せんせー最強説
つぶし合いにも似た教え合いはそうして三ヶ月続いていった。
日ごとに放課後にそれぞれの得意科目を教え合い。お互いに与え合う苦痛に近い課題に耐え抜き、それなりに鍛えられて行った。
ソルファは武芸の基礎である、流れの静止をようやく身につけ、ジーンは一通りのジャンルの個人言語を漁ったところ、多少なりとも無の魔術のほんの一部の術式を理解することが出来た。
ソルファには武芸の才能が一切無かったし、ジーンはまた同様に魔術においての才能は無かった。
立場を入れ替えて、もしも、才能のあるほうのマスターであるならどうか。双方ともに初学でも、二日か三日あれば習得できるようなものだった。
それを十倍近い時間をかけて、どれくらいのものが得られたかといえばごく微小なものだった。はためからみれば意味がないと映ってもおかしくは無かった。
ソルファは徐々にジーンへと食らいつける慣れを手に入れたし、ジーンは全くわからなかった魔術の断片のようなものを知ることが出来た。
一歩は小さかったが、それでも大きなものだった。
そうして、二人は互いの突き詰めた道を教えあい続けたのだった。
「なんだ私が言ったようにちゃんと友達になってるじゃないあんた達」
マリアがそう言った。
夕暮れ時の喫茶店で、ジーンとソルファはテーブルの上に大量に本を積んでいた。頼んだコーヒーは飲み終わったのと危ないからという理由ですでに下げてもらっている。すでに二時間近く居座っており、厄介な客でしかなかった。
本から顔を上げて、ぽっかーーんと、口を開けてマリアをまじまじと二人は見た。
「な、何よ、何かあたしおかしいこと言ってる?」
ソルファとジーンは目を見合わせて、再びマリアを見る。
「違うな」
と、ジーン。
「違うね。友達じゃないよ。僕達」
と、ソルファ。
二人の顔を交互にみて、あまりの真顔っぷりにマリアはたじろぐことになった。
「じゃあ、あんた達なんなのよ。最近学校いるときもべったりだし、学校終わってもこういうことしているんでしょ。普通は友達だって思うし、仲が良すぎる位だって思うものよ」
マリアの言っていたことは事実だった。
『教え合い』を始めてからというもの、ソルファとジーンは学校にいる間もずっと一緒にいることが多かった。急激に仲良くなったことで変な噂も幾つか立っていたりする。
「いや、最初はな、この馬鹿がやってきて、俺に武術を習いたいとか言い出すから根をあげっかなって適当にいたぶって遊んでた訳よ。だけどさ、こいつ意外と根性はあって、粘るし色々学校でも聞いてくるから俺は答えてやってるだけだよ」
「ああ、そういうことなのね」
と、マリアはソルファが勉強熱心で習ったことをしっかり理解するためにつきまとっていたのだと思った。ソルファのクソまじめさならあり得るなとも思った。
「ええ、それは違うよ。確かに僕はよく授業中も聞いたりとか」
そこでマリアは鋭くソルファを睨むと、息を呑んだ。
「……したけどさ。も、もうしないよ? でもでも、ジーンにしたっていろいろ聞いたりしてきたじゃないか。ここの法則性はどう思うだのなんだの色々とさ」
「そりゃ、お前アレだろ。お前がやれっつったことやってるだけじゃねーか。それについての質問だけだろ」
「そうかな? その割にはいろいろ読んでるみたいだし、僕が読んだことない本もちょっとは図書館で借りてるでしょ? 見たことがないフレーズは結構見たもの」
ジーンは図星を衝かれたのか、腹に打撃をもらったみたいに短く息を吐いて黙り込んだ。
どっちもどっちなのだとマリアは理解を改めた。
ソルファもジーンもまた、学ぶことに関しては真摯でお互いにそういうことをしているうちに、師匠にべったりになるということらしかった。
「それを言ったらお前だって、しきりに俺の使ったことも無い大剣の運用方法について聞きたがってたじゃねーか」
「それもそうだね。だって、僕は実戦の格闘は基本的に剣だもの。そりゃ、剣についてのことを聞くさ。でも、ジーンは割とまじめに考えてくれたよね? それと立ち会ったときの弱点もいろいろ教えてくれたじゃないの」
「そ、それもそうだけどよ……」
「反対に聞くけど、ジーンにしたって魔術の研究にはずいぶんと熱心じゃないか。ちゃんと魔術が使えるようになる気はあるんじゃないの?」
ソルファがそう詰め寄ると、ジーンは恥ずかしそうにそっぽを向いて耳まで赤くした。
「う、うるさいよ……。生まれて初めてだったんだよ……。俺にも少し魔術の概要が理解出来るっていうのは……。ああ、嬉しかったよ。嬉しかったから、お前が言う分よりも余計に勉強しましたとも」
「はいはい、あんた達が仲良いのは分かったから……」
「仲良くなんか無いよ!」
「マリアは黙ってろ!」
と、適当に茶々を入れたら、二人同時に噛みつかれて呆れた。
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、あんた達二人は何? どういう関係なのよ」
「さあね」
「知らん」
「お前ら!」
超高速のジャブが、二人の顎を的確に捕らえて跳ね上げた。
「痛ぁ……。いや、だから友達じゃないんだって。教え合う師弟ってのも変だし。そうだな、強いて言うなら仲間ってところじゃないですか?」
「あー仲間だ、仲間それでいいじゃね? 解散解散」
ジーンの顔面に、マリアのワンツーが的確にめり込んだ。
「なんで……、なんでお前の攻撃はこうも見えないんだ……」
「せんせーだからな、折檻するときは無敵なのよ」
マリアが何度もジャブを空に繰り出す。ソルファにはほぼ軌道が見えなかった。
「俺はさ、っていうか俺たちはさ、それぞれにお互いの持ってるモノに興味もってそれを聞きたがったまでさ。それについてお前らは仲良しか? って聞かれても正直なところ分からんよ」
「ジーンに同意するよ」
ソルファは頷いた。
「それもそうか。まあ、あたしのもくろみ通り、むやみに決闘するなんてのは避けられているし御の字だわね」
「あー、あー、確かにこの馬鹿がいるおかげで妙に睨んでくる奴らが話しかけてこなかったこと多かったなぁ」
マリアのもくろみは、ソルファをジーンの傍に置いておくことで、ジーンを無用な嫉妬からくる喧嘩から遠ざけることが目的だった。
「え、そうなの? 気がつかなかった」
「俺がファントムだって言ってからしばらく一人でいるときは、何かしら仕掛けて来ようとする奴は結構いたな。まあお前が近くにいると、そいつらは引き下がって楽しくなかったんだけど」
「なーにが、楽しく無かったよ。あんたもっと感謝なさいよ。あんたが表で暴れ始めたらファントム事件どころの騒ぎじゃなくなるっていうの」
「ま、それもそうだわな」
ジーンは肩をすくめた。
ソルファは何が問題なのか、よく分かっていない顔をしていた。
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