第八話 陰る正道

「ですから、私は申し上げているのです。改史会は最早看過出来ぬ程に肥大、増長していると。そして連中は禍者に仇なす我らを敵視し、妨害する。であるならば、我々はそれに立ち向かわねばならないのです。これまで禍者に向けていた刃です。しかし、民草を護る為には人に向けねばならぬ時もあるのです。どうか、お許しを」

「否」

 幼い頃から付き合いのある江草ですら見たことのないくらいに、倉科の眉が跳ね上がった。

「理由の提示を」

「罪なき民草を禍者より守護すること」

 ――嗚呼、それは。

 ぴたりと閉じた口の中、内の唇を噛み締めて江草は目を細めた。当然のことを、当然のように諳んじる眼前の老人が、今ばかりは忌まわしかった。

「それが我々の、祓衆の理念だ。分かるか?」

「無論」

 苦々しく、倉科は肯ずる。

 葦宮桜鈴、朝廷内黄龍所。祓衆の、屯所より切り離されたもう一つの部隊。組織、と言った方が正しいだろうか。

 祓衆の運営を担う、常は姿を見せぬ最高機関。いくら玄武隊の長であっても、彼らと比べれば立場が劣るのが現状なのだ。艶やかに磨かれた外洋風の机を挟んで、倉科と黄龍所は対峙する。倉科の隣に控えてこそいるが、江草など、この場ではただの添え物でしかない。ただ、見守るだけの。

「貴方は、連中が罪なき民草と、そう定義なさるのか」

「そうまでは言わん。しかし、こちらからの手出しは禁物だ。害を成して初めて、彼らは罪なきという冠を取り払われる」

「では隊員たちに囮になれと言うのですか」

 怒気が、傍らの江草を打つ。

「それでは余りに遅過ぎる。最早、我らの理念に害を成しているのですよ、改史会は。それを、手出し禁物とは、それこそ我々の理念に泥を塗る」

「かつてよりの基盤を脅かそうというのか、倉科」

「何を」

 じとりと、老人の目が倉科を覗き込む。老獪さを隠さぬ、影を揺らめかせながら。

「我らは禍者の為の民草の剣でなくてはならない。我らの義務は、禍者を屠ること。その為の組織だ。だからこそ、我らは武力を持っている。そうであることを許されているのだ。その刃を、いくら禍者を屠るに邪魔とて人に向ければ、一体どうなるのだろうな」

「……脅しですか」

「ただの危惧だ、今はな」

 ともかくだ。深く腰掛けなおした老翁は酷く冷めた顔をしていた。対峙する倉科とは裏腹に。

「現状は変えられんぞ、倉科。向こうが手を出せば反撃を許すと言っているのだ。それで十分だろう」

「害あるのに野放し、人の為の組織である警察も碌に尻尾すら捕まえられぬ体たらくで、我々も現状維持ですか」

 笑わせますね。

 ここぞとばかりに、倉科の舌は回る。常ならざる威圧的で吐き捨てるような語調、露悪的な言葉遣い。言葉で叩きのめさんばかりの激情を、江草は感じ取り目を伏せる。

「随分と最近の警察は暢気なものだ。噂では内密に立てた計画すら筒抜け。踏み込んだ連中の隠れ家はもぬけの殻だったとか。一般人の集まりである筈の改史会は随分と優秀なのですね。もしかして、とっくの昔に教えてもらっていた、のかも?」

 くすり。零れる笑声は最早ただそう装っているだけの音でしかない。

「改史会と思わしき人間が朝廷に出入りしているとかいう滑稽な噂も――」

「口は身を滅ぼすぞ、倉科」

 低く這うような声に、漸う縷々とした言葉は途切れた。

「お前の頭脳は買っているが、組織の為に使うのだな。禍者を屠るのに有用なことさえ、考えていれば良い」

「祓衆の長が、酷いことを言うのですねぇ」

「お前の為でもあるのだぞ」

「それは、それは」

 温度のない瞳がきゅっと、三日月型に細められた。それから、三拍。

「少し、ええ、少し熱くなってしまいました」

「祓衆の頭脳として、機能してもらわねば困る」

「分かっていますとも。私は祓衆の為に、祓衆のことを想って動いている。何時だって、ね」

 此度は失礼しました。吊り上げた口はそのままに告げて、倉科は踵を返す。心得た江草もその後ろに続く。本当に、食えない連中。内心で背後の老翁に悪態を吐く。こうまで倉科が振舞っても、眉根一つ動かさないのは流石とでも言ってやれば良いのか。ゆらりと揺れる眼前の倉科の髪を眺めながら考えていると、不意に彼の半身がくるりと後ろへ向いた。肩より流れる羽織が優雅にはためく。

