第10話 澪は見た!ヤバいスクープ

 泉持が転校して来て、一週間が経った。

 午後の授業が終わり、僕は部活に行く途中、ずっと頭に引っかかっている椎葉兄弟の事を考えていた。

 まず、双子という割には似ていない、ということ。これは、二卵性って言ってたからまあまあ納得出来るけど、それでもなんか違う気がする。

 あと、真澄の不自然さ。本人が気にしてるから深く追求出来ないけれど……やっぱり女の子っぽいし。しぐさや、雰囲気だとか。胸が無いから、違うと思いたいんだけど。

 そしてなにより、泉持のケタ外れの強さ。

 ……あの双子には、大きな秘密があるのだ。転校してきた時から、ずっと僕は考えている。

 ほんの一週間しか付き合いはないけど、言葉の端々や行動から、彼らが良い奴らなのは分かる。でも、気になってしまうのは、僕の新聞部員としての性なんだろう……。

 彼らに対する好奇心と、友達のことを調べようとする罪悪感でもやもやする!

 そんななんともいえない気持ちのまま、部室のある第二校舎につながる渡り廊下へ向かう。渡り廊下の周りは芝生と木が植わっていて、中庭とも呼ばれている。昼休みによく寝転んで昼寝する生徒もいるような、まあ、小さな林みたいな場所だ。

 その奥から、がさがさと木が揺れるような音がした。誰かが居るのだろう、と何の気もなしにちらりと見ると、そこには榎島先生と、長岡の姿があった。

 少し離れているけれど、何か言い争っているような……いや、どちらかといえば、長岡が先生を木に押しやって、逃げ場を無くしている様に見える。

 え、え、えええっ。何、その状況。

 生徒と先生の密会現場なんて、超スクープじゃん、という考えが頭の中でチラ付く。同時に校則やら倫理感やらが同じように頭に浮かんだけれど、好奇心には勝てなかった。

 息を潜め、二人に気づかれないように細心の注意を払って近づく。

「……もう、こんなこと止めましょう……このまま関係を続けたら、取り返しのつかない事になる。私は、貴方の事を心配して……」

「ハッ、今更その口が言うか? 俺にヤられてヒイヒイよがってるのに? ――今日も夜、ここにいつもの時間に来い。切れかかってんだよ、アレが」

「早すぎる……ねえ、これ以上貴方と身体を重ねたら、もっとひどくなって……」

「もし来なかったら、いろんなところにバラまくぞ、例の動画。それでもいいのかよ」

「あれは……っ!」

 例の動画、という言葉に、先生が息を飲み、顔をゆがめた。

「俺の声と姿は処理してある。困るのはセンセイだけだからな……じゃあな」

 ククッ、と下品な笑い声を残して長岡が本校舎の方へ消えた。榎島先生はその場から一歩も動かず、ただ肩をふるわせているだけだ。

 ……僕、すっごくヤバい場面を見ちゃった?! 想像していたものよりもずっとヤバそうな話だったので、立ち聞きしたのを後悔した。どうしようどうしようと呪文のように心の中で唱えていると、榎島先生は悲痛な表情のまま、足取り重く本校舎の方へ歩いていった。

 とりあえず、僕の存在には気づいていないみたいだ。先生の姿が見えなくなったのを確認すると、僕ははあーっとため息をついた。

 あれは間違いなく脅迫の類じゃないか! しかも、長岡と先生は体の関係があるみたいだ……。ということは、動画ってまさか……。

 僕の頭の中に、リベンジポルノ、という言葉が浮かぶ。

 とたんに汗が噴き出し、手の中がべたべたになってしまった。でもその一方で、僕の好奇心がまた頭をもたげてくる。

 どうせ、どこかに言うとしても、証拠が無ければただの噂にしかならない。証拠さえ――動画や写真――あれば、どうにでもなる。

 僕は「どうにでもなる」の意味を考えて、喉をごくりと鳴らした。今の世の中、情報を拡散出来る場はたくさんあるのだ。

 ――好奇心には抗えず、今夜、僕は長岡の尾行をすることを決めた。



 *



 放課後、泉持と真澄は保健室にいた。巴に、長岡が女性に性的暴行をしていたこと、相手の女性はこの学校の女性教師である可能性が高いことを話すためだ。

「ふむ。校外の女性なら、外でデートすればよいだけの話だから……つまり、校内でわざわざ会うということは、校内で会いやすい相手ということになる。私はともかく、蛍先生 、吉沢先生、榎島先生のいずれかということになるか」

「巴先生、前言ってたよな。長岡の担任は榎島先生で、長岡のことで苦労してるって」

「ああ。長岡については、関わりたくないという教師が多くてな。長岡の事は何でも榎島先生に連絡が行くのが暗黙の了解になっているくらいだ」

 巴の話を聞いた泉持は、やりきれないような顔になり、ベッドの上に倒れ込む。

「二人が居た場所が、トラヴァース反応が出た所なんだろう? ということは、二人が接触している時に、なんらかのEAが使われていた可能性が高いな。……うん、二人の……その……行為中にチェンジスタが使われていた可能性は高いぞ」

