第2話 季節外れの転校生

『季節はずれの転校生は、何か重大な秘密を持っている』

 月曜日の朝から、そんな言葉が僕、船伯ふなはくみおの頭にぐるぐると回っていた。

 何故そんなことを考えたかというと、正に今、自分の通う私立大海学園高等部二年一組に、二人の転校生が現れたからだ。

 今は六月の上旬。普通、学期に合わせて入ってくるもんじゃないのかな? よく知らないけど。

椎葉しいば泉持せんじでっす。好きなものは美しいおねぃさんです! ストライクゾーンは十八歳から二十六歳!」

 転校生の一人……泉持という名の男子は、早速とんでもないコメントをしてクラスの笑いを取っていた。

「えと、み……あ、違う……椎葉真澄ますみです……その、よ、よろしくお願いします……」

 片方の……真澄というなんだか女子のような名前の方は、しどろもどろしながらコメントし、またこれも笑いをとっていた。

「えーこの二人は、特別な事情があって、こんな時期に転校してきました。同い年の双子だそうですよ。泉持くんのほうがお兄さん、真澄くんの方が弟さんですって。二人ともいろいろな苦労があったと訊いていますので、余計な詮索をしないようにしてくださいね」

 担任の蛍先生が説明するや否や、突然椎葉兄の方が担任の手を取り、

「え、えっと……泉持、くん……?」

 戸惑う担任の手を握り締め、しばらく見つめていたかと思うと、椎葉兄は鼻の穴を広げて一気にまくし立てはじめた。

「……なんて包容力のある優しい女性なんだ。貴女はまるで女神アフロディーテのような神々しさ! あぁ、教師と生徒という関係が今にも薄れてしまいそうなくらい僕は貴女に吸い寄せられている蝶のようだ! さあ、僕と一緒に愛を育んでいてててててててててててて!!」

 椎葉兄の顔が横にぎゅむ、と歪む。

 掴んだ張本人は椎葉弟だった。顔を赤くして、相当怒っているみたいだ。力を更に入れたのか、椎葉兄の顔がもっと歪む。容赦ないなあ。真面目なのかなあ、椎葉弟は。

 ……まあ、ウチの担任は若くて美人というのは本当の話だから、椎葉兄の気持ちも分かるんだけど。

 ちなみに口説いてる張本人の椎葉兄の顔はというと、お世辞にもイケメンとは言えないけれど、やんちゃな笑顔が似合う二枚目半だ。きっと冗談を言って周りを楽しませるような奴なんだろうな、と勝手に推測した。

「そういうの、やめてよセ……に、にいさん!」

 存外可愛い声……声変わりまだなのかな……の椎葉弟が、兄のほっぺを再度つねった。

「いてててててててて……いってーよ真澄! お前容赦ねえんだよ!」

「そっ、それくらいしないと、先生が困ってるの、分からないの……だぜ!」

「魅力的な女性に声をかけずにいられるかってーの!」

 コントのような掛け合いに、クラスがどっと沸きあがる。

 椎葉兄は文句を言っているようだけど、二人の間ではあれが日常なのだという空気が流れている。

 仲の良い双子。弟のほうが兄をコントロールしているというか、若干ブラコン気味というか……。

 だけど、僕の目には違うように見えたのは……気のせいかな?



「しっかしお前ら似てねぇよなぁ」

「ああ、実はな」

 と、椎葉兄は声を大げさに潜めると、ニヤリと笑いながら話を続けた。

「――俺たち双子って言ったけど、実は異母兄弟なんだよ。俺が生まれた頃、親父が他の女とデキちゃってさ。上手い具合に俺のお袋が病気で死んじまったもんで、そのデキちゃった女と再婚して、俺たちは生まれた年が同じだっていうからー、双子として育てられたんだってさ」

「へぇー……あー、だからあんまり似てないのか? でもイマドキ珍しくないじゃん、連れ子なんてさ。わざわざなんで双子って……」

「親父は世間体を気にしたわけよ。親父、大きな企業の重役でさ」

「やっぱな」

「まーな」

「もしかしたらお前の女好きも親父譲りかもな」

「あー……意外にそーかもな、はははっ」

「マジかよー」

 ははは、とくだらない笑いが教室に響く。

 今は昼休み。クラスメート達が椎葉兄の席にたむろっている。そして、僕の席は偶然にも椎葉兄の隣の席なので、会話内容が聞こえてくるのだった。

 確かに二人は対照的で、似ていない。

 しかし、いくら異母兄弟といっても、少しぐらい似ていてもいいのに、と思う。

 僕には――他人に見える――ような気もする。うーん……感くぐりしすぎかな。

「似てねぇって言えば、真澄ってなんか女みてーだよな」

「あーそれ俺も気になってる。マジで男?」

 遠慮の無いクラスメートの言葉に、びく、と微かだが弟の方が震える。

 確かに弟は、女子のように可愛らしい顔立ちだし、声変わりをしていないのか、高い声をしている。体つきも、制服のサイズが大きめなのか、ほっそりしているように見えるし……。女装させたら絶対男って分からないだろうな、と僕は密かに思った。

「あらあらあら、お兄さん方、その話題はよしてくださいよ~。コイツ、結構自分の容姿にコンプレックス持ってんだよ、な、真澄」

「うん……その……うん……」

 少し離れた席に座っている弟は顔を真っ赤にして、手を机の下でもじもじとさせている。椎葉兄がわざわざかばうって事は、相当気にしているのだろうな。分かるよ、僕もちょっと背が低くて、女っぽいって言われるから。

 それでもなお弟について聞こうとしているするクラスメートをさえぎるように、兄が口を開いた。

「なー、ここのクラスに情報通っぽいヤツいるか?」

「情報通?」

 僕は椎葉兄の『情報通』なる言葉が気になった。実は僕、これでも学園内の噂とかはよく知っている。新聞部員だからね。

「なんでそんなことを?」

「だってさ、情報通って言ったらなんかキレーなおねぃさんの情報とかあるかも知れないじゃん、美人教師とか、大学生のおねぃさんとかさっ♪」

 楽しそうに話す椎葉兄の姿を見て、大半のクラスメートはあきれた顔をした。どうやら女好きというのは単なる冗談じゃなかったようだ。

「情報通かー……このクラスだと、今お前の隣に居る、船泊じゃねーの? 新聞部部員だし」

 脇でずっと話をしていたクラスメートの言葉が止まぬうちに、僕と椎葉兄の視線がぶつかる。

「船泊って苗字だろ? 下の名前は?」

 人懐っこく笑いながら椎葉兄が聞いてきた。隣の席にはなったけど、まだまともに話をした事が無かったな。決して嫌味っぽくない笑い方に、少し緊張が緩む。

「澪、船泊澪。男っぽくない名前だろ? だけど男だよ」

「へぇ、澪! じゃあ澪、これから美人のおねぃさんの情報、ヨロシク!」

 きらりん! 椎葉兄の笑顔が異様にまぶしく見える。

 僕は絶句した。どーみても、コイツ、ただの女好きだ!

 ショックを受けている僕の肩にはすでに椎葉兄の手が乗っかっていた。

 椎葉兄の顔が期待に……いや煩悩に染まって赤く上気している……鼻息が荒いよ……。

 ああ、僕、なんか……ロックオンされたみたい?!

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