「そうだ、これは一つ聞きたいと思っていたのですが」

 さも、今思い出したように、倉科は口を開く。

「禍者と句々実神の関係について、貴方はどうお考えで?」

 ――我々は、何を殺しているのですか?

 初めて老獪な男の顔が、ぴくりと蠢いた。

 ような、気がした。

 ただ、それだけだった。



   ・・・・・



「嗚呼、駄目だったねぇ」

 ふふ、と空虚な笑い声を漏らしながら倉科は板張りの朝廷の廊下を歩く。その歩幅の常より広いこと、刻む足音の早いことに感付けるのはきっとほとんどいないだろう。傍らを歩きながら江草は思う。

 江草にとって倉科は昔からの、幼い頃からの師であった。剣を振るうことは嫌いではない。けれでもそれ以上に、本に耽溺する方が好きだった。そんな江草を、近所に住んでいた倉科は随分と可愛がってくれていた。西に住んでいた故の訛りを興味深そうに分析し、自身の所蔵する本を快く貸し出し、時に歴史や民俗について教授してくれることもあった。近所の道場で剣を習った帰りには毎日のように倉科の元を訪れ、様々な知識を強請った。そんな子供を、倉科は嫌な顔一つせず迎え入れてくれた。江草を構成する思想の基盤は倉科から与えられたものだと言っても過言ではない。

 江草が彼を追って祓衆に入るのは当然のことだった。

 幸いに武の腕があった江草が周囲の意見を撥ね退けて玄武隊に入ったのも、倉科がいたからこそだった。

 そして今では倉科の護衛係として任命されることが多くなった。多分、色々と気を遣う必要がないからだろう。厄介な場所に赴く時も重用されている。江草にとっては、無論名誉なことだった。

「嫌な連中じゃのう、相っ変わらず」

「ねぇ」

 間髪を入れない同意。やはり、随分と苛立っているらしい。

「じゃが、あんまり言うのもまずかろう。一応、向こうさんの方が立場は上なんじゃけえ」

「まあ、ねぇ。でも僕、結構貢献はしているからねぇ、まだ平気だと思うよ」

「頭がおらんくなったら、玄武隊は、否、祓衆は回らんくなるぞ」

「幸慧君がいるからどうにかはなるでしょ」

「まだ若かろう」

「まあねぇ」

 ころころと笑って倉科は頬に掛かった髪を払う。

「でもいずれは彼女に託さねばならなくなる」

「それは随分と先じゃろう」

「分からないよ」

 だって、僕たちはこんな仕事をしているんだもの。

 伏した眼差しが、睫毛に隠される。

「禍者はねぇ、きっと僕たちの手に余るんだよ」

「どういう意味じゃ」

「ずっとねぇ、考えていたんだよ。五の月、遍寧祭でのあの事件をね」

 二月前、まだ記憶に新しい出来事である。あろうことか神へ奉げる祭祀の日に起きた、禍者による突発的強襲。あの改史会の妨害もあり、苦い苦い思い出として祓衆の誰もに残されている。江草は屯所待機であったが、その混乱は良く聞き及んでいた。

「禍者も随分と罰当たりなことをしよったしのう」

「そうかなぁ」

「おん?」

「いやねぇ、ずっと僕は考えてたんだけれどね、禍者がどうしてあんなに溢れて、突然に消えたのか」

「句々実神の御力っちゅう奴じゃないんか」

 自分でも馬鹿らしい、と思いながらも言う。ただ、禍者がいるのなら神だって本当に、何かの形で在ったっておかしくはないのではないか、と思う部分もあるのだ。葦宮の人間は大抵そうだろう。神話に語られると同時、句々実神は歴史書にも名を残しているのだから。

