Little Ts Mind Changers

服部匠

第1話 彼らは特殊捜査官Ts

 闇の中に、足音が響く。

「はあ……はあ……はあ……っ」

 同時に、足音と共に男のと思われる、不規則な呼吸も。

 それもそのはず。

 少年はこの夜の間、休むことなく逃げていたのだから。


 ドンっ!


 硬い何かにぶつかったのか、彼の身体に衝撃が走った。

「壁かよ……」

 彼がぶつかったのは、駆け込んだ高架下のコンクリート壁だった。誰もいない空間に悪態が反響する。背中に感じるコンクリートの冷えた感触もあいまって、気持ちと呼吸はだんだんと穏やかなものに変わっていった。

「くそ……!」

 悪態を付いた少年は周りをきょろきょろと見渡し、人の姿が見えない事に安堵を覚え、はぁ、と一息つく。

 隠すように持っていた血濡れのナイフを握る手が緩んだ、その時だった。


「そこまでだよん♪」


 この場に似つかわしくない、軽い声。

「誰だっ!」

 重苦しい緊迫感が抜けていた少年にとって、予想外の声は、自己防衛本能を呼び覚ます結果となった。

 ナイフの柄を再度強く握り締め、視線を声のほうへと向ける。すると、少年の前に、とん、と軽い足音を立てて「誰か」が現れた。

 少年が居る場所は、元々交通量の少ない、繁華街から離れた寂れた住宅街だった。しかも深夜遅くともあれば人気も無い。街灯も電球切れ間近なのか、その役目を全うしておらず辺りは仄暗い。

「誰だと言われて素直に答えちゃったらそれこそ真の正直者だよねー。まっ、俺は正直者じゃないから名乗らないけど」

 口達者な語り口の中に、若干幼さを感じる声。大人ではなく、せいぜい高校生か、中学生だろう。

(なら、ナイフで脅して……いや、なんならやっちゃってもいいだろ。……もう一人も二人も、おんなじことだ。あー……くそ、もう、どうでもいいだろっ)

 逃げる途中でもずっと感じている麻薬特有の高揚感に酔いながら、少年は思う。

 少年は麻薬中毒者だった。そして、少年がずっと握り締めていた血の付いたナイフは、逃げる前に人を刺してきたナイフだった。

 麻薬で気分がハイになっている時、何かの理由で口論になり、護身用のナイフで取り巻きの少年を斬りつけた。周りが蜘蛛の子を散らすように逃げるのを見て、つられて逃げ出したのだった。

「なんか訳わかんねえ。とにかくお前ソコ退け。邪魔だ」

「邪魔? うーん、社会的に邪魔なのはキミのほうだろ?  麻薬常習犯でなおかつ連続殺人犯、高校二年生の渡部広人わたべひろとくん?」

「……!」

 自分の罪状と年齢、そしてフルネーム。少年……渡部は驚きを隠せず、ひゅっと息を吸い込んだ。

「俺のこと、なんで……!」

「そりゃあ、俺、この事件追っかけてる警察官なんだもん」

「ハ……ハァ?」

 予想外の発言に、渡部は間の抜けた返事を返す。

 偶然通りかかった車のヘッドライトに照らされて、自称警察官の姿があらわになった。

 その姿はまさしく少年だった。黒いTシャツに赤いジャケット、下はジーパン。あどけない顔には、嫌味なぐらいに健康的な笑みが浮かんでいる。どう見ても、渡部の中にある「警察官」というイメージとはかけ離れていた。

(嘘だろ、警察官だなんて)

 渡部は混乱していた。素性も殺人の事も、自称警察官と名乗る少年は知っているのだ。

「……ハハ、そうか、サツか。じゃあ今ここで名誉の殉職させてやるよ。あ、昇級くらいはするかもよ? あはははっ……お前が言ってることが本当ならな!」

 渡部は言葉と共にナイフを突き出した。

(とりあえず、こいつは何か知ってるんだ。……殺していいかな)

