二つに分かれて、雷の規模と引き替えに攻撃頻度と、速度が増す。

「それを待っていた」

 ジーンは両手の杖で弾きながら、接近をしていく。

 初弾の大きな雷は半分にした杖では受けきれない。しかし、規模が半分程度になったものならば、この杖で受け流す事が出来る。

「くっそ、天罰よ、我と一体になりたまえ。我を持って天罰と成す」

 ミハエルが後ろへと大きく後退すると、呪文と共に全身に電撃をまとい、杖を捨てる。

「あーあ」

 と、ソルファが、わきでつぶやいたのがジーンには聞いて取れた。

 ジーンは大体のところ、そのつぶやきは正しいと思った。

 ファントムの、ジーンの強みは近接戦闘なのにここで勝負をしなければならない時点で分が悪い。

 ミハエルは一気に加速する。

 雷光の速さ、その概念を身に纏う。ソルファより、ジーンよりも速かった。

 ミハエルは真っ直ぐに突っ込んで、真っ直ぐパンチを放つ。

 ジーンはすれ違うように、ミハエルの横を通り過ぎる。杖だけは残して。

「ぐぼぉ!」

 ミハエルが杖に自分からぶつかるようにして衝突し、頭から地面にしたたかに打ち付けられた。

 必殺の一撃はそのまま、自分に跳ね返って昏倒することになった。

「読みやすいんだよ。馬鹿め」

 そのまま意識を失ったらしく、彼の周りから放出されていた電撃は消え失せた。

「ぐぅ、うぅぅぅ……」

 まあそこまで大したことは無いと思うし、放っておけば監視している教師が回収するだろうと考えられた。

「すごいね。ほとんど何もさせなかったね。ミハエルは多分僕が始めてやったときぐらいの強さかそれ以上あるのに」

 ソルファが、立ち上がって駆け寄ってきた。

「まあ、なあ。お前と鍛錬し続けてたら、前よりもっと魔術出すタイミング読めるようになってきたな」

「それって前よりジーンが強くなってるってこと?」

「まあ、そうなるな。それを言ったら、お前も大分前よりマシになったけどな」

「それって、僕も強くなったってこと? わーい」

 とソルファは、顔を赤くして跳ね回った。犬なら、尻尾振ってるところだろう。

「はあ、なんなんだよこいつ……。さっさと帰って飯にしようぜ」

「ジーンの作るモノは何でも好きだから、嬉しいなぁ」

 ある時から、勉強会後にジーンの家でジーンが作った飯を食べることが慣例となっていた。勉強会が大体夜遅くまでやるので、外に出ても食べる場所は無く、ソルファは自分で飯を作れない。見かねたジーンが二人前作ってやることになったのだった。

「はいはい、後で材料費払えよ」

「分かってますよ」

 そうしてソルファと一緒に自分の部屋へと向かって行った。

 しばらくして。

「許さん……、ジーン・エクトリック……ソルファ・アージェ……」

 ミハエルのうめき声が空しく夜の街に響き渡った。

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