鍛錬「僕ら友達でしょ?ね?」

処分。しかし、腹が減ってそれどころじゃない。


 午後十時。

 ソルファは夕食を食べたが腹が減り始めて、さっさと寝たかった。

「で、何か申し開きはある?」

 マリアがジーンに聞く。

 校長室には、校長、教頭をはじめとした教師。主に捕縛に参加したものが全員と数名が参加していた。

「なんもねーよ」

「何も無い。じゃないわよ。せめて動機くらいは言ってもらえるかしらね」

「動機? ああ」

 ジーンは眉に皺を寄せたまま、周りをながめた。

 この状況にあっても周りを小馬鹿にしたような目をしている。

「俺は魔術を使えない。家からもお払い箱になりかけている。だが、俺にはさっきお前らに見せた技がある。それを使ってみんなの目の前で派手にパフォーマンスをする。それで逆転してみせようって考えていた。まあ、毎晩やっているあれは予行演習。いわばスパーリングみたいなもんだよ。それと、後でやる計画の為の下準備さ」

「何故それを授業の時にもしない。格闘戦の演習もあったはずだ」

「いいか、俺は完全な劣等生を演じてやってるんだ。さっき言った目的を果たすまでは俺は劣等生でなければならない。それを一回のチャンスで全部ひっくり返す。万全の状態で、俺がファントムだと名乗り出て、そこにいる馬鹿か、あのデブを一方的に叩きのめす。そのインパクトが重要だ。その隠し球をやったところで評価もされないクソつまんねー授業でやるわけねーじゃんか阿呆か」

「なんだと!」

 馬鹿にされた教師が激昂げっこうして、ジーンに殴りかかったが足払いされてこかされた。

「貴様」

「まあまあ落ち着いて、落ち着いて」

 マリアがこかされた教師をなだめると、ジーンに歩いて近づいてビンタした。

「ここでそんな態度取り続けると、あんた本当に半殺しにされるわよ?」

 マリアは平素と変わらない顔で言った。目の奥だけまっすぐ澄んでいて、本気だと言うことをジーンに伝える。

「分かったよ……」

「ならよろしい、賭けについてはあなたは知っていた?」

「俺を誰が倒すかってギャンブルがあったのは知ってたし、話題が拡散してかえって都合が良かったな」

「関与はした?」

「いや、っていうか俺の学園での表向きの評価知ってるだろ。俺がファントムだってことを教えないと従うわけが無いだろうが」

 ジーンは魔術が使うことが出来ない。

 魔術の能力こそが社会的地位のほとんど決めている、と絶対視する人間ばかりが集まる人間が集まる中で魔力が使えない。

 ジーンは当たり前のように馬鹿にされて、当たり前に虐げられた。

 名家の出であり、本来なら強力な魔術が遺伝的に使えるはずなのだが彼にはそれが遺伝しなかったどころか、万人が当たり前にすることが出来ることが出来なかった。

「まあ、それも確かに考えてみればそうよね……」

「だろうって、自分で言うのも馬鹿みたいだけどな」

 ジーンはそう締めくくった。

「というか、お腹空きません? 僕は空きました早く帰りたいです。っていうか僕、何も悪いことしてないのになんで縛られているんです? あとお腹空きました」

 ジーンはソルファを白眼視はくがんし。他の教師は呆れ、マリアはビンタの二撃目をソルファに見舞った。

「いったぁ!」

「連絡しろって言ったのに、連絡しないで交戦してであんたにこっそり付けた使い魔追っかけてみたら、戦うとかほざきやがって。命令ガン無視したの忘れたか!」

「すいません、お腹空いて忘れました」

 しれっとソルファは言ってのけて、マリアは何とも言えない微妙な笑顔になった。

「おかげで、捕らえる手間が二倍になったのは誰のせいだ。お前があたし達に刃向かって戦ったのもここに捕らえられている要因なんだからな」

「そう……でしたね……」

 ソルファはしぼんだように縮みこんで、最後に腹の音だけ響かせた。

「それで、処罰はどうしますか? エクトリックに関しては、これだけ学園中をひっかき回したのだから退学処分が妥当と考えられますが」

 中年の教師がそう言った。

「ちょっと待って下さいよ。決闘に関しては基本的には励行されています。切磋琢磨せっさたくまし、互いを高め合うという校則の基本項目に彼の決闘は含まれます。問題は賭け事を行った胴元であって彼ではありません」

 マリアが反論する。

 ファントムがやっていることは別に校則違反ではない。それを種に盛り上がっている連中が問題なのだとマリアは言ってた。

「それは確かにそうなんですけど……ちょっとやり方に問題がありまして……このようなことを認めていると、風紀が……乱れるといいましょうか」

 気の弱そうな男性教師がそう言った。

「僕は?」

 ソルファが忘れかけられた自分の処遇を聞いた。

「お前は停学だ」

「停学」

「停学」

「停学」

「停学」

「右に同じ」

「う、うぇ……」

 ソルファは一斉にそう返されて、少し落ち込んだ。なんというか扱いが雑だった。

「問題のエクトリックだが、この際見せしめとしてファントムであると言うことを明かし、その上で退学にする。胴元、それに参加した人間も見つけ次第何らかのペナルティを与える。それでどうだ?」

