第12話 サウザンクロス


「ユズキ? 寝てるの? ユズキ?」


 窓枠にもたれながら、静かに目を閉じているユズキ。俺が声をかけると、瞑ったままのユズキが呟くように言った。


「童話のお姫様はね、たいがい王子様のキスで目を覚ますんだって」


 なんだ、起きてるんじゃないか。


 いつもの席。いつもの白いスーツに白い靴を履いて、その手にはいつもの文庫本。


 昨晩、俺たちは人を殺めた。それは憎むべきどうしようもない奴で。生きている限り悪でしかない男。だから、男の死こそ正義なんだ。俺も、ユズキもやっと解放された。


 もうユズキを苦しめるやつはいない。二人の邪魔をするやつはいない。


 俺たちは、意外にも普通だった。まるで何もなかったかのように、あたかも初めから二人で列車に乗って旅をしているかのように。


 ユズキはまだ目を閉じたままだ。


「誰か起こしてくれないかなぁ」


 全く、手のかかる可愛いヤツ。


「俺が起こしてやるよ……」


 ユズキの口に唇を寄せていく……あともう少しと言うところで、ユズキがパチッと目を開けた。キュッと上げた口角で微笑む。


 なんだよ、自分からふっかけといてぶち壊しじゃないか。


「はぁ~あ……」


 俺はため息を漏らし、向かいの席へ重力に任せドサッと腰を下ろした。


「しないんだ」


「誰のせいだよ」


「ふふ」と笑って、腕をグーーーっと高く突き上げ、伸びをするユズキ。すっかり憑き物が落ちたように身軽になった。ユズキは不意に窓の外を覗き込み、窓の外へ指をさした。


「んんーーーーーーーっ、あぁ~あれサウザンクロス? 綺麗だねぇ~」


「南十字星か」


「もう、どのくらい来たかなぁ……」


 白々しいユズキの口ぶり。俺はニヤリとしてユズキに言った。


「どっかで聞いた事あるようなセリフだな」


 ユズキは「クック」と小さく笑って、手に持った文庫本をひょいと掲げ口角を綺麗に上げた。そして再び窓の外へ目を向ける。


 綺麗な横顔。ユズキの横顔は初めて会った時のまま、何も変わっていない。


「……僕もいいかげん、早く目覚めたいよ」


 とっくに目を覚ましてるユズキが、ボソッと呟いた。意味のわからない言葉を残して、立ち上がる。


「ということで、寝ます」


「どういうことだよ」


 ユズキは「あはは」と高い声で笑って寝台車へ戻ってしまった。


 どのくらい……どのくらいかなんて、そんなのわからない。この列車がどこに行くのかも。


 ただ、俺が言えるのは何があってもずっと一緒だって事だけだよ……ユズキ。


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