第9話 アンタレスの炎

 穏やかに揺れる列車。その動きと逆に揺れるざわつき。俺は胸ぐらを掴み力強く擦りまくった。


 今までもそうだった。ユズキに早く会いたいと焦がれていた。でも、今のこのざわめきは違う。別物だ。ユズキの身が心配で仕方がない。一刻も早くアイツから逃れて俺の元へ戻って来てほしい。無事を確認したい。浮かれていたはずの待ちぼうけも、すっかり心労へと変わっていた。


 なぜユズキはまだアイツと旅を続けているんだろう。今もあんな酷いことをされてるのに。俺だってこうしてそばにいるのに。アイツのこと、嫌い……なんだよね?


 胸のざわつきとムカつきに膝の上に置いていた拳を握りしめた。


「トキオくん」


 降ってきたユズキの声にパッと顔を上げる。そこにはいつものユズキの姿。


「ユズキ、大丈夫?」


「うん」


 やっぱりどこか寂しそうな顔で頷くユズキ。


 ほら、そんな顔させたくないんだ。


 ユズキの手を掴み、今直ぐに抱きしめたくなった。でも、そんな事できるはずもない。そんなことをすれば、かえってユズキを怖がらせ、不安にさせる。俺の気持ちを疑われてしまう。


 俺は昨日と同じようにユズキの手を取り、いつもの席に座らせた。胸の内で深呼吸をする。努めて感情的にならないように話そうと努めた。


「ねぇ、ユズキ。聞いて? アイツと別れよう? ユズキだって本当は嫌なんだろ? このままでいいなんて思っていないよね?」


 俺の顔を見て聞いていたユズキの琥珀色の瞳はゆらゆら揺れて、色を無くすように沈んでいく。


「……無理だよ」


「どうして? ユズキができないなら、俺が話すよ。それでもダメなら、車掌に言ってアイツを下ろしてもらお? 警察を呼んでもらったていい? ユズキがこれ以上耐え続けることなんかないんだ。もう、子供じゃない。ユズキは大人になったんだ。それに、一人じゃないから」


 ユズキは俯いたまま唇をキュッと結んだ。頼りなく小さな体。また直ぐにでも抱きしめたくなる。


「ダメなんだ。絶対に、逃れられない」


 どうしてそんな事を言うの? 俺が信じられないの? 何をそんなに怯えてるの?


 俺の中でゴウゴウと巻き上がる砂煙。胸が苦しい。こんなにユズキを思っているのに、君には届かないの?


「トキオくん……ごめん」


 ユズキは俺の手の中から静かに抜け出し、席を立って座席車から出て行った。


「……ごめんって……なんだよ」


 取り残された俺は、しばらく動けずにいた。ふと顔を上げると、窓の向こうに燃えるように赤く光る星が見えた。


 南の空に輝く赤星。蠍座の心臓。アンタレス。……蠍の火か。


ユズキ……君のためなら、俺は……。


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