進級試験 主席と落ちこぼれ
「アレックス・サザンカ。試験難度Bランク。術式実行度Cランク。統合評価Bランクマイナス。もう少し万全ならBランクってところだな」
黒いローブに身にまとった試験官が告げる。
「はい……」
評価された白いローブをまとった生徒がゴーレムをただの土くれへと戻した。
オルフェリア学園最終学年入って最初の実技試験であった。評価の方法は事前に教師の側に、実技試験で行う魔術の内容を説明し、行う術式の難度を決める。そうして実際に行い、術式の通りの効果を発揮できているかどうかで総合的な評価が決定される。
試験難度はAに近づくほどに高く、Fランクが最も低い。
実行度はAランクであれば、術式以上の効果発揮、Bランクで術式通り。Cランクであれば、やや不足。Dランクで不足。Eランクで術式再現が全くできていないと判定される。
先ほどのゴーレムを出した生徒の成績はこの場にいる全員の中では中の上といったところの成績だった。
「次、ミハエル・ハース」
「はい」
進み出た男は赤い髪に青い瞳。肌は白く。大柄というよりか太っているという方が正しい。その顔は自信に満ちあふれていた。
ミハエルは辺りを歩き回ると、持っているワンドでそこいらに十数個ほどの×印をつけて回ると試験官の前に背を向けて立った。
「ではやります」
「はじめたまえ」
「はい」
ミハエルが杖を掲げると、その瞬間、彼が向こう側の世界から借り受ける力によって辺りが一気にざわめいた。
「願わくば、天から下る天罰。その形、
個人言語魔術。
個人個人にしか見ることの出来ない。魔術の
ここにいる人間のほとんどは、この学園で厳しい訓練と勉学に励む。しかし、ここを卒業出来ればその将来を約束された魔術師であり、また士官候補でもあった。
掲げた杖の先から雲はあふれ出て、上空に数秒にして渦巻き状の分厚い雲を作り、辺りを暗くする。それと共に強い風が
雲は厚く、重く、そして雷をすでに帯びていた。
「天罰よ、出でよ!」
ミハエルは叫び、一カ所一番奥の×印を指す。
瞬間、
「出でよ、出でよ、出でよーーー!」
ミハエルは次々に稲妻を落としていく。
そのどれもがまるで精密機械のように、×印へと命中していく。
一つ一つに的確に、すべての×印に命中させると、今度は二点同時に雷を落としていく。
五回ほど行うと、今度は三点同時、四点同時に雷を落としていき、その数を増やしていった。
その数は、七となり、十となり、その数を増やしていき、遂に全ての×印に同時に雷を落とした。
轟音で誰も聞こえなかったがほとんどが嘆息を漏らして、目の前の大魔術を見守った。
「一点集中、その形、束ねて神の
特大の雷が真ん中に落ちて、轟音。それと共に大地を大きく揺らした。辺り一面に音と光、そして神童が響き渡り全員が耳を塞いだ。
打ち付けられた神の槌。そう形容するには決して名前負けしないかった。
そこまでやると、ミハエルは額に大粒の汗をかきながら杖を下ろした。
「以上です」
「はい」
そう言うと、三人の試験官はミハエルの付けた×印を見て回った。ほぼ正確に毎回×印に雷を落としたということを目視で確認しながら、採点紙に記入していく。
「試験難度Aランク。術式実行度Bランク。素晴らしい。威力、正確さ共に目を見張る。学園の講師でもこの若さでこの領域にたどり着けたものは少ない」
「ありがとうございます」
「
口ではそう言うものの、嬉しそうでない風にミハエルは答えると、一歩後ろへと下がって待機を続けた。
試験官の言ったことは嘘では無い。
ハース家という魔術における名門の長男であり、入学以前から有望視されていた。本人もその才能におごらずに努力を続けた結果。一魔術師として完成の領域にあった。
実際のところ、試験難易度Aに挑むものはここ数年存在しなかった。さかのぼって挑んだものもいたが、いずれも術式として不十分であるという評価のDもしくはCがせいぜいのところだった。
やってのけたこととしては、十数年ぶりの快挙と言っても過言では無かった。
その後の試験でもミハエルに及ぶものはいなかった。誰もが到達出来る境地では無かった。
それでもミハエルの顔は浮かなかった。受けた高い評価にも満足している様子は無かった。
「次、ソルファ・アージェ」
「はい」
そう呼ばれて前に進み出る男がいた。
肩まで届くきらめく金髪に、
「はじめ」
「セット、13」
すると手のひら大の火球が十三個ソルファの周りに現れる。
共通言語魔術「発火の蛇」無詠唱による同時出現だった。
共通言語魔術とは誰もが当たり前に使える魔術であった。だが使うに当たってはそれなりに長い呪文を唱えなければならないということと、常識的に一個の呪文に対して一個の炎を出現させる程度のことしか出来ない。
学園の生徒にしてもその辺りは同じ制約だった。使いたくても使えないといったところである。
何故ソルファが、ソルファだけがこんな芸当を出来るのかと言えば、彼の個性でもある個人言語魔術が炎に起因することに関係していた。
「ロール」
十三の火球がソルファの周囲を回り始める。
「
そう言うと、ランダムに火球が動き出す。
一斉に一列にならんだ後、横へと広がり、三角を作り出す。その次に円形を成して最後に×を作る。
一つのフォーメーションを作るのに一秒とかからなかった。
そのことが、ソルファがこの十三の火球を自分の意のままにたやすく操る事ができると言うことを示していた。
「ロール。ユナイト」
火球に、球の形を取らせた状態で高速で回転させる。
