幽霊は誰?

 翌日の夜、ソルファは夜の街を歩いていた。

 時刻は午後九時。およそファントムはこの時間に出歩いている人間に勝負を挑むことが多いらしい。

 ソルファは学校から与えられる装備とは違っていた。幾重にねじ曲がって折り重なったようなオークの杖はアージェ家に代々受け継がれた魔術の杖だった。ジュエルのように他にも仕込みをしようかと考えたが、今日用いる戦術を考えたところであまり意味が無かったので持ってこなかった。

 夜の街は静かで、満月が辺りを照らしていた。ソルファは漫然と市街を練り歩く。そうしているうちに幽霊が見つけてくれるだろうと考えていた。

 街を歩いて、角を曲がると長い影が伸びていた。月明かりに背中から照らされた人の影だった。

「こんばんは、幽霊さん」

 前に見たとおりの風貌ふうぼうの男だった。全身を黒い衣装に身を包み、魔術の杖としてはあまりにも簡素で単純な形の杖を持っている。

「ああ、こんばんは。今日の挑戦者はお前で良いんだな。ソルファ・アージェ」

「名前を知っていてくれたのかい? 光栄だなぁ。みんなのあこがれのファントムさんにも知ってもらえるなんて」

「当たり前だ。最終的に俺の目的はお前を倒す事にある。時期がくればこちらから挑もうと考えていたが、まあ少し早まっただけのことだ」

「へぇ、君に僕が倒せるって言うのかい。それは楽しみだ」

 そう言ってソルファは無邪気に笑った。

「そのつもりだとも。周りから、俺の事は聞いているな? 決闘は受けるか? 受けないのか」

「受けるさ。そのつもりでここに来た」

「見たところやる気だけど一応は聞いておく、今日やるか? 明日やるか?」

「今日やる」

「良いだろう」

 そう言うとファントムは杖を適当に数回ほど回して構えた。術式を使った周囲の空気の変化は無く、彼の周りは静かであった。

 ソルファは己の杖を先端を持ち、掲げて詠唱を行う。

「求めるは、剣の形、我が炎、幾重いくえにも折り重ね、全てを切り裂く剣の形を成し顕現せよ。手にせしものを最強たらしめる剣を成し顕現けんげんせよ」

 刹那。

 ソルファの持つ杖が、持っているところから先が爆発した。

 爆発を開けて現れたのは刃の大きさが身のたけほどもある巨大な炎剣であった。燃えさかり、蒼炎そうえんを成している。

 加えて、無詠唱でバベルズアトラスを自らに付与する。

「良いのか? 近接戦闘以外にもお前にはいろいろ出来ることがあるだろうに」

「これで良い。ちょうど遠距離で戦いたい人の事例も聞いてきたところでね、細かい小細工をしてやられるよりか、一番得意な対人戦闘術式を使わせてもらうよ」

「勝てると思うなよ」

「そっちこそ」

 戦闘開始。

 先に動き出したのはソルファだった。

 炎剣を肩に担いで、踏み込み、一気に振り下ろす。

 ファントムはその一撃を、体を返してかわし一気に接近する。

 突きにかかるファントム。

 ソルファは、背を後ろにそらしながら炎剣を振り回しなぎ払う。

 ファントムは攻撃のモーションから一転、炎剣を防御しにかかる。

 杖で炎剣を受けるファントム。横へと思い切り吹っ飛ばされて、盛大に靴裏をすりながら着地して止まる。

 ソルファの炎剣は、相手に見た目通りの重みと切れ味を与え、熱による切断力を持つが。ソルファ自信がその、重みも切れ味も受けなかった。

 さらに身体強化したソルファにとっては、杖の重みも手に何も持っていない状態に近い感覚だった。

 なせる事は、恐ろしく重い攻撃を恐ろしく早い速度で、どんな体勢からでも簡単に繰り出せるということだった。

 その厄介やっかいさは今の一合でファントムも理解していることだろうと考えられた。

 ついでに、ファントムの杖を打ったことによって、やはりあの杖には魔術をある程度打ち消す効果があることを確信した。

