第7話「女だらけの艦で」

 ユアンがこの特務艦ヴァルハラへ来て、今日で三日目。初日をずっと寝て過ごし、二日目は尋問じんもんと言うにはまるで緊張感のない聴取ちょうしゅで終わった。

 根掘り葉掘り、いろいろなことを白状させられた。

 立ち会った士官も全て、若い女性だった。

 そこでユアンは、所属や階級から年収、学歴、好きな映画や料理に休日の過ごし方まで、あれこれと聞かれたのだ。答えることはやぶさかではないが、必要かどうかははなはだ疑問である。

 そして今、ある程度の艦内の自由を与えられ、ユアンは彷徨さまよっていた。

 この奇妙な航空戦艦こうくうせんかんは、まるで複雑怪奇ふくざつかいきな迷宮である。


「くっ、俺はどこにいるんだ……飛行甲板と格納庫ハンガーはどこだ!?」


 擦れ違う者たちも皆、うら若き女性兵だ。

 ユアンを振り返っては手を振ったり、連れ添う者たちと笑みを交わしたりしている。まるで珍獣かペットの如き扱いで、とても居心地が悪い。

 まだこのふねに乗ってから、副艦長のロン以外の男をユアンは見ていなかった。

 そのロンから渡された携帯端末を取り出し、指紋認証で起動させる。ユアンの物として登録された端末は、空気中へと光のウィンドウを浮かび上がらせた。艦内地図を呼び出そうとしているのだが、ユアンはどうにもこの手の機械が苦手だ。

 あの女が自分のことを、機械音痴だと笑っていたのを思い出す。

 ユアンには機械と言えば戦闘機で、それ以外の物は何一つ満足にあつかえない。


「っ! ま、また最初の画面に戻ってしまったぞ、ええと……ああ、すまない。そこの、ええと……彼女。そう、あなただ。悪いがこれの使い方を少し教えてくれないか?」


 交差した通路でユアンが呼び止めたのは、一人の女性兵だ。年の頃は二十歳前後、まだあどけなさの残る顔立ちなのに、冷たい無表情が少し威圧的だ。それは怜悧れいりんだ印象を与えてきて、神経質そうな目がユアンを見て細められる。


「なにか? ユアン中尉」

「これを……どうも苦手なんだ、機械は。地図が見たい、この艦の見取り図だ」

あつかい方でしたら、インストールされてるマニュアルを読んで下さい」

「それが呼び出せていたら苦労はしない」

「マニュアルの参照については、ネットワークに接続してもらえればオンラインヘルプで音声ガイドがありますが」

「……君が教えてくれるというのは、なにがなんでも駄目なのか?」

「ええ、嫌です。……まあ、これも仕事とあらば」


 冴え冴えと透き通った冷たい声だ。

 それでユアンは思い出す。

 この声は確か、この艦のオペレーターだ。ユアンがエインヘリアル旅団へとやってきた日、着艦許可等のやり取りをした覚えがある。

 彼女は凍れる美貌でカツカツと近寄ってくると、ユアンの隣に並んだ。

 言う程嫌そうではないが、コミニケーションというものを完全に無視して拒絶した、極めて事務的なやり取りだった。細く白い指が光学映像をでてゆく。

 やがて、艦内の見取り図が表示された。


「助かった。ええと、君は」

「リンル・レリール軍曹です。では」

「あ、ああ……ありがとう、リンル軍曹」

「……これも仕事ですので」


 取り付く島もない。

 リンルはユアンを見もせずに行ってしまった。

 回線越しに聞いたあの声は、彼女をなによりも的確に表現していたのだと思い知らされる。オペレーターとしての腕は、これから知ることになるかもしれない。

 ユアンはまだ決め兼ねているが、この艦と共に戦うという選択肢は確かにあった。

 踏ん切りがつかないでいるユアンに、艦長のムツミは猶予期間ゆうよきかんをくれたのだ。


「ええと、それで……現在位置は、ここか? まったく、どうしてこんな馬鹿みたいな艦を作ったんだ!? なにが面白くて、このご時世に航空戦艦なんかを」


 特務艦ヴァルハラは、一言で言うと異形、そして威容を誇る巨艦である。

 双胴型で並んだ艦体は、左舷側が航空母艦……これは、大戦中に客船を改装した急造空母である。そのためか、飛行甲板や格納庫がかろうじて正規空母並である以外に機能はない。艦橋ブリッジも存在せず、対空火器すら満足に配置されていないのだ。

