第12話 事件解決!見せつけろ泉持の力
保健室から出た後、談話室でクラスメートと雑談をしていた泉持と真澄は、夕食の時間になったので食堂にやってきた。
「今日はA定食にしようっと……あれ、そういえば澪は? 談話室にも居なかったし」
メニューのパネルを前にして、泉持は辺りを見渡す。思えば、HRが終わった後から姿を見ていない。
「澪? そういや、中庭にいるのを見かけたよ。通り過ぎちゃったから、何してんだかわかんないけど」
「そのうちくるんじゃないの? もう夕食の時間だし」
「部室にまだいるんじゃないかな~。よく編集とかで遅くまで残ってるよ。あいつ、部活にに熱心なんだ」
クラスメートらの態度からすると、澪の姿が見えなくなる事は普通の事らしい。
「最近は泉持たちにぴったりくっついてたからな~。お前らの記事でも書いてんじゃない?」
「えへん、それならインタビューの準備をしておかなくっちゃな!」
「気が早いな、泉持は!」
クラスメートの様子から、澪のことは気にする必要がなさそうだと判断した二人は、このまま夕食を摂ることにした。
夕食が終わっても、澪が姿を見せることはなかった。
部屋に戻ると、捜査用スマートフォンに巴からの連絡が入っていた。かけなおすと、巴は焦った様子で榎島のことを泉持に告げた。
≪榎島先生はEAPだ。そして、例の土とチェンジスタのEA細胞は、両方ともに榎島先生のものと一致する≫
「……マジかよ」
悔しさがこもった声で泉持は言った。
≪あとは現場を押さえられればいいのだけど……≫
巴との通話を一方的に切った泉持は、こわばった面持ちで真澄の肩をつかむ。
「セン、ちゃん?」
「変心術、すぐにかけてくれ。もしかしたら二人が中庭にいるかもしれない、早く行かなくちゃ……!」
焦る泉持とは対照的に、真澄は落ち着いた様子で泉持の手を取る。
「わかった。術はかける。でもお願い、もう少し落ち着いて。そうしないと、術をかけても不安定になっちゃうから。暴走したら、大変なことになるの、センちゃんだってわかってるよね」
真澄の言葉に、泉持の顔から焦りが引いていく。大きな息を吐くと、泉持は「ごめん」と謝る。
「私も榎島先生が心配だよ。だからこそ、冷静にならなきゃ」
ね? と真澄が念を押す。そして泉持の額に鈴をつけた右手を近づけ、呪鈴の音を鳴らした。
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中庭の柵で延々と隠れ続けて、どのくらい経ったんだろう?
放課後、榎島先生と長岡の会話を聞いてから、僕は見回りの先生の目を盗んで校舎に居続けた。見回りが済んだ頃を見計らって、中庭の柵に隠れながら(途中、買ってあったお菓子を夕食代わりに食べた)夜になるのを待った。
辺りはすっかり暗くなって、人気はない。本当に二人が来るのか……手元にフル充電の撮影用スマホを用意して、ドキドキしながら待っていた。
すると、ザクザクと茂みを歩く音が聞こえてきた。緊張のあまり、全身からいきなり汗がふき出した。第一校舎側の柵にいる僕から見ると、右側の林から聞こえてくる。しばらくすると、小走りに軽めの足音が反対の方向からきこえてきた。
僕は慌ててスマホの録画ボタンを押した。ここから離れているから音しか拾えないかもしれないけれど、今更近くに寄るのも難しい。
むぐっ、と女性のものらしいくぐもった声が聞こえ、衣擦れの音の後に「やめて」と強い拒否の声が聞こえた。この声は、榎島先生だ。
「もうこの続きはしないわ。キスだけで十分、体内に回ってるはずでしょう」
「この、アマっ」
うぐっ、と苦しそうなうめき声がして、倒れる音がする。
「ハッ、今更教師ぶるつもりかよ? 俺に犯されて、よがってたのはどこの誰だよ」
「よがってようが犯されてようが、わたしは決めた。あなたとの関係は、今日が最後。さあ、今から警察に行きましょう。そしてすべてを話しましょう」
声は震えているが、先生ははっきりと言い放つ。
「ごちゃごちゃ言いやがって! 麻薬を流すルートも出来上がってるんだ。警察に言って話したところで、俺もお前も、人生滅茶苦茶になるんだぞ。それでもいいのかよ……もう、俺はキレイゴトなんて、うんざりなんだよ!!」
長岡がまた殴ったのか、先生のうめき声と鳴き声が聞こえてきた。
「なんだよ、お前までなんだよ! 助けてやるって言ったのはそっちじゃないか! 俺の事助けろよ! 先生なら助けろよ! EAPなんだろ、普通じゃないんだから!」
責め立てているようだったけど、最後は悲鳴に近かった。高圧的な態度は変わらないが、下種な嗜虐性がなくなり、どこか親に対してわがままを言っているような口調に変わっていた。その合間合間に殴る音が聞こえてくる。
ーー榎島先生と長岡のエッチな場面だと思っていたのに、行われているのは一方的な暴力だった。おまけに、榎島先生が超能力を持つ「EAP」であったことを初めて知った。
好奇心なんてもうとっくに消えていて、僕はこのままやり過ごせることだけを祈っていた。もし見つかったら、僕は生きて帰れるかどうかわからない。
その時だった。さっきまで暗かった街灯がついた。それに驚いた僕は、思わずスマホを落としてしまった!