 ソルファの剣を通常の魔術の杖で受けた場合、真っ二つか良くて大きく切れ込みが入る。

 だが、完全に打ち消せた訳では無い。打ち消すことが完全に出来たのなら、手に握られる炎剣は消滅しているはずだった。

 ソルファの推測が正しければ、拮抗したことでファントムの杖は多少なりともダメージを負ったということが考えられた。

 数秒の間。

 ファントムはソルファの辺りを歩き回り、隙をうかがう。

 ソルファが仕掛けようと、考えた瞬間にファントムは目の前にいた。

 ファントムは突きを放つ。

 ソルファは後ろに引いて、剣を盾に防御する。

 防御の返しに攻撃をしようとした時、ファントムはすでに側面へと回り込んだ。

 ソルファは剣を横なぎに払う。

 ファントムは背を向けながら屈んで、かわし、回転の勢いそのままに後ろへと足を蹴り込んだ。

 脇腹に直撃し、吹き飛ばされるソルファ。

 ファントムが先ほど受けた場所へ、吹き飛ばす攻撃。意趣返しのつもりだろうと解釈した。

 着地をして改めて構えると、ファントムが杖を持っていない手で『来いよ』と挑発する。

 ソルファは再び突撃する。

 肩から斜めに切り下ろす。ファントムはそれに沿わせるように、杖で受け流す。

 返す刃で、切り上げる。ファントムは同じように杖で受け流す。

 攻撃受け流した杖の誘導によって、炎剣は思わぬところに位置させられる。

 いくら剣が軽かろうともソルファはバランスを崩した。

 二回の防御で出来た隙はほんの少しのものだった。

 その隙を埋めるように、ファントムは接近していた。

 ファントムは突きを放つ。

 ソルファはすんでのところで見切って、頭だけを動かしてかわす。

 直後に杖は肩へと落とされる。

 連続して、反対側の頭部、頭頂部へと攻撃をもらう。

 ソルファは痛みに耐えつつ、苦し紛れに炎剣を薙ぐ。

 ファントムは後ろへと飛び退くが、わずかに足下の衣装を切り裂くことには成功した。

 けれども、離れ際にもう一度頭を殴られる。

 ソルファは着地も終わらぬファントムへと接近。炎剣で突きにかかる。

 ファントムは空中で体をねじって、杖を思い切り振り回し炎剣にぶつける。

 衝撃によって、互いの武器は一時的に使えない位置へと弾かれる。

 ソルファとファントムは同時に足を地面につけた。

 同時に踏み込み。

 武器は使えない。蹴るにはあまりに時間が足りない。状況は同じ。故にベストとなる攻撃手段も同じ。

 選択は共に頭突き《ヘッドバット》だった。

 額と額がぶつかり合う。衝撃で頭の中で激しいノイズが鳴り響いた。

「やるじゃないか、唯の秀才だと思ってたが、認めてやる」

「君に認めてもらうまでも無いよ。幽霊」

 ソルファは笑っていた。今この時が楽しくて、楽しくて仕方が無かった。

 ファントムも多分マスクの向こうで笑っている。

 共にこの戦いを楽しんでいる。ソルファにはそういう確信があった。

 ファントムは体勢を立て直すと、次の瞬間、前蹴りでこちらを蹴り飛ばして構え直す。

 ソルファもまた構え直す。

 ソルファはこの実戦においてのファントムの評価を更新する。

 技量と速さにおいては自分を上回るというのは確信した。この場合での速さとは、単純に真っ直ぐ走るのが速いとかそう言うものではなく、上下左右前後の多元的な細かい動きにおける速さだ。そして初動の速さだ。気配がまるで無く、全くと言って良いほどに動き出しが読めない。

 破壊力と頑丈さにおいてはこちらが勝つことが出来る。適当に振った一撃でも直撃すれば戦況をひっくり返すには十分だし。ファントムの攻撃は数度軽く食らった程度ならば、耐えきることが出来る。体で食らいながら攻撃というのもある程度は可能だが、過信はできない。