「少なくとも、何らかの影響があることはとうに実証済みじゃ。祭りの日に禍者は現れん。それだって、証左よ」

「――そう、句々実神は禍者に影響を与えているんだよ。でもさ、為路見君、その影響が実際どうだって明かされた訳じゃあないんだよ」 

 それは。江草は思わず黙り込んだ。

「それ以上は、此処で言うな」

「分かっているよ、そんなことはねぇ。でも、そう考えると、ちょっと、怖いでしょ。禍者自体も、その最近の動向も」

「じゃが、道理は通らん」

 きっと、倉科は句々実神と禍者を結び付けようとしている。これまで考えられていた形とは全く違う形で。だが、理由はないだろう。句々実神は、国の守り神だ。豊穣を齎す善き神だ。人にこの葦宮を譲り渡し、身を隠したその存在が、禍者をけしかける理由が、あるのだろうか?

「この世は、僕たちが思っている以上に、欺瞞に満ちているのかもしれない」

「皆疑えと、そう言うんか」

「極論は。だって、僕たちは与えられたことをただ受け取っていただけだよ。それは、何を保証しもしない」

 冷えた声で倉科は呟いた。

「だからこそ、僕は考えたい。そして、だからきっと、僕は長生き出来ないよ」



   ・・・・・



 屯所の空気が俄かに重くなった。

 ふう、と息を一つ吐いた。玄武隊執務室。主である倉科隊長は何処かへ出掛け、私は一人、資料を捲っていた。普段は落ち着いた、静かな空間なのに心なしかぴりぴりとした緊張を孕んでいる。

 いや、これは自分のせい。頭を振って、綴られた紙に目を通す。

 桜鈴より北方にて、禍者の集団を確認。

 一週間前に白虎隊からもたらされた情報は、祓衆を緊張の只中に叩き落した。だって、何時も禍者は突然に現れた。気付けば現れて、人を襲う。喰うでもなく、荒らす。だから何時も、祓衆は不本意ながら後手に回った対応をしていたし、そうなるからこその体系を築いてきた。白虎隊という偵察に特化した部隊を作り、全国に支部を作り、監視の目を広げていった。迅速なる発見と、迅速なる退治こそが祓衆の十八番なのだ。

 なのに、徒党を組んで、攻め入ってくるなんて。

 おまけに集団を構成する八割が人型――新型であるのだから緊張感は嫌でも高まった。

 幸い、連中の侵攻速度はかなり遅く、初鹿隊長率いる白虎隊の偵察及び監視で敵勢力の情報は相当に集まったし、こちらも反攻作戦の準備を整えるだけの時間は捻出出来たのだけれども、それでも余りにも異常事態だ。

 おかげで誰もが何時も通りを装いながら、表情も硬く屯所内を歩いている。

 もっとも、倉科隊長は、やっぱり何時も通りだったのだけど。

 今日だって、反攻作戦の人員や戦術を各隊長や隊長補と話していたかと思ったら、休憩と称して何処かに行ってしまう始末。にこやかに、為路見先輩を従えて颯爽と執務室を去っていく倉科隊長は何処までも何時も通りで、だからこそ複雑な気持ちになってしまう。

 倉科隊長は祓衆の頭脳だ。

 だからこそ、何時も思考を巡らせ、祓衆の為に立ち回る。必要だからこそ、だ。

 そして必要なら、話さないという決断も厭わない。

 知っている。私だって、良く、解っているつもりなのだ。

 でも、時折怖くなる。

 倉科隊長に留守を任されている、と言えば聞こえは良い。

 でも、もし、ただ、置いて行かれてるだけだとしたら?

 倉科隊長に、連れては行けないと断じられているとしたら?