カシャーン、と音が響きわたる。
「誰だ!」
長岡の怒気がこもった声と共に、こちらへ近づいてくる足音が聞こえた。それは、死へのカウントダウンのように感じられ、僕は恐怖でその場から動けなくなった。
「ここか!」
「あ……!」
のぞき込まれて、しりもちをついた。僕は肩を乱暴につかまれて、柵の外へ投げ出された。
柵の中に残ったスマホの録画アプリの画面を見て、長岡はチッ、と舌打ちをする。そしてスマホを思い切り踏みつぶされ、派手に割れる音がした。
「あとはお前の口を封じるだけだな」
僕もスマホと同じ運命をたどるに違いない。強い力で首を掴まれて、息ができなくて苦しい。少し離れた場所から、榎島先生が「やめて!」と叫んでいるのが聞こえる。
ガチガチ震えながらもうだめだ、と目を閉じたその時だった。
「そこまでだ!」
長岡の手首を誰かの手がつかんだ。ひるんだ長岡が首を絞める手を放し、僕は解放された。
「よう長岡、また会ったな」
現れた誰かは、からかうような調子で言った。僕はこの声を知ってるぞ!
「お前は……!」
「ある時は嵐を呼ぶ転校生・椎葉泉持。またあるときは綺麗なおねぃさんを愛する健康的な十七歳の青少年、しかしてその実態は……っと!」
長岡から軽やかな様子で離れると、びしぃっ! と効果音が入りそうな勢いで、泉持は長岡に指をさした。
「警察庁直属特殊警察課捜査官・椎葉泉持とは俺の事だ!」
大胆不敵な笑みが薄暗い街頭に照らされている。そして手元には、警察手帳があり、中身を広げて見せた。もっともらしい顔写真と「対EAP捜査組織『特殊捜査課』」の文字が見えた。
っていうか、特殊捜査官……って、なに?!
「警察……?! と、特殊捜査官……?!」
長岡も僕と同じように混乱している様子だった、
「あっ、センちゃん、派手に名乗って……!」
甲高い声が林から聞こえる。さっきまで長岡と榎島先生が居た場所から、真澄が榎島先生に肩を貸しながら姿を現した。
「特殊捜査官……噂には聞いたことがあるわ。EAP犯罪専門の捜査チーム……でも、まさかあなたたちみたいな高校生が、捜査官だなんて」
榎島先生の綺麗な顔が、青あざや血で大変なことになっていた。
「くそっ! なんで、なんで一気にダメになるんだよ!!」
長岡が自暴自棄にになる。泉持に襲い掛かる
「真澄、頼む!!」
「うん」
真澄が榎島先生から離れると、泉持の目の前に立って、鈴を鳴らす。
凛とした鈴の音に、その場にいる全員が言葉を無くして動きを止めた。もちろん、長岡ですら。
泉持の目がカッ、と見開かれる。彼の顔には、自信満々な笑みが浮かんでいた。
「うおぉっしゃあああ! かかってきやがれ!」
泉持は腕を突き出し、構えのポーズを取った。
「うぉらぁぁぁあああ!」
長岡が殴りかかる。泉持は長岡の手首を左手で右方向に払った。すかさず左前方に踏み込み、脇腹に右直突きを叩きこむ。ごふっ、と長岡がうめき声を上げる。
うわあああー! と半狂乱に近い唸り声をあげながら、長岡は両腕をがむしゃらに降って殴ろうとするが、泉持には一撃も当たらない。
「むやみに暴れても意味は無いぜ、青二才!」
泉持の強い蹴りを受けた長岡は吹っ飛んでいき、地面に倒れた。泉持はやっぱり強い!