 こちらのアドバンテージはさらに一つ。武器の攻撃力が恐ろしく高いのに対して、手のひらを操るのとほぼ同じ軽さで扱うことが出来る。

 この軽さが生み出す、ファントムの予測を上回る攻撃。意外性。これをもって捉えればファントムは恐らく倒す事が出来る。

 しかし、これにしても無限にパターンを生み出せる訳でもなく、制限はある。

 ファントムがこの攻撃を全て見抜き、あるいは見抜かなくとも決定的な隙に、急所に良い打撃を食らえば自分は負ける。そう確信している。かなり不利な状況だと考えられた。

 そのような事を考えていると、すでにファントムは攻撃をしていた。

 脇腹へのなぎ払い。

 ソルファは慌てて剣でうけるが、杖はその反動を生かして下へと滑らせ、膝を打つ。

 強制的に足を曲げさせられたところで、ファントムは頭頂部をうちにかかる。

 ソルファは後ろへのけぞるようにしてかわすと、そのままバク宙をする。

 無詠唱で、発火の蛇の三つ火球を発生させてソルファへと飛ばす。

 ファントムはそれを杖を回転させて受けると霧散むさんした。

 魔術式は残像を持っており、残像を術式とつなぎ合わせ続けることが出来るほどに高速で回転させれば、結合する。その法則を用いた防御だった。

 ソルファはバク宙の反動を利用して、下から炎剣で切り上げると。

 ファントムはそれを正面から杖で受けた。

 ミシリと、ファントムの杖がきしむ音が聞こえた。

 ファントムが顔をしかめたのを感じ取る。自分でもまずいことをしたという自覚の顔だ。

 あの杖はそう何度もソルファの炎剣をうける事が出来ないと言うことを確信する。

 多少傷つくというものでは無い。ソルファの渾身の一撃ならば次は必ず折れる。

 折れた後の戦闘をイメージする。

 こうなればあとは炎剣による正面からの攻撃にこだわる必要も無い。飛び道具で退路を断ち、炎剣で追い込む。そうすれば勝つことが出来る。

 有利不利の度合いで言えば、さっきは二対八でこちらの不利だったが。このことが分かって五対五と判断出来た。

 あの杖をへし折る。それがソルファの最大の目的になった。

(そういや、マリアになんか言わないとダメだよなぁ。……でも、ま、いっか)

 そう言えば、教師を待機させていることを思い出した。ソルファがこの戦いの中で、ある程度戦えれば連絡を入れて包囲してもらう手はずだった。

 今になっては、今が最高に楽しいのでどうでもいいことになってしまっていた。

 戦闘再開。

 今のところは互角時間が経つごとに、お互い勝ちへと近づいていく、終わりのある削り合い。

 どちらが、先にたどり着くのかその勝負だった。

 ソルファは踏み込むと上下左右へと剣を振り回す。

 ファントムは受け流しながら後ろへと下がる。否、ソルファが下がらせた。

 ソルファの攻撃はめちゃくちゃだったが、その分迷い無く、より深く踏み込むことが出来たためだ。

 反撃。ファントムは一気に踏み込み突きを放つ。

 ソルファは炎剣を同じタイミングで突き出す。

 ファントムは突くのをやめる。突きの動作はフェイントだった。

 ファントムは膝から後ろへ落ちるような動きで、ソルファの側面へ動く。移動と同時に膝、腹部に、二連撃を叩き込む。

 効いてはいる。

 ただ、強引さを無くせばこのまま終わりと言うことをソルファは理解している。

 振り向かずに後ろに向けて、炎剣を振り下ろす。

 これも、でたらめな一撃だった。

 けれども、ファントムの読みを超えて、ファントムの回避が遅れる。頭を覆っていた布きれを炎剣がかすめて切り裂いた。

 そこにあった顔は、ソルファの予想通りの顔だった。

 ジーン・エクトリック。今は眼鏡はしていない。

 生まれつき魔術が使えないとされている。学園一の落ちこぼれだ。

「やはり君だったのか」

「なんだ? 予想していたのか? 俺が驚きだよ」

 ファントムは顔をそう的に笑った。普段見せる顔とは違う、野獣のような笑みだった。

「そうだね、その仮説を立てたのはいくつか理由がある」

「聞かせてもらおうか」

「まず最初に、無の魔術は他の魔術と組み合わせて使うことが出来ない。それはどんなに簡単な魔術でもそうだ。無の魔術は基本的にそれだけを使うためだけに、戦いには参加するし単体で用いられることはそう多くは無い。だから、そもそも無の魔術と格闘戦を組み合わせているという点が前提としておかしい」

 ジュエルと別れたあと、もう一度無の魔術について調べたことでこの辺りのことはほとんど固まった。

「無の個人言語を使う人間はこの学園には存在しない。使える人間ならば、間違い無く試験や検査で何かしらの痕跡こんせきを残すが、それが全く無い。だから、君が使っている杖は無の魔術師が術式を施した杖なんだと考えられた。付け加えて、無の魔術は一度固着すれば、そのまま残るからね」