 私の存在意義は、あるのだろうか。

 都羽女さんや深弦さん、周囲の人たちが優しく言ってくれるまでもなく、解ってはいるのだ。まだ、自分は成長途中で、倉科隊長は出来る所から託してくれているのだ、と。でも、それじゃあ遅すぎやしないだろうか。

 こうやって、今も倉科隊長は祓衆の為に身を削っているのだろう。不測の事態が立て続けに起こる今、私の成長を待つ時間は、実はもうないのではないのか。何時、どうなるか分からない。正に今がそうなのに。

「……ちょっと、これは駄目な考え方だよね」

 気付けば折角の資料の上を目が滑ってしまっている。反攻作戦。何度も何度も、話し合ってきた。彼らが目指すのは桜鈴。弓を持ち、刀を携え人の真似事をする彼らをこれ以上、侵攻させる訳にはいかない。私だって、なすべき役割が割り当てられた。その為に、出来ることは全てしておかなくちゃならない。

 のに、自分と来たら、曖昧な不安に振り回されている。

「刀だ」

 こういう時は、刀を振るう方が良い。

 立ち上がる。資料を丁寧に収めて、倉科隊長に渡された新しい刀を手に取る。そう言えば、遍寧祭以降ちょっと身体が鈍っている気がする。刀だって不本意ながら新調したのだから、訓練は何時もより増やしたって多過ぎることはない。少しの違和が、命取りになるのだから。

 執務室を出て、階段を上がる。玄武棟の玄関にある大きな窓から差し込む日差しが眩しい。地下にある執務室だと時間の感覚が麻痺してしまうからいけない。

「あれ、松尾さん、稽古?」

「はい、ちょっと鈍ってる気がして」

 珍しがられるのも無理はない。何時もはもっとこっそりしている。それか市吾や永夜と一緒か。一人だと、どうしても珍しく見えるらしかった。

「あれ、幸慧君」

 でも、棟と同じく隊それぞれに設けられた道場に行く道すがら、不意に呼び止められる。

「倉科隊長、帰って来たんですね」

「うん、丁度良かったねぇ」

 へらりと、何時もの笑いを浮かべて倉科隊長は言うけれど、何となく違和を感じて首を傾げる。

「何か、ありましたか?」

「うん?」

「少し、調子の優れないように見えます」

 ちょっとだけ、嘘を吐いた。私の目に映る倉科隊長は、調子が悪いというよりは、機嫌が悪そうだった。隠そうとはしているみたいだけれど、それでも、何時もと比べると歴然だった。道場へ向かおうとしていた足は元の執務室へと向けられる。倉科隊長はそこに行く筈だから。

「そう見えるかなぁ」

「差し出口ながら、見えます」

「ううん、そうか……そっかぁ」

 ごめんねぇ、と倉科隊長は苦笑する。らしくない。らしくない、というのも変な感じだけど。

「あの」

 ぽろり、と零れた言葉は無意識だった。

「私も、隊長のお手伝いをしたいんです」

「え?」

「いや、その、本当に生意気だとは思うんです。でも、隊長何時も忙しそうだし、色々抱えこんでいるというか、本当に水面下でなさっていて、危なっかしいというか、いや、倉科隊長なら大丈夫とは思うんですけど、でも、やっぱり、隊長補として、その、少しでもお力になれればって」

 完全にやっちゃった。

 別に、今言わなくても良かったことなのに、気付けば勢いで言ってしまっていた。倉科隊長もぽかんとしている。

「……出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」

「ちょっと、勘違いしてる気がするけどねぇ」

 うーん、と珍しく難しい顔をして倉科隊長は視線を下に向ける。

「僕は、君に結構色々と任せているつもりだよ」

「それは」

「いや、折角だしね、僕も本調子を取り戻す為にここらで言語化しておこうかなぁ」

 にっこりと、猫のように笑って倉科は口を開く。気付けば辿り着いていた執務室に通されて、椅子に座る。

「君が此処にいてくれるから、僕は動ける。これは結構重要でねぇ、玄武隊の長がどちらもいないと信頼問題でしょう。それに、何かあった時に君なら十二分に任せられるしさ。君はねぇ、玄武隊の長としてきちんと機能出来るだけの能力はあるって僕は考えているよ」