「だから、彼の問題は非公式な戦いを行ったことだけでしょ? それに大きくなった事柄の収束の為の生け贄を彼にするって言うのなら話は全然違う」

「それで、話が収まるって言うのなら良いじゃないですか。どうせそこのぼんくらはいくら魔術を教えたところで使えやしないんだ。辞めさせたところで大したこと無いだろう」

「まあ、それもそうだわな」

 自分を馬鹿にしている教師の意見にジーンは自嘲して、笑い。そう言った。

「それがあなたの本音ですね。どうせ魔術の使えない劣等生をこの際だから都合良く処分したい。あなたはそう考えているんでしょう?」

「それの何が悪い!」

「お前ら落ち着けよ。そう熱くなったら解決するものもしないだろう?」

 優男やさおとこ風の若い男性教師がそう諭した。

「じゃあ、こうしよう。これはエクトリックがしたこと自体への判定で、停学なのか。もしくは、エクトリックが中心にいたことによって起こった事に責任を取らせて、退学なのか。そういうことだろう?」

 そう言うと、ざわめいていた室内が一気に静かになった。

「話聞いてる感じ、そうでしたね」

 ソルファが空気を読めずにそんなことを言った。

 その通りだった。

 ファントムを捕らえた場合どういった処分をするか? ということについての議論は、決着しないまま今日を迎えてしまった為に今揉めている。

「じゃあ、賛成反対、それぞれで手を挙げて。多数決って訳じゃないけど立場はハッキリさせた方が多分後が楽だ」

 手を挙げさせてみたものの、ほぼ同数だった。

 そうして、その後で展開されるのも、感情的な水掛け論であまり進展しそうにもなかった。

 ただ、第二ラウンドに突入しただけだった。

「ええい、やめんか見苦しい」

 数十分と続いた不毛ふもうな議論を止めたのは校長の一言だった。

 はげ上がった頭の周りを白髪が覆っている、鋭い顔立ちの老人だった。

「でも……」

「ですが……」

 停学派も、退学派も一旦停止のあと再び、奮起しそうな勢いは残して止まった。

「なに、簡単なことだろうに。要するにある程度の見せしめを示して、必要以上に罰しないということを叶えればいいのだろう?」

 両者の言い分をまとめるとその通りだった。賭けを止めさせるための大きな出来事と、ジーンがしたこと自体への罰。それのみだった。

「ですが、彼には魔術が使えません。そのような人間がこんなことをしたということを認めるべきでは無いと考えられます」

「それは単純な差別だろうに」

 校長がひと言そう言うと、反論された教師はさらにまくしたてる。

「エクトリックの家からこいつの入学時に多額の寄付金を受けているという話を聞きましたが」

 校長は首をかしげた。

「それは何のことかね? エクトリック君は何ら問題無くここに入学したし、成績もそこそこ悪くはなかったと聞くがどうなのかね?」

「それについては私が説明しましょう」

 そう言って進み出たのはマリアだった。

 ジーンとソルファは同じクラスにいて。マリアはそのクラスの副担任をしていた。

「共通の座学についてはそこそこ優秀な成績を持っております。一方で、個人言語魔術、共通言語魔術に関しては使えない為に確かに成績はありませんが、実践のテストとなった際はエーテルライドで乗り切っています。このエーテルライドの実力については恐らく学年で一番と言っても過言では無いでしょう」

「だが、こいつには魔術を使うことが出来ない!」

 校長はうっとうしげに顔をしかめた。

「お前は魔術魔術とうるさいな。エクトリック家からの寄付金は確かに受け取っている。だが、それは例年の事だ。エクトリック家は数十年前から我が校に寄付金を送っている。彼は全くの例外と言うわけでは無い。成績を落とせば他の生徒と同じように学園からは追い出される。それになぜ、うちの学院は魔術が使えずとも進学できるシステムになっているのか知っているかね?」

「し、知りません」

「それは、この学園に入ることによって魔術を使えるようになるという生徒も数十年に一回だが入学して使えるようになって卒業する。あるいは、卒業後に、少し鍛錬を続けるだけで使えるようになるということがあるからだ。故に魔術を使えずとも、努力さえすれば進学なり卒業は出来るシステムになっているのだよ。それに魔術を使わずとも、大魔術師相応の戦闘能力を持つという事例は私としても大変興味深く思うがね」

 そう言われると、教師は顔を赤く、くしゃくしゃにして押し黙った。

 校長は眉を上げると鼻で笑い。改めてジーンの方を向く。

「それで、私なりに君への処罰を考えてみた。君は君がファントムであるという事を皆の前で明かしてもらい、我々に捕らわれたためにもう戦えないということを宣言してもらう。何か問題はあるかね?」

「いや、それで構わないし。むしろ都合が良い。ファントムは自分だという名乗りを、教師の公認のもとに出来るからな」

「調子に乗って……」

 マリアはぼそっとつぶやいた。

「その発表をした後、君への停学は十日だ。分かったかね?」

「はい、了解しました」

 ジーンはそれで頷く。

「他の皆もこれでいいかね?」

 校長は辺りを見回して、教師を眺めていく。皆が一様に無言だった。

「では、この場はこれで治めよう」

 そう言った瞬間に、ソルファの腹がまた鳴った。

 ソルファの処分に関しては思い出したように、校長が二日の停学を言い渡した。


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