第13話 その時

 揺れる列車。いつもの三両目への扉を開く。いた。


 今日もまた指定席に座り、変わらぬ白いスーツに白い靴を履いている。窓枠に肘を突き、閉じた本を膝の上に乗せ外の景色を眺めてる。うっとりと見つめてしまうほど、綺麗な横顔。


「よお」


 前の席へ腰を下ろすとフイッと顔を向け「うん」と微笑む。


 窓の外は真っ暗な世界。上には星明かりがキラキラと煌いて、下には川面に映るあまたの星々。まるで宇宙の中を走っているようだ。


「もう、時が来たね」


「え?」


 唐突なユズキの言葉に顔を向けた。


「トキオくんは次で降りるんだよ?」


 列車を降りる。そんな事今まで考えてもいなかった。それなのに、ユズキの言葉はなぜか俺の中にある納得という名のポケットにストンと収まる。


 俺は先へは行けない。――


「おまえは?」


「僕は、降りれない……」


「どうして? 切符なら、俺が何とでもしてやる」


「切符ならもう見つけたから」


「え……どこ行き?」


「……終着駅」


「ん、っなら、途中下車すればいい」


「無理だよ。……そんな勝手は許されない」


「……一緒に来いよ」


「……ごめんね?」


納得なんてちっとも出来ない。意味がわからない。なのに、どうしようもない事だけは痛い程身に染みて感じ取れていた。


 ユズキの静な囁きに胸が焦げるように熱くなった。込み上げる塊は苦しくて、我慢できなくて目の縁に水分が溢れだす。


「……っ……」


 グッと膝の上の拳を握りしめた。


 子供のような丸い手がそっと優しく俺の頬を包む。


「泣かないで。僕もやっと降りれるんだよ。……だから……ね?」


 俯き、ぼやけゆらぐ視界の中。愛らしい形の唇が僅かに動く。


そして、いつものように口角を上げ微笑んだ。



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