回転するうちに、混ざっていき大きな火球と変化した。その大きさは人の体と同程度。
魔術には、同じ術式のものが近くにあり、それを高速で混ぜ合わせると、混ざって統合され、より大きな形の術式になる特性があった。
「インクリーズ」
巨大になった火球をさらに巨大な物へと仕立てあげる。
「インクリーズ」
さらに巨大に成す。
その大きさは人の大きさを超えて、直径は三階建ての建物ほどの大きさになった。
「ライズ」
そう言うなり、火球は一気に空へと登って行ってやがて見えなくなった。
突然何をし出したのかと、辺りはざわつき始める。試験官もまた動揺したが、ソルファだけは表情を崩さなかった。
「インプロージョン」
そう言った瞬間に空が瞬いた。
空が瞬き、光が包んだと思えば、衝撃と、音が襲ってきた。地面を揺らがす爆発音。それは、先ほどミハエルが撃った雷に匹敵するものであった。
音が止み、光が収まると空の雲にはぽっかりと大穴がぶち開けられていた。
それを見て、その場にいる人間の全てが、威力が大きすぎるがためにわざわざ空に打ち上げる必要があったのだと言うことを理解することが出来た。
「終わりです」
「は、はい……では採点します」
試験官が話し合い、採点表にいろいろと記入をしていく。すると一人の試験官がこちらを向いて、質問をする。
「アージェ君。最初から空に打ち上げた魔術を引き出す事は可能なのかね?」
「きっちり手順を踏めば問題はないです。あくまで、レポートに書いた通りのことをやってみただけですのでー」
ソルファがレポートに記した事とは、大人数による大規模魔術の実践法であった。
故に最初に出したのは発火の蛇という誰もが使える魔術であった。そして、それを結合させて。さらに巨大化し、爆縮することによって大爆発を起こすと代物である。
これは魔術師としての才能がそれほど無いものでも、訓練を積み、連携を完璧に行う事が出来れば、大魔術を行う事が出来るというデモンストレーションだった。
「ふむ、それはこのテストの趣旨と反するが、良いだろう。評価する点も多い」
「ありがとうございます」
この学園の目的とは、最高の個人言語を持つ魔術師を育て挙げることであり、誰もが出来ることを教授することでは無い。
みんなで使える物を作ろうとしたソルファは間違ってはいたが、その全ての術式を彼自身がやり通した事に価値はあった。
「では、改めて結果を伝える。ソルファ・アージェ。試験難度Aランク。術式実行度Bランク。総合評価Aランク。特別扱いをするつもりは無いが、発想は面白い。今後も精進するように」
「はい」
この学園に天才は二人いた。一人はミハエルでもう一人がソルファである。ともに圧倒的な魔術の才能を先天的に持ち合わせ、努力を惜しまなかった。その二人に感化されるように努力する人もまた増えて、この学年は近年希に見る優秀な学年となったのであった。
「次、ジーン・エクトリック」
「はい」
そう答えて前に出たのは。背は中ぐらいだが、やせていて猫背なのがその男を小さく見せていた。分厚い眼鏡をかけていて、茶色の前髪がまぶたの近くまで降りていて陰気な雰囲気を出していた。
前に出てきただけで、辺りで小さな笑い声がいくつか響いてくる。
「はじめ」
「はい」
そう答えてジーンは杖を手放した。
ローブの中に手を入れて、小袋をいくつか取り出した。
ジーンは足で円を描いていき、その中に円を描くように小袋の中身である銀粉と、硫黄の粉、それに砂鉄、エーテル液とを順番にかけていく。
「大地よ我が願いに答え、我が望みを叶えたまえ」
ジーンは地面に手を付けてそう言った。
すると、地面が隆起しだして、一気に校舎と同じ高さまで盛り上がっていき、そうしてその状態で固定された。
辺りの嘲笑の声はより大きくなった。
「ジーン・エクトリック。試験難度Eクラス。術式実行度Aランク。総合評価Dランク。最低点だが、一応合格だ……。今年こそ魔術が使えるようになると良いな」
「はい……失礼します」
申し訳なさそうに言ってジーンは引き下がった。
ジーンがやったのは一見して大魔術風であったが、必要な道具さえ揃えば誰でも使えるものだった。
エーテルライド。この世界に今の魔術がある以前にあった、魔術とされるものである。
今の魔術を使う才能が一切無くとも使うことが出来るものだった。
この術式に使うモノは今となっては高価なものばかりで、伝える人間もごくわずかとされている。
ジーンは生まれたときから魔術が使えなかった。誰もが出来る共通言語魔術すら、彼には使うことが出来なかった。
「ねぇ、未だにエーテルライドなんか使ってるの? 最終学年なのにやばくない?」
「
「そんな事より、あいつ裏口入学って本当?」
「本当だよ。だったら、あんな魔術のまの字も出来ない奴が、こんなとこいるわけ無いじゃないか」
「はは、それもそうか」
「あーあー、今年は凄いの二人いるし、平均点も高いのになぁ。なんでこんな恥さらしがいるのか分からないよ」
「早くやめちゃえば良いのに」
ジーンは、聞こえるぐらい大きな声で話される噂話を、ただうつむいて聞いて何も反応はしなかった。
だから、彼のことは公然と馬鹿にしていいなんて暗黙のルールができはじめていた。
「静かに。試験中の態度も評点に入っているぞ」
生徒達の、噂話の声が大きくなっているのを試験官がたしなめた。
生徒達は静まり、試験は続行された。
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