依頼/幽霊退治《ゴーストバスター》

レストランはその店の出す価格もあってか、内装は安かった。壁のタイルはわずかに黒ずんでいて、椅子もいくつかは揺らせばがたつく安っぽい木製のものばかりだった。

ソルファとマリアが囲ったテーブルには、牛のステーキが一枚、鳥の胸肉のをソテーしたものが一つに、大盛りのサラダと、バケットが並んでいた。

これらはすべてソルファが注文して自分で食べると宣言したものだった。

対してマリアの方にあるのはビールが一杯だった。

「それじゃあ、ありがたく頂かせてもらいます」

「お好きにお食べ」

そう言われるまでもなく、ソルファはステーキにがっついていた。

「あんたさ、一応こっちが頼みごとしてるし、立話もなんだしどっかいこうってなったらあたしがおごるのもまあわかる。でも、いくらなんでも遠慮ってものを知るべきなんじゃないのか?」

誰がどう見ても、ソルファはマリアをそっちのけでメシを食い始めたようにしか見えなかった。

「ひひゃー、もふ、ひほうもはべられまへんへしはし」

「口にものいれたまましゃべるな」

ソルファは急いで噛み砕いて飲み込むと。改めて言いたかったことを言う。

「いや、だってね。昨日晩御飯食べ損ねたの、僕が通報しちゃったからでしょ? だから、昨日食べ損ねた分もまとめて食べたいなって思ってね。これでもかなり遠慮した方ですよ?」

「遠慮しなかったらどうなる?」

「えーとこれに、ピザ二つに、フライドポテト一つ 。ソーセージが三本にあとは……」

「もう良いやめろ」

「なんか、言ってたら食べたくなって来たな」

「やめろ!」

「はい」

そうしてソルファは、幸せそうな顔から真顔に戻った。

「まったく、お前の胃袋は無限なのかよ……」

「そうなのかも知れないですね。いままで生きてて、満腹で食事やめるってそういえばしたことが無いですし」

ソルファはそんなことを言いながら、ステーキを刻んで行く。もうこの時点で運ばれた食事は半分ぐらいに減っていた。

「とりあえず、話の続きを聞きましょう。まずファントムって言うのはなんですか?」

「そこから始めなきゃならないか。ソルファは、どれぐらい知ってる?」

「ここのところの連続暴行事件の犯人で、誰が倒すか話題になっている人」

「まあだいたいそんなものか」

マリアは顔をしかめて、頭の後ろをかいた。

「違うんですか?」

ソルファは肉にかじりつきながら言った。

「厳密には違う。ファントムが通り魔のように言っているのは、教師たちの都合。早く帰ってもらうための口実ってところよ。実際のところファントムがなにをするかってのは決闘を挑む事なの」

「決闘?」

「そう、ファントムは夜に出歩いている生徒に決闘を挑むの。挑めば戦いになるし、拒めばおとなしく引き下がる。備えが無いと言えば、次回に持ち越すことも出来る」

「なんとも、フェアなことで。あれ? でもそう言うことなら基本的には大丈夫なんじゃないんですか?」

オルフェリア学園において決闘は許可されていた。より高い次元の魔術の実戦を行うという観点で許されている。

ソルファにしても、何度かあしらう程度であるにしろ決闘は受けて、戦ったことはある。

「あれには一応教師への申告が必要なのと、一応は教師もやり過ぎた時に間に入れるように見張りもしているの」

「へー、知らなかった」

「まあ、あんたはいつだって挑まれるだけだったし、適当に片付けてたから知らんでしょうよ。ファントムの問題はこのあたりの申請が一切なかったこと。つまり生徒間の勝手な決闘ということなのよ」

「なるほど。でも、それでもさそこまで問題は大きくなるのかな。決闘は基本的には励行されている」

ソルファがそう返すと、マリアは「んー」と唸ったあとで、「まあこれはめんどくさい話なんだけどね」と前置きを置いた。

「ファントムが勝ち続けるごとに噂がどんどん大きくなっていって、ギャンブルを始める連中が出て来たの。決闘を受けたものは必ずギャンブルの元締めに持ち帰って挑戦を受けたものと、ファントムを賭けの対象にしてオッズを決める。ここでまあ、挑戦されたものは、奥の手みたいなものも表示するのさ。それで改めてオッズを決めると。この奥の手に複数人数で挑むってのもあったみたい」

「それが何か問題があるのです?」

「問題なのは頭の硬い教師連中なのよ。非公式でこちらが把握出来ていない決闘士の周りで異様な盛り上がりを見せている。それが許せないみたい」

「それならギャンブルの元締めを潰せばいいじゃないですか」

「確かにそういう議論はあるし、これを追っているのもいる。けども、いくら潰そうとも、そこに需要がある限りは無限に発生し続けるものよ。だから、あたしたち教師連中がファントムを潰すってことになったのよ」