 逆に、右舷側には老巧化した高速戦艦を転用しており、こちらには試作実験砲塔しさくじっけんほうとうが並んでいる。垂直発射型セルや対空火器が互いの居場所を奪い合うように配置され、とっちらかった印象があった。

 そんな訳アリの二隻を繋いだ中央ブロックが艦橋であり、この船の心臓部だ。

 左舷と右舷を行き来する他は、大半の者たちは中央ブロックに立ち入らない。

 イージスシステムやCIC、そして艦橋を人員が行き交うだけである。


「そうか……さっきの角を右だったのか。こりゃ、勇者の剣と松明が必要だな」


 まるで大昔の子供時代に遊んだ、ファンタジーゲームのダンジョンだ。

 もしそうなら、もっと上手くユアンは艦内を探索、冒険できるだろう。

 手にする携帯端末よりも、きっと手書きの地図の方がわかりやすいからだ。

 そうこうしていると、ようやくユアンの長い旅が終わりを迎えた。しおの香りにオイルの臭いが入り交じり、工作機械や整備員の声が響き渡っている。

 格納庫へと顔を出したユアンは、周囲をぐるりと見渡した。

 まだ搭載機が少ないからか、広い格納庫内は閑散としている。本当ならばこの辺りは、元が客船だけにパーティルームだったのかもしれない。だが、着飾る紳士淑女しんししゅくじょの代わりに、整備台に乗せられたエンジンや、哨戒任務しょうかいにんむにエレベーターへ向かう偵察機の姿が目に映るばかりだ。


「あれは……? 見ない機体だな、あんな偵察機があっただろうか」


 ユアンはエレベーターへ向かう、見知らぬ偵察機の尾翼を見送る。職業柄、協約軍や協商軍の別なく軍用機の知識には自信がある。それは趣味を兼ねた実益というやつで、軍用機に限ったことではなかった。

