第8話 暗闇の密会
放課後、部活だという澪を見送った泉持と真澄は、保健室へと向かった。そして、持ち帰った土を巴に渡した後、昨夜見たこと、澪から聞いたことを話した。
「なるほど、カップルが乳繰り合ってた可能性もあるか。とりあえず反応の結果次第だな。今日の夜、研究所から持ってきた簡易キットで試験をするから、結果は明日にでも伝えられるだろう。念の為、研究所にも土を渡しておくよ。しかし……私も教諭サイドから情報を集めているが……麻薬事件に関しては教師の間でも箝口令が出ていて、あまり実のある情報が手に入らないんだ」
「ちぇ、なんだそれ。先に
「臭いものには蓋をするって感じの場所でね。大事にしたくないっていう空気を感じてる。それに、ここの教師ども、私のハニートラップにかからないんだ」
「そりゃあもう、巴先生は三十超えてますから……ぐえっ」
軽口の絶えない泉持の首に、巴の腕が絡みつく。きゅう、と首を絞められた泉持は「ギブギブ! 助けて巴センセー」とふざける。真澄はその様子を、苦笑交じりで眺めていた。
「ふん、ハニートラップは冗談だ……。まあ、麻薬以外の噂話は耳に入るがな」
「ふうん、どんな話なの?」
「教師と生徒の禁断の愛……的な、下衆だがよくある話だ」
「ああーよくある……って、この学園でそんなうらやましい奴がいんの?! マジ?!」
巴の言葉に、泉持が大きく反応する。これがチャンスと言わんばかりの勢いで、泉持は巴の腕から抜け出した後、ベッドの上に大の字なって寝ころんだ。
「クソうらやましいんですけどー!」
「だから噂だと言ったろう」
「ほんっと誰だよそのうらやましい上にけしからん奴はよぁっ! あーっ俺もおねぃさん先生と禁断の愛はぐくみてぇ~」
枕を抱きかかえながら泉持がぼやく。その様子を、巴と真澄は冷めた視線で眺めていた。さすがの二人も、教職との恋沙汰に憧れる泉持を見るのは耐えがたいものがあるらしい。
「止めといた方がいい。お前はともかく、おねぃさんの人生を滅茶苦茶にするつもりか」
「そうだよセンちゃん。そんなことしたら、先生学校辞めちゃうかもしれないんだよ」
今まで黙っていた真澄でさえ、眉をハの字にして泉持に抗議している。その様子を見た泉持は、少しバツの悪い顔をした後、ベッドの上ではあるが土下座をして、ごめんなさい、と詫びた。
「ごめんなさい、冗談です。俺だっておねぃさんを不幸にはしたくない……で、誰なんだよそのうらやま……違う、けしからんやつは」
「噂では、校内で密会しているのを見かけた……という話がある。具体的に誰が、という所までははっきり分かって居ないようだ。しかし、麻薬事件に殺人事件、教師と生徒の恋愛と、スキャンダルだらけなのに学校の上は動こうとしていない。不思議だけど、学校ってそんなものなのか?」
「生徒にも箝口令しくような学校みたいっすね、ココ。今日、クラスメートから聞いたっす。ここの生徒が関係してる事件について、話しちゃいけないって。おカタイなあ、この学校。よく捜査に入れましたね」
「
「ま、そーっすよね。とにもかくにも、結果が来てから、次のステップっすねー」
土を渡した翌日、ぼーっと授業を聞きながら、泉持は考えていた。
潜入したはいいが、何の変哲のない高校生活を送る生徒たちの様子からは、とてもこの学校で麻薬中毒者がいるようには思えない。
(ま、平和なのが一番っしょ)
しかし、泉持は知っている。麻薬が原因で、ついには殺人を犯してしまった少年がいることを。何でもない日常の裏側には、暗く救われない現実があることを。そしてこの世界では、多くのEAPがその闇に囚われているということを。
(EAPがこれ以上悪者扱いされるの、嫌なんだよねえ)
EAPが犯罪に利用され、EAPの能力で誰かが傷つき、そしてEAP自身が傷つくこと――すべてを止めたいと泉持は考えている。
泉持は、かつてとある新興宗教団体で人体実験の為に軟禁され、犯罪の為に働かされていた過去を持っていた。団体の悪行が暴かれ、自由の身となった時、泉持は初めて、自分が世の中では「悪」だということを知った。事件の後、EAP犯罪を取り締まるTsに入ったのも、同じような立場のEAPを一人でも減らしたいと思ったし、人を傷つけることもやめさせたいと思ったからだった。
普段はおちゃらけている泉持だが、EAP犯罪に対しては秘めたる決意があるのだった。
放課後、保健室に来た泉持と真澄に、トラヴァース試験の結果がもたらされた。
結果は――反応あり。しかし、巴がアクセスした警視庁の前科者データベースには一致せず、人物の特定は出来なかった。
二人はこのEAが事件に関係があるかどうかを、夜に再度調査することとなった。
夜になり、泉持と真澄は前回と同じく変心術を使って校舎内に忍び込んだ。前回よりも早めに忍び込んだ夜の学校は静まりかえり、人の気配などどこにも無いように二人には感じられた。中庭にたどり着き、真澄に術をかけ直してもらった泉持は、忍び足で林へと近づく。
一見、静まり返っているように見える中庭だったが、林に近づくにつれ、ガサガサと繁みの中で何かが動くような音が聞こえてきた。
泉持は例の木の傍まで様子を伺いながら近寄る。万が一術が切れた場合を考え、木の近くの繁みに身を隠した。
耳を済ませると、荒い息遣いが聞こえてくる。茂みから覗くと、おぼろげではあるが、人間二人が地面の上で抱き合っている姿が見えた。
「あ……っ」
女のような高く、艶っぽい声が聞こえ、泉持は思わず目を逸らす。続いて、低いうめき声も聞こえる。そして、声に交じっているのは、荒い息遣いと、衣擦れの音。暗くて良く見えないが、折り重なった体勢と音から、何をしているのかはさすがの泉持でも察することが出来た。
しばらくした後、声が途切れ、どさりと体が倒れる音がした。体格の良い方が起き上がり、身支度をし始める。倒れた方も遅れて立ちあがり、しばしの間無言の時が流れる。
「ねえ」
遅れて身支度をし始めたほうが、か細い女の声で呼びかける。しかし、もう一方は何も答えないままだ。
「あまり、学校でこうやって会うの、やめたほうがいいと思う。あと、あんまり喧嘩、しない方がいいと思うの……。ほら、その、あまり事件を起こすと、私たちの秘密が、ばれて、貴方が大変なことに――っ!」
「うるせえよ」
咎める、というよりは、相手を気遣う色が見える女の言葉を、もう一方が乱暴な口調で遮る。
同時に、女が腹を殴られて地に倒れた。
「俺に指図するな。俺のいう事聞いてりゃ、アンタもここで暮らしていけるんだからな」
「でも、私は貴方の……」
「うるせえっていってるだろ!」
再度殴ったのか、乱暴に倒れる音が聞こえる。女は男の暴力に反抗する様子を見せず、すすり泣く声すら聞こえてきた。
(暴力じゃないか……こんなの!)
泉持は頭に血が上るのを感じていた。どんな関係であろうとも、無抵抗の人間を、しかも女性を暴力で従わせていることが気に入らなかった。
「アンタは黙ってればいいんだよ!」
「やめろ!」
男が女に向かって蹴ろうとした瞬間、泉持は茂みから飛び出して、女性の前に立ちはだかった――術が溶けかかっていることも忘れて。
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