「なんだあ。アッサリしてんな」
倒れた長岡を見ながら、少しつまんなさそうに泉持が言う。
「た、助かったぁ……!」
僕は危機から脱した事に安心して、その場にへたり込む。
「ありがとう泉持、助かったよ。っていうか、と、特殊捜査官、って、どういう……」
「な、何をするの……いやああああーっ!」
僕の問いかけは絶叫でかき消された。驚いて声の方を見ると、そこには足から血を流している榎島先生と、口元が血で汚れた長岡がいた。
長岡の手には血の滴るナイフがあった。
「ここに麻薬の元があるんだからよぉ、新鮮なのを飲めば、俺は無敵だ!」
まさか、長岡は先生の血をの、飲んだ?!
倒れている榎島先生は足を抱えてうめき声をあげていた。真澄が駆け寄り、手で止血をながら、スマホでどこかに電話をかけていた。「早く来て」「けがが」「巴先生」という単語が聞こえてくる。
長岡は、人間というよりは興奮しすぎたケモノのような状態で、フーッ、フーッと荒げた息を吐いていた。恐ろしさのあまり、僕はへっぴり腰で距離を取り、木の陰に隠れた。
「俺の邪魔をするなああっ!」
人間とは思えないほど強い力で泉持をなぎ倒し、殴った。防御もできず、泉持は木の幹にふっ飛ばされて背中を打ち、地面に突っ伏した。
「みんな俺の邪魔をしやがって! 本当の俺は強いんだ! 誰にも指図されねぇ!」
長岡が真澄に気づき、近づいた。真澄は先生に「大丈夫ですよ、もうすぐ巴先生が来ます、お医者様なんです、大丈夫です」と必死に呼び掛けていた。
長岡は真澄の襟をつかんで持ちあげた。真澄が悲鳴を上げた。
「女みたいな悲鳴あげやがって!」
真澄を地面にたたきつけ、足で踏みつける。苦しそうな声を出す真澄を見て、長岡が嗜虐的な笑みを浮かべた瞬間だった。
突然長岡が、誰かから突き飛ばされたように後ろから倒れた。しかし、長岡の近くには、足蹴にされた真澄や、倒れた先生しかいない。
「真澄に何をした!」
泉持の怒声が響いた。いつのまにか長岡の目の前に泉持が仁王立ちしていたのだ。その表情は心の底からの怒りに支配された、獰猛な顔つきだった。
「お前は絶対……許さねえ!!」
そして泉持は人間離れした速さで拳を繰り出した。拳の残像も見えないほど速い。長岡の顔だけでなく身体がデコボコになるくらい殴り倒した後、体が真っ二つに折れそうな強い蹴りを入れ、長岡を吹っ飛ばした。
ぐえっ、とうめき声が聞こえた後、長岡の体は動かなくなった。
さすがにこれだけの攻撃を食らったら、起き上がってこられないのではないだろうか。
の陰から様子をうかがっていた僕と視線が合い、泉持がこよちらに向かってきた。ありがとう、と声をかけようとした時に彼の顔が見えた。
泉持の顔から獰猛な表情は消えていなかった。
僕もあの長岡と同じようにボコボコにさ
れちゃうんじゃないか、逃げたくても腰が引けて、動けなかった。
その時、シャン、と鈴の音が鳴ったのが聞こえた。
「やめてセンちゃん!!」
悲鳴を上げたのは真澄だった。真澄が伸ばした腕に付いている鈴が
鳴ったのだろうか。
すると、泉持の動きが止まった。真澄は立ち上がり、泉持を後ろから抱きしめた。
「もう、いいんだよ。大丈夫だよ、戻ってきて、センちゃん」
正気に戻ったのか、泉持はその場にへたり込んだ。
「泉持、真澄!」
校舎の方から巴先生が現れた。焦った顔の先生は、二人にかけよる。そして榎島先生の要素を見に行き、手際よく応急処置をし始めた。やがて遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきて、この事態が終わりに近づいていることに気づいた瞬間、僕の体から力が抜けた。
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