 ユアンは飛行機が好きだ。

 それは、空で自分の肉体となる相棒で、己の半身だから。

 限りなく一つになってゆく速度の中で、ユアンを自由にしてくれる。

 そんなことに思いをせて、空を飛べてないこの数日の欲求不満を思い出す。

 背後から声が飛んできたのは、そんな時だった。


「あれは汎用哨戒機はんようしょうかいき、YS12p"フロウライト"だ。早期警戒から対潜哨戒までなんでもござれの万能偵察機さ」


 振り向くとそこには、整備班のツナギを着た少年が立っていた。

 年の頃は16、7前後だろうか? 酷く幼い顔にはそばかすが浮かんでいる。くりくりとした目は好奇心で満たされ、悪童ワルガキのような不敵さを感じさせた。

 だが、ユアンには全く別の感情をもたらす。


「男だ……お前はここの?」

「ああ。オイラが艦載機の全てを任されてる。あの赤いFv-67"レブンカムイ"のあんちゃんだな? ヨロシク、ニック・ジャスパーだ」

「こ、こちらこそ……しかしこんな少年兵が」

「オイラのこと、見くびってもらっちゃ困るぜ? とおの頃から軍の基地に出入りしてんだ、実家の町工場に戻るよりゃこの部隊の方がしょうに合ってる」

「そう、なのか。それにしても……あ、それより!」


 ようやくロン以外の男に出会えて、妙な安心感がユアンの心を満たした。

 そして、それが普段の探究心を思い出させる。

 見たことも聞いたこともない偵察機は、エレベーターに乗って飛行甲板へと消えていった。それを指差し、ユアンはニックに尋ねる。

 すでに自分が、ニックと同じ無邪気な少年の顔になってるのにも気付かずに。


「YS12p……試作ナンバーだな。確かに見たこともない。出処は?」

「協商軍で開発されてたやつさ。ただ、複数の異なる偵察任務を全部まかなう機体として作ったら、コストが高騰しちゃってね。わずか4機、試作機が造られてそれで終わり」

「確かに、それもそうだ。多種多様な状況下での偵察任務は、それぞれ専用の機体でこなしたほうが効率がいい」

「けど、まあ……空母の格納庫はスペースが有限だしさ。まして、このエインヘリアル旅団じゃあらゆる任務が想定されている。んでまあ……引っ張ってきたって訳」

「なるほど! ……もしかして、他にも?」

「そりゃもう。この艦は今や、試作機や実験機の見本市みほんいちさ。まあ――」


 ニックは頭の後ろに両手を組んで歩き出す。

 自然とユアンは、小さな少年のあとを追いかけた。

 楽しそうなニックの向かう先に、見慣れた愛機が翼を休めている。

 数人の作業員が忙しそうに張り付いてるが、ニックに振り向くのはやはり女性ばかり。ニックよりは年上だが、うら若き御婦人たちが手を油に汚して整備作業をしていた。

 ユアンの"レプンカムイ"も、久方ぶりにまともな整備を受けている。

 心なしかユアンには、真っ赤な愛機の輝きが嬉しそうに見えた。


「まあ、ユアン? だっけ? あんちゃんの機体ほど珍しいのは……ないかな? オイラもR6型は初めて見るぜ。よくこんな危ないもんで音速飛行できるもんだ」

「危ない? こいつはいい機体だ、よくなついて言うことをきくし、粘りのあるしなやかな翼さ」

「はいはい、腕のある奴ぁいいね。流石さすがは影のエース……"吸血騎士ドラクル"と呼ばれた男だ」

「……そんなにピーキな機体か? "レプンカムイ"は」

「まあね。特にこのR6型は、ドッグファイトのために調整されたスペシャルだ」


 愛機を褒められて悪い気はしない。

 それに、ニックの笑顔には自分と同じ趣味、そして好意が見て取れた。

 飛行機が好きで、戦闘機が好きで、それで関わりを持って生きるための手段に選んだ。ニックもまた、根っこはユアンと同じらしい。彼はそのあと、軽く自分の経緯を話してくれた。協約軍で既に何年も、整備兵として戦ってきたらしい。

 次いで、今の"レプンカムイ"の状態も教えてくれる。


「今、徹底的に整備してるが……なにせこいつの部品はない。まだな」

「まだ? 手に入るのか?」

「艦長があっという間に手配したよ。来週中には寄港地で積む予定さ」

「早いな……そうか、あのが。本当に艦長なんだな、彼女は」

「まあね。それでだ、代わりと言っちゃあなんだが」


 ニックが笑顔を輝かせた、その時だった。

 不意に背後で気配が尖る。

 殺気に誰よりも敏感なユアンは、すぐに振り向いた。

 そこには、三人の女性が立っていた。一目でわかる……パイロット、戦闘機乗りだ。全く無駄な肉のない体つきは、三者三様の胸の膨らみだけが優雅な曲線をかたどっている。だが、間違いなくコクピットに押し込めるために鍛えた肉体だった。


「よぉ、見ろよイーニィ! 軽薄な赤だぜ、ヘッ……お空をかっ飛ぶ血塗ちまみれのクソだ」

「下品ですよ、ラステルさん。隊長が甘やかすから、まったく」

「あら、いいじゃない。わたくしも気になりまわ……ラステルの言う通りなのか、それとも。噂のエースの本当の実力、見てみたいものですね」


 とても友好的フレンドリーな雰囲気ではない。

 中央でガムを噛みつつ歩み寄ってくる女は、露骨ろこつ敵愾心てきがいしんで目を吊り上げていた。その後ろで溜め息をつくのが、先程イーニィと呼ばれていた少女だ。そう、少女……酷く幼く、幼女や童女という形容のほうが相応しいとさえ思える。

 そして、そんな二人を微笑みで見詰めるメガネの女性……恐らく二人の上官でチームの隊長だ。慈母のような笑みは、レンズの奥の瞳だけが笑っていない。そして、他の二人とは段違いのプレッシャーをユアンへと放っていた。


「よぉ、色男。アタシはラステル・クリステル、階級は中尉だ」

「……ユアン・マルグス中尉だ。よろしく頼む」

「宜しく頼むだぁ? そいつはアタシらが決めるこった。手前ぇがクソかどうか、クソだとしたらどういうクソかでな! ……ちょっとツラ貸せや」

「嫌だと言ったら?」

「手前ぇのケツにクソひり出す穴を増やしてやる!」


 ラステルと名乗ったパイロットの目に、燃え盛る炎が揺らいでいた。それは暗い輝きで、ユアンを貫くようににらんでくる。

 ユアンは瞬時に、彼女に憎しみがあって、それが自分に向けられているのを感じ取った。単純な新顔いびりではない、それ以上の意味が込められた明確な敵意だった。

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