かくして、おともだち作戦
ソルファは翌日学校が終わってからジーンの部屋を訪ねてみることにした。
ジーンの部屋はソルファの住んでいるところからそう遠くは無い場所にあった。同じ居住エリアの西側の端だった。
まずはノックを二回してみる。
数秒ほど待ってみたが反応は無かった。さらにノックを数回して待機。けれども反応は無い。
ジーンが停学していて、ソルファと同じように自宅謹慎になっていることも知っている。だから、いなければおかしいし定期的にやってくる教師に確認を取られた時に不在だと、さらにペナルティを課されることがある。
「おっかしいなぁ」
ソルファは拳を握ると、
「エクトリックさーーん! いませんかー! いないなら先生に言いつけますよー!」
ジーンが一向に出てくる事は無かった。
その後も何回も叩いてみるが反応は無い。物音さえ聞こえてこない。
ドアノブに手をかけて、ドアを開けてみるとすんなりと開いた。どうやら鍵をかけていなかったらしい。
寝ているのかな? と思ってのぞき込むと、フォークが飛んできて顔の真横に刺さった。
「うるせぇ、殺すぞ」
眠そうな顔でジーンはそう言った。
「やってから宣誓しないでくださいよ! 危うく死ぬところだったじゃないですか!」
「ああ、それもそうか良かったな。俺の手元が狂って。さあ、帰ってくれ。追加発注の食器もいくつか用意しておいた」
そう言って後ろ手に隠した手を表に出す。
フォークにスプーンにナイフに様々な食器が手の中に入っていた。悠々と、ナイフを空いた手で取る。
「帰れ」
「ああ、そう言うなら僕にもそこそこ考えがありますよ」
と、ソルファは自分の周囲に三つほど火球を出現させた。これぐらいの事だったら、ほぼノータイムでやることが出来た。
「どうします、ここで戦っても良いですけど部屋が無事ではすみませんよ」
ジーンの顔の皺が深くなって、目を剥いた。
「お前本当に何をしに来たんだ!」
「お友達になりたくて今日はここまで来ました」
「帰れ!」
「ではお邪魔します」
ジーンは叫んだが、ソルファは笑顔で火球を付けたまま上がり込んだ。
部屋を火事にされることを嫌ってジーンは何もしなかった。
ジーンはそこまで入られると、構えた食器類を下ろす。また同じようにソルファも火球を消した。
「チッ」
ジーンは露骨に舌打ちをして顔をしかめると、ソファーに落ちるように座った。
ソルファは適当に椅子を抜くと、そこに腰掛けることにした。
ジーンの部屋は簡素なものだった。ものはほとんど無く、この部屋に最初から備え付けられている家具しかなかった。私物はぱっと見ソファーと、部屋の奥にある直立した丸太の何かぐらいだった。
「お友達になりたいってのは置いといて、いくつか聞きたい事があって今日はここに来ました」
「上げてやったんだ、いろいろ諦めた。いいぜ。幾つか答えてやる」
ジーンは投げやりに言って、宙を仰いだ。
「君は、あの体術って言うのかな。あれはどこで覚えたの?」
「自分で……ってのは変な話か。ガキのころ一回俺は誘拐されたのさ。その時俺を誘拐した連中を一瞬で倒したのが俺の師匠に当たる人間だ」
「お師匠さんは、家に雇われたのですか?」
「いいや、たまたまだ。たまたま俺を誘拐した奴らが絡んで、師匠がすぐにぶちのめして、保護してくれた。それで一緒に暮らすことになった。最初は、家に戻るまでの間ぐらいの付き合いだったんだけどな。帰ったところで、ただ耐えるだけの毎日になるって拗ねていたら『小僧。俺は貴族になる術は知らんが、強くなる術ならお前に教えてやれる』ってね。それからニ年ぐらいか、俺は誘拐されたままの体で師匠に付き添って、稽古したり師匠の仕事手伝ったりして暮らしてた。そんなことしてたら、追っ手が来た」
「追っ手? どこから?」
「実家からに決まってんだろ。俺は誘拐されたまま、師匠に同行してたけどそれが無理になって来た。家に帰って師匠のところに通うってのも考えられたが、師匠みたいな武芸者はうちみたいな魔術の家系だと特に嫌われたもんだよ」
武道とは
そして、街においても見かけることはほぼ無く、希に戦場に傭兵として現れることがある。それぐらいにしか噂を聞かない。
だが、あくまで実在するというだけの噂に過ぎない。ソルファも目の前の人間から聞くまでは武芸者というものに会ったことすら無い。
「一緒にいることが難しくなって、俺たちは別れることになった。一通りの技を教えたことの修了書と鍛錬方法について書かれた本を渡されておしまいだった。後は自分で練り上げて、時々魔術師相手に戦って練習していたよ」
「そうだったんですか……」
戻りたくないと思っても家に引きずり戻され、大切な師匠とは引き離される。自分でも、人の心の機微には鈍いと分かっているが同情する気持ちがあった。
「なーにがソーダッタンデスカ……だ。もう多分師匠に会うことは無いって思ってるけど、俺はその思い出を糧に強くなれるし、生きていける。十分だ」
「そう言うものなのですか?」
「そう言うもんだ。あれがあったから今の俺がある。簡単なものだろ?」
ジーンは始めて苦笑するように笑った。
少しだけ、目の前の人の事が分かったような気がしてソルファは嬉しかった。
「質問はそれだけか?」
「ああ、そうだ。そうだ。もう一つあった。エクトリックさん」