「えっ、何で使うんですか?」

「う……ん、君たちには言いづらいんだけど、性交時の薬物使用は多いんだよ。普通にするよりも気持ちが良いと聞いたカップルがね、試したりする事例がある」

 きょとんとする真澄に、巴はなるべく直接的な表現を避けて説明した。すると真澄は理解したのか、何も言わずに顔を赤くした。

「……まだ、榎島先生がそうだって、決まってない」

 戸惑う真澄とは対照的に、泉持はまるで拗ねた子供のような顔をして呟いた。

「そうだよ、決まってない。チェンジスタとの関わりがある『かも』しれない、あの女性は榎島先生『かも』しれない……全部私たちの勝手な推測『かも』しれないからな」

 巴は泉持に追い打ちをかけるように言うと、いったん言葉を切った。

「だが、私たちは捜査官だ。真実を暴き、EAPの暴走と自滅を救えるのは、同じEAPである泉持と真澄、君たちだ。そして、理不尽な暴力に晒されるひとを救えるのも、力を持つ君たちだ……」

「……」

 泉持はベッドに身を沈ませたまま、口を閉ざす。

「センちゃん……」

 泉持の様子を見た真澄は、心配そうな面持ちで彼を見ていた。

 普段は軽口やふざけた態度が多い泉持だが、その内面は意外に繊細なことを真澄や巴は知っている。特に、人間の感情が絡む事件では、チェンジスタの効果を聞いた時のように、過剰な感情移入をしてしまう事が多いのだ。

 巴はベッドに近寄ると、無言で泉持の頬を両手でつぶした。突然の出来事に、泉持は目を丸くする。ついでといわんばかりの手つきで頬をぐにぐにと揉むようにした後、ぱっと話した。

「むぎゅ……何してるんスか」

「動かないと何も変わらんぞ~」

 少しおどけた様子の巴を見て、泉持はバツの悪そうな顔をしてベッドから降りる。

「……分かってらあ」

「分かってんじゃん、色男」

 巴は激励の意味を込めて泉持の肩を叩く。痛ってーよ、と文句をいう泉持の声には、笑いが混じっていた。

「じゃ、榎島先生には私から探りを入れるよ。君たちは例の場所の調査を頼む。くれぐれも気を付けてくれ」

「嫌だなあ巴センセー、俺たちを誰だと思ってんの。最強の高校生Ts、椎葉泉持と導真澄を舐めてもらっちゃ困るぜ」

 泉持の言葉に、真澄は大きく頷く。

「そうだったな」

 保健室を出ていく二人の後姿を眺めながら、巴は安心したような笑顔を浮かべた。



 二人を見送った後、巴は用を足すために保健室を出た。

 職員用トイレに入り、用を済ませて洗面台で手を洗っている時だった。個室から出てきた人の姿が鏡に映った。彼女は泣いていたのか、目元が真っ赤になっていた。

「榎島先生……?! どうされたんですか」

「あっ、あの、その……」

「体の具合が悪いのですか?」

「え、ええ、ちょっと……」

 榎島は下腹部を守るように手を当てている。

 手を洗い終えた巴は、取りだしたハンカチで手を拭きながら、榎島に不審がられない程度に視線を向けた。

「……もしよかったら、私、市販の痛み止めを持っているので、体質に合うようでしたらお分けしましょうか」

 巴は慌てた様子の榎島に、小さな声で囁いた。女性特有のもの――生理――が原因なのか、ただの体調不良なのかは、見た目からは推測しかねるからだ。

 しかし、巴の目的はまた別のものもあった。そのためには、榎島に悪い印象を持たれるのは避けたい。

「あの、大丈夫ですので……」

「体調不良は早めになんとかしたほうが後に響かないですよ~。先生たちは毎日大変なんですから。わたし、今は保健室の先生ですけど、この前まで普通のお医者さんだったんですよ~」

 泉持たちと話す時とは打って変わって、明るめのトーンで愛想笑いを浮かべる巴。少し引き気味の榎島を逃すまいと、あくまで自然さを装いつつ、彼女との距離を縮めた。

「体調不良の時は、教員であろうと気軽に保健室を頼って下さいな。そうそう、ちょうど、美味しいお茶菓子もあるんです。薬を飲むにしても、何か食べたほうがいいですし、気分転換にもいいですよ~。さ、行きましょ、行きましょ」

「は、はあ、じゃあ……」

 雰囲気に流されたのか、榎島は困惑しながらも巴の申し出を受け入れた。そして二人はトイレから離れ、保健室へと向かった。

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