 無の魔術は現存するに当たって、無を食い続ける事によって、無という有をなすものだった。魔術が近くに存在している限りは、そこに存在し続けるというテーマを持つ。一度動けば、対消滅させる術式をかけない限りはそこに有り続けるものだった。

「それが、どうして俺につながるって言うんだ?」

「人から受け取った品であれ、手に握ればその杖は魔術を使うことを禁止する。魔術を使える人間がこんな自分に不利になるようなことをするか? と言えば絶対にそんなことは無い。その道具は魔術が使えないからこそ使うことが出来る代物だ」

 ファントムはそれをにやつきながら聞いている。

「攻撃に気配を感じないのは、もちろん君の動作に予備動作がほとんど無いのも分かるが、我々がほとんど影響下にさらされていて感じている魔力の気配を感じないからというのもある。それにあの日のことだ」

「あの日?」

「ちょっと前に図書館で会ったときのことだ。君は僕と別れてからすぐにいなくなったよね。僕はすぐに戻って追いかけたつもりだったけど、全く気配を感じなかった。ファントムについて色々調べているうちにその事を思い出して、君だと確信したよ」

 するとファントムは声を大にして笑い出した。

「はっはっはっはっはっ、お前、やっぱり俺が見込んだ通り最高だよ」

「そう言ってもらえて光栄かな、僕は」

「だが、知ったからにはお前は俺より下だってこと、よく知ってもらわなきゃならない。もっと俺のことを知ってもらいたいものだね」

「同感だよ。僕のこと君にも知ってもらわなきゃね。君より僕の方が強いってね」

そう言ってソルファは炎剣を上段に構える。呼応するように、ファントムは杖を下げたまま無造作に構えた。

「最高だ、最高に楽しいよ」

 そう言ってファントムは獰猛に笑む。

「僕もだ。本気を出すのは何年ぶりだかね」

 ソルファも、穏やかな顔に似合わず、狂笑きょうしょうを浮かべる。

 次の瞬間二人は同時に踏み込んだ。

 先手はいつものようにファントムであるジーン。

 鋭く伸びる突きを放つ。

 ソルファは先手を必ず取られることは予測して、炎剣を横にして防御。

 だが、思いのほかジーンの打撃は軽い。

 連続して、ミシンのストロークよりも早く突きが、炎剣のガードの上から打ち込まれる。

 ソルファは強引に振り払い、押し返して、炎剣を切り下ろす。

 それがジーンの誘いだった。

 切り下ろされた炎剣の横にジーンはすでにいて、顎に向けて突きを放つつもりでいる。

 剣を振るにも時間は無い。

 ソルファは、無詠唱でごく小さな火球をジーンの前に生み出して爆発させた。

 わずかに動揺するジーン。その隙にソルファは後退した。

「あっぶないなー。危うくやられるところだったよ」

「もう、お前は俺の技術に追いつかれてる。もう時間の問題だ」

「それは、どうかな? 今みたいな技も有効だって言うんなら、もう少し引き延ばせるし、僕が勝つよ」

「あんた達その辺りにしておきなさい」

 ふと、横から声がして見やるとマリアが腕を交差して立っていた。

「いつまで経っても連絡が来ないと思っていればこの有様よ。終わりにしなさい」

「嫌だ。もうすぐ、もうすぐで倒せるんだ。だから先生はそこで見ていろ!」

「水を差すって言うんなら、まずお前からやらせてもらうぞ?」

「そう言うと思って囲んでおきましたよ。はいはい」

 呆れたようにマリアはつぶやいて手を二度ほど叩くと、暗がりから他の教師がぞろぞろと現れてソルファとジーンの周りを囲んだ。

「はい、じゃ、あとは皆さんお願いします。二人まとめてふんじばっといて下さい」

 マリアがそう言うと、教師達は一斉にソルファとジーンに襲いかかった。

「てめぇら!」

「よくも!」

「「邪魔しやがったな!」」

 と二人は同時に叫んで、襲いかかってきた教師達に向かって突撃した。

 二人ともそれなりに抵抗はしたが、大体同じ力量の相手を五人同時に相手して、そう長くはもたなかった。

 二分、三分としないうちに、ロープで縛られたジーンとソルファが地面に転がった。

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