第6話 最高クラスの部屋

 ユズキの後ろ姿を見送りながら、ふと思う。ユズキの部屋はどこなんだろう?  


 今いる座席車の次の扉から個室が八部屋並ぶ寝台車だ。俺に用意されてる個室は二両目の丁度真ん中の部屋。実はお隣さんだったりして? ありえっこない偶然を期待して、俺はユズキの後を追った。


 ユズキはその次の車輛の三両目も通過した。次は食堂車だ。俺はその奥をまだ知らない。食堂車の奥にユズキの背中を見つける。まさに次の車輛へ移るところだった。そのまま距離を保ちつつ後を追う。


 食堂車の次は手前に簡素な扉があって、その奥にまた客室用の四つの扉があった。俺の部屋がある車輛には八つの扉が並んでいた。この車輛は扉の数が少ない。つまりその分一部屋が俺達の部屋より広くとられてるということだ。


 ちょっとした興味本位。「スイートはどんな感じの部屋なんだろう」「ユズキは何号室なのか。時々遊びに来てもいい?」って聞いたらもっと長く一緒に居られるだろうか。


 初めてユズキを見たときは彼の人を寄せ付けない……いや、そうじゃない。こちらが恐縮して近寄れなかったんだ。神秘的と言うか……彼の物悲しいような儚い佇まいは、容易に触れてはいけない、神聖さすら感じた。どんな言葉でも言いようのない感じ。大げさな言い方だけど、この世のものとは思えない。人というよりむしろ芸術品とでも言っていいくらいの……。


 そこまで思って、ふっと自分の思考に笑ってしまう。どんだけユズキに魅せられてるんだよ。俺は脱線した思考を戻そうと、「んん」と咳払いした。


 とにかく、あの時のユズキは近寄り難かったんだ。


 でも、今は違う。仲良く言葉を交わしてる。歳も近いし、気も合う。ユズキのことをもっと知りたい。仲良くなりたい。


 俺は人見知りでビビりだ。でも、俺の場合人を寄せ付けないと言うより、単純な人見知り。緊張してどう接すればいいだろう? とか相手がどう思うとか、そんなことばかり考えてしまうんだ。


 そう言えば、ユズキと話した時はちょっとドキドキはしたけれど、いつもの人見知りのドキドキではなかった。どちらかって言うとワクワクというか、憧れのようなプラスの緊張感。きっとユズキの持つ心地よいオーラのせいだろう。


 俺は人見知りもビビりも、直そうと意識はしてる。周りの人間には明るく振舞い、友達も多く持とうと努力し、人と出会う場にも自分を奮い立たせ顔を出す。


 飲みの席はいい。酒さえ入れば人見知りなんて跡形もなく消えてしまうから。でも、シラフだとそうはいかない。地の人見知りが出てつい臆病者になってしまう。


 大丈夫。いきなり扉を叩いても、ユズキならきっと優しく微笑んで俺を迎えてくれるはず。


 気合を入れ直し、ユズキの後を追った。スイートが四つ並ぶ車輛。厚い木製でスライド式の客室ドア。ユズキはずっと先、更に奥の扉を開けている。スイート車輛の次の車輛も通り抜けていった。少し待ち、俺も扉をくぐる。


 次の寝台車両は普通のともスイートとも違った。扉を開けてすぐに扉が現れる。スイートよりも豪華な扉。通路にならんだ扉はたったの二枚。


 まさかユズキの部屋ってデラックスルームなの?


 ユズキが奥の扉へ消える。手前の扉からずいぶんと距離がある。どんな豪華な部屋なんだろうと、ますます好奇心が掻き立てられる。部屋の内部が気になる。足早にユズキの消えたドアへ駆け寄った。興奮の突きあがるままにドアをノックしようとした時、通って来た車輛の扉が開く音がした。俺は慌てて上げた手を自分のうなじへ移動させて体の向きをクルリと変える。更に奥へと足を進めた。


 後ろをちらりと見ると五十代くらいだろうか、おじさんがフラリフラリとこちらに向かって歩いて来てる。俺は慌てて前を向き、次の車輛へ逃げ込んだ。背中越しに閉まる扉に背を預け一息つく。


「どうかなさいましたか?」


 突然の声にパッと顔を上げると、車掌だった。


「あ、いや」


「ここから先は乗務室になってます」


 車掌越しに見る車輛はすっかり簡素なものに戻っていた。



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