「ありがとう、ございます」

 嬉しくない訳がない。でも。

 倉科隊長は苦笑して続けた。お見通しだと言わんばかりに。

「後ねぇ、その、僕が色々しているのはさ、確信が持てないからなんだよねぇ」

「確信、ですか?」

「うん。色々とねぇ、考えてさ、気になることとかはあるんだけど、どうにも材料が足りなくってねぇ。そういう、曖昧なもので混乱させたくなくってさぁ。だから、確信が欲しくて僕は動いている。それだけ。だから、いや、でも、疑念ばかり起こすのは本意じゃあないしなぁ。うん、そうだね、この反攻作戦が終わったら、ちょっと話をしようか」

 ごめんね、と肩を竦めて倉科隊長は笑った。

「うん、やっぱりゆっくり話すのは良いね、本調子になったかなぁ」

 君も、と言葉を掛けられて恥ずかしくなる。調子を崩しているのは、自分だって同じだ。

「……怖いんです」

 五年前の再来。

 あの、祓衆の戦力を大きく削った事件。新型の蹂躙。

 今回のことは、どうしてかそのことと繋がってしまう。私は当時を知らないが、何故だか酷く落ち着かない気分になっている。他の隊員だって、きっと同じだろう。急速な変化は、かつて祓衆を縮小の危機に晒した。今回もまた――そうした雰囲気が微かに漂っているのだ。

「ここ最近、私たちには不測の事態ばかりが付きまとう。ここに来て、色んなことが起き過ぎている。今までは、どうにかなってきました。でも、いいえ、だからこそ、ちょっと、怖いんです」

 祓衆は、何が起きてもおかしくない。

 祓衆の傍に、死は何時だってある。今日言葉を交わした友が、次の日には帰らぬ人に――そんなことも、十二分に在り得るのだ。分かっている。そんなこと、私だって良く理解している。

 けれども、怖いものは怖いのだ。

「私は、訳の分からないまま私の周りの人がいなくなるのが、恐ろしいんです」

 禍者も、改史会も、結局私は何も分かっちゃいない。学校時代に学んだことが、これまで生きてきた中で培ってきたはずのことが、今になって少しずつ切り崩されている。それが酷く脅威に思えた。それに、自分の周りの人たちが奪われてしまうなんて、許せなかった。

 私にだって、矜持はあるのだ。

「大丈夫」

 でも、倉科隊長は笑う。何時ものように。

「今回は、大丈夫。大丈夫にするんだよ、僕たちがね」

 だから、私だって、何時もの調子を取り戻さなくてはならない。

 私にだって、重要な役割は任されているのだから、それまでに。



   ・・・・・



 我らは、砂上の歴史の上に生きている。

 我らは、無知を無知とも知らず、生きている。

 我らは、罪を罪とも思わず生きている。

 厚顔無恥なる我々は、烏合と成り果て浅ましくも生きている。

 なんと愚かで、非道で、救いがたきことだろうか。

 その中で諸君。

 諸君は、聡明であった。

 一抹の聡明さでもって、この世の真実に辿り着いたのだ。

 諸君は、知ってしまった。

 この世が如何に欺瞞で構成されているかを。

 我らが雛鳥のように甘受したもの共の脆弱さを。

 悲しいことだ。

 酷い話だ。

 だがしかし、それこそが真理なのだ。

 我々は、欺瞞の上にのうのうと生き延びている我々は、救わねばならない。

 今こそ彼の方の慈悲に報いねばならない。

 元より我らの犯した罪だ。

 我らのが責任を持って濯ぐのが道理だろう。

 我々は、生きていてはならなかったのだ。

 我々は、この地を清めねばならないのだ。

 禍を以って、人は死ぬ。

 ならば、禍を育てねばならない。

 さすればいずれ、この地は元に戻るだろう。

 そうして、また、紡がれるのだ。 

 本当の、偽史などではない、本当の歴史が。

 だから、諸君。

 諸君、死ぬことを恐れるな。

 禍に手を貸し、偽史を焼き払え。

 それこそが、我らの使命。

 恐れるな。

 怯えるな。

 ただ、進め。

 どうせ、もう取り返しはつかない。

 我らは、葦宮の民は、滅ばぬ限り救われぬ。

 

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