卒業のために必要だったこと

@abutenn

プロローグ 或る一つの決闘

 青い月は遙か遠く煌々こうこうと妖しく街を照らしていた。

 深夜二時オルフェリア学園都市は寝静まっていた。ここには大人が少ない。それ故に外を出歩く大人は少なく、そのための飲み屋もほとんど無い。

 静かで暗く、街には探してもほとんど人を見つけることは出来ない。

 辺りに響く音は炎剣と杖の打ち合う音のみであった。

 炎剣を振るうのは、ソルファ・アージェ。

 ソルファは、今は力任せにも近い勢いをもって、身の丈あまりある炎剣を振り回す。

 炎剣をかわし、杖を突き出す男。

 身の丈はソルファと同じ程度、顔は全て黒い布に覆われ、目だけが露出し赤く輝いている。

 この男、ここ数日この学園都市での話題をさらっていた男であった。

 あだ名を『ファントム』と呼ぶ。

 夜中この町を歩いていると、気配もなく突然目の前に現れ、決闘を挑む。腕に自信の無いものは申し出を退けると彼は消える。その反対に彼の申し出を受けて、決闘をしたものは圧倒的な実力の前に敗北する。

 最初は散発的な事件だったが、噂は広がっていった。そのうちに腕試しにと学園の腕自慢が、夜に歩いて彼に挑んでは返り討ちにされていった。

 負傷者は増え、更に噂は広まっていき、学園は公式の事件として認めざるを得なかった。

 ソルファは事件の調査のためにおとりとなってファントムを引き出す事に成功した。

 あとは同じく巡回している教師のマリアに念話で連絡を入れれば事件解決にはそれで足りる。

ファントムは人の手を借りれば捕まえられそうだった。

 けれども、ソルファはここに来てノっていた。あくまで一対一の勝負にこだわりたがった。

 ファントム姿勢は真っ直ぐで重心は低く、攻撃に気配は感じられない。

 なるほど、幽霊を名乗るにはふさわしい。ソルファはそう感じた。

 攻撃の気配の無さが尋常じんじょうでは無い。

 自分に強力な肉体強化魔術であるバベルズアトラスをかける事が出来なければ細かい有効打に意識を取られ、その間にさらなる連続攻撃をうける事になる。

「ぜぇい!」

「ちっ」

 炎剣を大きく上下左右に振り回す。

 ファントムは杖でいなすように受けて後退した。

 あの杖にはどうやら魔術を消す効果があるようだった。

 けれども、最初に比べて正面から受けるということはなるべく避けるようになっていた。

 こちらの炎剣があちらの防御の限界を超えているのだろう。そう推測されてきた。

杖でまっすぐ受ければ砕くるのは難しくない。いなされれば杖へのダメージは無い。ソルファの目的はクリーンに杖でガードせざるを得ない攻撃を放つことにあった。

 もう一方で、こちら側の種類の少ない攻撃パターンが見切られつつあった。カウンターに細かい打撃をいくつかもらっている。

 ファントムの方がソルファよりも技量で上回っていることは分かっていた。

 戦況は今のところは均衡していた。

 均衡を作る要因はファントムの持つ杖の防御の限界と、技量の差だった。

 杖が砕ければ、防御は回避だけに限られ、ソルファが絶対的な優位に立ち、勝利が確定する。

 ファントムの技量がソルファの動きを完璧に見切れば、意識を強制的に消し飛ばされてファントムの勝利と成る。 

 終わりのある均衡きんこう。つまりはこの戦いは削り合いだった。

 どちらが、先にたどり着くのかその勝負だった。

 ファントムは一気に踏み込み、突きを放つ。

 ソルファは炎剣を同じタイミングで突き出す。

 ファントムは突くのをやめる。突きの動作はフェイントだった。

 膝から後ろへ落ちるような動きで、ソルファの側面へ動く。移動と同時に膝、腹部に、二連撃を叩き込む。

 効いてはいる。

 ただ、強引さをなくせばこのまま終わりと言うことをソルファは理解している。

 振り向かずに後ろに向けて、炎剣を振り下ろす。

 でたらめな一撃だった。

 けれども、ファントムの読みを超えて、ファントムの回避が遅れる。頭を覆っていた布きれを炎剣がかすめて切り裂いた。

 そこにあった顔は、ソルファの予想通りの顔だった。

「やはり君だったのか」

「なんだ? 予想していたのか? 俺が驚きだよ」

 ファントムは顔を躁的に笑った。普段見せる顔とは違う、野獣のような笑みだった。

「そうだね、その仮説を立てたのはいくつか理由がある」

 ソルファはその仮説をファントムに話した。するとファントムは声を大にして笑い出した。

「はっはっはっはっはっ、お前、やっぱり俺が見込んだ通り最高だよ」

「そう言ってもらえて光栄かな、僕は」

「だが、知ったからにはお前は俺より下だってこと、よく知ってもらわなきゃならない。もっと俺のことを知ってもらいたいものだね」

「同感だよ。僕のこと君にも知ってもらわなきゃね。君より僕の方が強いってね」

そう言ってソルファは炎剣を上段に構える。呼応するように、ファントムは杖を下げたまま無造作に構えた。

「最高だ、最高に楽しいよ」

 そう言ってファントムは獰猛どうもうに笑む。

「僕もだ。本気を出すのは何年ぶりだかね」

 ソルファも、穏やかな顔に似合わず、狂笑きょうしょうを浮かべる。

 次の瞬間、二人は全力で踏み込み、ぶつかり合った。


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