 大抵の一般人なら、ナイフを出した時点で怯えるか逃げるかするだろう。それを追いかけるのも楽しいかな。そう思っていたのだが。

「……繊細なボクちゃん、こんなやつに付き合っていられないよー。真澄ますみー、どこだー、早くこーい」

 少年はナイフに臆することなく、あろう事か鼻をほじるような仕草までしていた。渡部がつかみどころの無いこの少年に戸惑いを隠せないでいると、


 しゃらん……


 まるで少年の声に反応するように、どこからともなく、鈴に似た音が渡部の耳に入った。

「あ~もう~、センちゃんったら速いんだもん! ねえねえ、犯人さんはどこどこ?」

 今度は女の甲高い声が聞こえてくると同時に、先ほどの鈴のような音も聞こえてきた。

 そして音のする方向から現れたのは……肩まである髪をゆらし、長い棒のようなものを持った少女だった。

「真澄遅せぇ! 犯人ヤツなら俺の目の前だよ」

 現れた少女に対し、少年は親しみを込めたげきを飛ばす。少女……真澄は、少年の知り合いのようだった。

「ゴメンゴメン! でも私、センちゃんみたいに足が速くないのっ」

「真澄は運動オンチだもんなぁ」

「あっ、酷い、気にしてるのにそこ……って、そんなこと言ってる場合じゃなくって、早くお仕事しようよぅ」

 真澄は少年の隣に駆け寄った後、困り顔で渡部を見やった。

 この場に似合わぬ間延びした声と、自分を無視しているという事実が渡部の神経を逆なでする。

「ああもう、いい加減にしやがれ。俺をからかってるのかこのアマ? こんなガキの警察官がいるわけねえし……てめぇもラリってんじゃねぇの? 早く病院行けよ、ハハ。なんなら、俺が病院送りにしてやろうか? なあ、殺していいか? いいよな、な?」

 ナイフを持ったまま、一歩、二歩と二人に近づく。真澄はひゃああ、と年相応の悲鳴を上げたが、少年は依然として鼻をほじるばかりで、まるで緊張感が無い。

(連続殺人犯を目の前にして、とんだ神経をしていやがる)

 渡部はこれまでも、喧嘩の延長だったり、たまたま夜見かけただけの一般人を襲い、殺していた。

(俺には殺人者の素養があるんだ)

 物心付いた時から、渡部に見える世界は「殺人」で溢れていた。世間のニュースは陰湿な少年犯罪とシリアルキラーをセンセーショナルに取り上げ、犯人を非人道的だとなじっていた。しかし渡部は、そんな犯人が他人とは思えなかった。

 年を重ねるにつれて、厳しい親に隠れて読みふけったシリアルキラーの本や、動画サイトで見かける作り物っぽいグロ動画だけでは物足りなくなっていた。

 それでも臆病な渡部は一歩踏み出す事も出来ず、親の言う通り、全寮制の男子校に進学した。

 そこで出会ったのが、件の麻薬だった。友達の友達が手に入れたという、新型の麻薬。使うと気持ちが楽になって、本当の自分になれる気がした。

 ナイフを持ってるだけで。脅しじゃなくて本当に切り付けることで。人というのはあっけなく泣いてわめいて、そして最後は血まみれになって汚く死んでいく。

 目の前の能天気な少年も、目障りな少女もきっとそうだ。渡部はそう思っていた。

 しかし。

「あー……そーだった。俺たちコイツ追っかけてたんだっけ。世間話してる場合じゃなかったわ、あほらしー……。さて、どーやってお・も・て・な・し・してやろーか、真澄」

「面白がってる場合じゃないでしょ、センちゃん。先走らないでね、きちんと私の聞いてよ? そうしないと……」

「分かった、分かった、分かってらぁ! ……じゃ、行くぜ!」

 少年は芝居がかったファイティング・ポーズを取り、自信に満ちた目で渡部を見た。真澄はそんな少年を見ただけで「分かった、今日はノロさんなんだね、センちゃん」と呟くだけだった。

 渡部から見れば二人は、麻薬中毒者であり殺人犯を目の前にした人間とは到底思えない態度だった。

「お前ら、一体、なんなんだよぉっ!」

 渡部は半分震えた声を上げて、ナイフを振り上げた。まずは弱そうな真澄から襲おうと決めたのだったが、てっきり怯えていると思った真澄は、真剣な表情で、持っていた長い棒を縦に構えるように持っている。

 急に、渡部の身体に悪寒が走った。血の気が引く。汗がふきだす。身体がこわばる。口が動かない。

 真澄の表情一つで、渡部はこれまでに味わった事のない恐怖を感じていた。

「じゃあ最後だから教えてあげよう俺らの正体。聞いて驚け」

 そんな少年の声も途切れ途切れにしか聞こえない。

 澄んだ、低い……声が。声だけが、彼を動けなくしている。

 次第に、耳にまた新しい音が聞こえる。


 繊細な。


 繊細な。


 しゃん、しゃんしゃんしゃん!


 空気をを切り裂くような、凛とした鈴の音。




「俺たちは特殊捜査官Ts。それも日本で唯一の変心術師――マインドチェンジャーさ」

 その瞬間、渡部の意識はどこかへ消えた。



***



 特殊な細胞「Extra AbilityE A細胞」を持ち、超感覚的知覚E S P念動力PK、動物への変身能力メタモルフォーゼが開花した人間――Extra Ability Peasonが存在する世界。

 EAPの超人的な能力は、差別と偏見の対象となり、それに反発する一部のEAPは、その力で罪を犯すようになった。

 彼らの犯罪を阻止するために作られた、対EAP捜査組織「特殊捜査課」に属する、訓練を受けたEAPの若き特殊捜査官―「Little Ts」が活躍する物語である。



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