「ジーンだ」
「へ?」
「俺の事はジーンって呼んでくれ。エクトリックは俺の名前であるような気がしてない。エクトリックに用があるなら、エクトリックって呼べ。俺に用があるならジーンって呼べ」
「ああ、そういうことか分かったよジーン。じゃあ、僕のこともソルファって呼んでくれよ。この馬鹿とかはやめてさ」
「そういや、そんなことも言ったっけな」
ジーンは目を細めて姿勢を変えて前屈みになる。
「質問の続きをさせてもらうよ。ジーンは何であそこまでエーテルライドが得意だったの? 前にも言ったけど、あんなのそう簡単にできるものじゃないし。僕の知ってる知識じゃそんなに大したことは出来ないよ」
ソルファが言ってるのはジーンが試験でやってのけたエーテルライドの大技だった。
皆が皆馬鹿にしてかかっていたが、ソルファだけはその中でまじめにエーテルライドの研究をしていたせいか、その凄さがよく分かった。
「ああ、アレのことか。まあ、エーテルライドは新しい魔術が出来たことで大分衰退したものだし、魔術が使えるほどにあれは多分よく分からなくなるものだと思う」
「どういうことなの?」
「魔術ってのはつまり、別のところから力を引き出す。いわば無から有を引き出すものだ。エーテルライドや武芸ってものは現実にあるモノを組み替えることだったり、移動させたりすることで力を得るものだ。まあ、元々一緒に学ばれたりなんかもしていたし、俺も師匠からどっちも体系立てて習った。無から有を取り出すお前みたいな魔術の使い手は得意になればなる程に、この世界の法則からは離れていく。だからお前には分からない」
「そういうもの……なのか……」
「世界にあるものへの理解と、別の世界にあるものへの理解は相反する。こんな風なモノを突き詰めて使えるのは無の魔術師か、もしくは虚の魔術師か。俺みたいな何も使えないやつかそんなもんだと思う」
エーテルライドが無の魔術か、虚の魔術の使い手にしか突き詰められないという説は前にも聞いていた。
五大元素に代表される正の魔術の使い手ではエーテルライドにおいては目の前の男にさえ才能の面では勝てないということだった。武術においてもまた同様だろう。
「なるほど……」
「ちなみに師匠は無の魔術師だったよ。俺が無の魔術の術式を付与された杖を使ってるのは、これをもって完成するものでもあるからな」
ソルファはそこまで聞くとうなだれた。
今までそう試すことをしなかったが、才能において勝てない相手は必ず存在する。ということを目の前に改めて突きつけられた感じがした。
「おい、ソルファどうした? 気分悪くなったか?」
「面白い!」
「うぉ、びっくりした」
ソルファが突然立ち上がって叫んだ。ジーンはびっくりして、ソファーの奥まで飛び退いた。
「面白い。面白いよ! やっぱりこうでなくっちゃ!」
「な、何がだよ。気持ちわりぃなぁ」
ソルファは目を輝かせて拳をぐっと握る。
「やっぱりさ、分からないこと知るって楽しいよ! 自分もまだまだで、もっと突き詰められるんだって分かって来てさ! ずっと、ずっと本でやってたけど、やっぱり人に聞くのが一番だ!」
「何がだよ。お前何勝手に掴んでるんだよ」
「ジーン、僕に武芸とエーテルライド、教えてくれないか?」
ジーンは唖然として、口を開いたままふさげなくなった。
「ふざけるなよ。何で俺がそんなことしなくちゃならないんだよ」
「僕がやりたいからさ!」
ソルファは歩いて行って、ジーンの手を手で包んでそう言った。ジーンはその手をふっりほどく。
「俺には何のメリットがあるって言うんだ! フェアじゃない」
ソルファは宙を眺めて少しだけ目を閉じると、目を見開いた。
「魔術教えるよ!」
「いらん。大体使えないだろ俺には」
「僕はそうは思ってない。魔術のある領域が深すぎてたどり着けないだけって仮説を僕は信じている。だから一緒に、ジーンの魔術を探してあげる!」
「余計なお世話だ!」
耳が痺れるぐらいの大声でジーンは叫ぶ。
「じゃあ、こうしよう。ジーンのスパーリングパートナーも引き受けるよ。いくらでも好きにぼこぼこにして良いよ」
ジーンは表情を緩めて笑みを作った。
さらに笑みは大きくなって牙を剥く獣のような表情になった。
「言ったな。お前。何されても文句は言えないよな?」
「ああ、良いとも。そのうち君を倒してやる。魔術の講義はどうする?」
「それも受けてやっても良い。まあ俺は座学はそこそこ優秀だから大したこと無いだろうさ」
「それはどうかな? 僕のはちょっと特殊だよ?」
「おもしろい、やってみろよ」
ソルファはそうしてとても楽しそうに笑みを浮かべた。
お互いを食えるかどうか。その争いは変わらずに続いていく様子だった。
「まあ、ここじゃ教えるには何もかもが不十分だ。はじめるのは俺が停学を開けた後だ」
「僕のはここでも十分だけど?」
ソルファが首をかしげた。
「フェアじゃねぇし。俺は自分のためになるかどうか分からない為にそこまで張り切れない」
「なるほど……ところでお腹が空きましたが、何か食べ物ありますか?」
「さっさと帰って寝ろ!」
ジーンは立ち上がって叫ぶと、ソルファはしぶしぶジーンの家を後にした。
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