「なるほど。あくまで賭け事をやっている連中のやり方でもって叩くわけですね」

「そういうこと」

「でも、ファントムがうちの生徒でなんかしらの目的があるとすればそのうち名乗り出てくるんじゃないですかね? それを待つのも良いと思うけど……」

「そこが教師連中の頭の硬いところでね。何としてでも一刻も早くファントムを潰さなければならない。学園の威信にかけてなんてのも出てくる始末でさ」

「あー、それはめんどくさい」

特には関心なさそうに答えて、ソルファは肉を頬張った。マリアはビールを飲んだ。

「めんどくさいよ。ほんっとに。で、ファントムはと言えば、まあ逃げるのが達者でね。捕まえようにもなかなか捕まらない」

「実際、マリア先生とり逃してましたしね」

「うるさいぞ。でも実際に、捕まえるのは難しい。気配がまるでないし、見失えば絶対に見つからない。で、ソルファ。君にお願いだ」

マリアがそこまで言ったところ、ソルファは店員を呼びとめた。

「すいません、やっぱりピザも良いですか?」

「かしこまりました」

「おい待て」

「だってめんどくさそうなんだもん。追加注文が妥当です」

引き締まった顔で、ソルファはそう言い切った。

「ええーい、面倒だな。あー、あたしもビールもう一つ。あと、ピザもう一枚だ」

「はい」

やけくそ気味に頼むマリアに店員はにこやかに応じると、厨房に向かって行く。

「ソルファ、お前に頼みたいのは、ファントムの足止めだ」

「足止め。倒さなくて良いの?」

「いや、それは構わないよ。学年四位の成績保持者がほとんどなにもさせてもらえずにやられたって聞くし。お前ならば、ひょっとしたら勝てるかも知れない。けれども、そう良い賭けじゃない。おそらくは互角程度で、悪ければ負ける」

「負ける? そんなに強いの?」

「強い。あたしじゃないが、教師で一人一瞬だけ交戦したのがいて、一合のあとで簡単にまかれたって。もっとも、撤退戦で正面からやりあってないというのもあるがな。一合のうちに、目くらましをして、そのあとで姿を消す。学園の魔術師相手にこれをやるとなると並大抵じゃないというのは分かるだろう? やつは、囲まれることを恐れて逃げたんだろうが、そのまま戦えばおそらく互角かファントムの方が上回っていただろう」

「まあ、確かに、そこまで言うのなら……」

学園の教師となる魔術師は、国から大魔術師グランデという魔術をマスターし、極めた物としてのライセンスを獲得している。

ここの生徒と、大魔術師とが戦った場合、何もさせてもらえずに負けるのがほとんど確定だった。

ファントムの実力は、この大魔術師相応と言ったところ。

ソルファやミハエルなどの実力は現段階で、この大魔術師に匹敵するかどうかと言ったところだった。

そういう風に推測をしていけば、マリアの推測は正しいということを理解出来た。

「あなたが出ていけば、おそらくファントムも他のほぼかならず倒せる相手以上にあなたのことを優先するはず。そうして、遭遇して交戦した場合にあたしに念話で連絡。で、交戦地帯を私を含む教師陣で包囲。確保と。まあさすがに囲まれれば、ファントムでも逃げきれないでしょうって計算よ」

「だいたい把握しました」

「どう? あたしたちにはそこそこギャラを支払う準備はあるけど」

「でもなぁ……。僕は僕で夜はやりたいことがいつもあって……」

やりたいこととは、いつものの研究作業である。

「ならこうしよう。一日だけ、お前が食べたい物全部おごってやる」

「よし、やる!」

「お前、安上がりだな! 子供かよ! ああ、お前、心はマジでガキだったな!」

「お待たせいたしましたー。ご注文いただいた、ピザとビールをになります」

店員がやって来て、笑顔でピザとビールを置いて行った。

「うひょー、美味しそう。えーとなんだっけ?」

「もう忘れたのか。ファントムの足止めを頼むってこと。で、ギャラは……」

「ここで一日食べ放題!」

相変わらずなソルファにマリアの目は死んでいた。

「……まあそういうことだ。ファントムが、挑戦者を探しに街を歩くのは月水金曜日で、決闘の持ち越しをするのが火曜日と木曜日だ。捕まえるのはなるべく早い方が良い。次の金曜日に作戦決行で構わないか」

「はい、了解です。とりあえず真面目にやるつもりではいますから、約束……絶対ですよ? すっぽかすとかなしですからね?」

「分かってるよ。詳しくは、また追って伝えるわね」

話が終わると、ソルファは一気に食べ始めた。出された料理すべて平らげるのに、数十分とかからなかった。

「はぁ、やっぱり普通にギャラ払った方が安かったかしらね」

「だから、絶対食い放題ですよ! 絶対にですよ!」

ソルファは口の周りにチーズをつけながら、そう念を押した。

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