停学明け
ソルファは、いつものように教室の上下左右から真ん中ぐらいのところに座ってぼんやりしていた。
「よう」
「ああ、おはよう」
後ろから話しかけてきたのはジュエルだった。
「退院してたんだ」
「あれからすぐにな。まあ杖つきながらで実技は厳しいけど。つか、いるって気づけよ」
そう言って松葉杖を掲げた。
「賭けの件。大分儲けさせてもらった。おれが引き分けに賭けるっていったら、引き分けって選択肢も出たんだが、それでも勝ち負けにこだわる奴が多かったから圧勝だったよ。情報提供の代金としてはおつりが来る。今日の昼飯ぐらいはおごってやるよ」
「そうか、それは良かった」
そう言ってソルファは笑んだ後で顔をしかめた。
「どうしたよ」
「いや、僕にしても彼にしても、戦い続ける気ではいたからなぁ。結局先生の邪魔が入って終わっちゃったけど、惜しかったなぁ凄い楽しかっただけに……」
「賭けの対象になってる試合は、使い魔の目を使って見ることが出来るんだが、あれは、正直痺れたね。おれ程度には勝てないって思ったよ」
ジュエルはソルファの手を両手で握って、目を輝かせながら言った。
「ジュエルの魔術も良いと思うんだけれども……」
「あくまでおれはその辺の優等生ってレベルだ。自分でもそこまで自分の才能が凄いとも思ってないよ。ただ、おいしいところにいられるって自覚はあるし、その為の努力なら精一杯するつもりだよ」
「おいしいところ?」
ジュエルは肩をすくめた。
「おいおい、そんなことも分かってないのかよ。ここを出れば将来は約束されたようなもんだ。稼げて、みんなに当たり前に尊敬されて、綺麗な女とも簡単にヤれて、人生勝ち組ってやつだ」
「へー、そうだったんだー」
ソルファは心底感心したようにそう言った。
「お前の場合、まじで感心あるのか大分疑わしいけどな。そういやお前がライコネンに声かけられたって話聞いたけど、実際どうなんだ?」
「ああ、エーリカですか? なんか自分のものになりなさい。みたいなこと言われたけどお断りした」
「もったいねー!」
ジュエルは頭を抱えて、机に突っ伏した。ソルファは首をかしげる。
「何故です?」
「あいつは今言ったこと全部を持ってる。実家はとんでもない金持ちで、バックについてもらえるなら金に困ることはまず無いし、地位もすげえところまで行ける。見た目は言うことないし、オッケーすれば簡単に股開くんじゃね?」
「股開くって何?」
ソルファはぼんやりした調子で答えた。
「うるさい、説明させるな。とにかくだ、あいつの高い目にとまるってことは、俺たちが欲しがってるモノ全部、すげーレベルで手に入るってことだ。だからもったいねぇって言ってるんだよ」
「そうなのかー」
「興味なそうだな。ほんとに」
「だってよく分からないし」
「これだよ」
そう言うと、ジュエルはそっぽを向いてこめかみの辺りをかいた。
ふと、気配が変わったのをソルファは感じた。ジュエルも同じだったようで、前を向いた。教師が入って来たのかと思ったら、入って来たのはジーンだった。
ジーンを見た途端に黙り込む人間は増えていった。
「ファントムさん、そう言えば今日が停学明けだったな。しっかしまあ、大分雰囲気変わったなぁ」
「そうだね。というか、あれが素なんだろうね」
ジーンはもっさりとした長い髪の毛を、ざんばら切っていた。眼鏡はしておらず、目つきは鋭い。背筋は伸びていて、歩き方は悠然としていて以前よりも背が高く見える。不機嫌そうに顔をしかめて、殺気を放っている。
教壇のあたりまで来ると、ぐるっと教室を見渡して苦笑する。再び歩いて行って、後ろの辺りの席に座る。
「ていうか、みんな静かだね」
「全員ファントムだって知ってるわけだしそりゃ黙るな。お前はそういえば、あいつがファントムだって明かされた日のことは知らないよな?」
「ああ、その日から停学だったからね」
「あいつがファントムだって全校集会で宣言した時な、噂だけ知ってる馬鹿が突っかかったんだよ。で、その場で決闘成立。まあまあ強い奴だったけど、ファントムは素手でさらっとその馬鹿をボコってね。みんなが認めるのは簡単なもんだったよ」
「ほぉ、そんなことがあったんですか」
ちょっとだけ見たかったなとだけ思った。
「あいつがファントムだって分かったは良いが、みんなの気持ちはちょっと複雑だ。恐れも、憧れも、嫉妬も妬みも、魔術が使えないからあんだけ強くても見下しなんてのもある。おれも正直知ったときはビックリしたし、賭けやってる連中の見立てと実際のファントムはかなり違ったからな。あいつのこと平気で見下してた自分も怖くなったよ」
「僕は、わりと予想通りだったからそこまでびっくりはしなかったけど」
「根拠は?」
「エーテルライドの術式のうまさと、無の魔術を使うって辺りから推理しました」
ジュエルは苦虫をかみつぶしたみたいな表情をして、椅子にもたれかかった。
「お前の分かることと、分からないことの区分がおれにはまーーーったく理解出来ないよ……」
「うん、僕も不思議でね。僕が一番その区分を知りたいのかも」
そう言ってソルファは温い感じで笑った。
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