第2話 ハッピー

寝て起きたら全部俺の妄想だったとかそういうオチでよかったのに、確かな存在が目の前に浮遊していた。


「やっと起きましたね」


「天使と違って睡眠は大事なんだよ」


なんてことない日ならともかく、今日は臨機応変に対応しなければいけない。

なんせ、秋菜の死因すらわかっていないのだ。



「……本当に俺以外には見えないんだろうな」


「はい、そこは安心してください。あと、秋菜さんを救った後は能力を回収して棗さんにも私が見えなくなります」


「さっさと終わらせてお前が見えなくなることを願ってるよ」


「頑張ってください」


どこか不気味に淡々と言葉を繰り出す自称天使。

どんな状況になるかわからないので、制服の下は動きやすい服を着こむ。

家にある分のサポーターも装着し、準備は整った。






「待たせたな」


「早くいかないと遅刻しちゃうよ」


「おう」


いつも通り、家の前で待っていてくれる秋菜。

他愛もない会話を繰り広げながら学校へ向かう。

これが俺と秋菜の日常。



平穏な一日と言ってもいい日だ。

しかし、俺には天使が憑いていて、秋菜の死の宣告がされている。

それでも穏やかで全て嘘だと思いたくなってくる。

その度にわざとらしく天使が視界をチラつく。


用心しておいて何もないのが一番いい。

ただ、その時はこの自称天使にはそれ相応の制裁を下す事にはなるがな。





普段から授業にそこまで集中してない俺だが、今日は一段とひどかった。

秋菜の死因が気になるってのもあったが、うろちょろと飛び回っている天使が目ざわり過ぎた。

かといって、声に出して注意することもできない。よくある手では筆談か……。


「こほんっ」


わざとらしく咳ばらいをし、皆に注目されるがすぐに対象は移る。

そして、天使だけにメモ書きを読ませる。



『見えてる俺からしたら目障りだから、じっとしてろ』



それを頷くように読み終えると、教室から姿を消す。

天使は放課後まで帰ってこなかった。





只今、午後4時20分。

授業がすべて終わり半数以上の生徒は部活を熱心に頑張っているところだ。

普段の俺なら直帰して今頃惰眠を貪っているだろう。

しかし、今日は秋菜を待っている。

そのことを本人に伝えると、「ナツ君どうしたの!?待っててくれるのは嬉しいけど」と驚きを隠せない様だった。


生まれてから今日まで自分の意思で秋菜を待ったことなんてなかったかもしれない。

だから適当な理由付けとして、「今週限定のスイーツ食べに行こう」と言ったら嬉しそうに頷いていた。



俺はいつも秋菜の誕生日は前の日に祝う様にしている。

当日は家族で盛大に祝ったりするので、俺がいるのは邪魔な気がした。

だから誰よりも最初に小さな祝福をするのだ。




秋菜が部活が終わるのが5時前ぐらいだろう。

そして、死亡時刻は5時12分。

ここで、選択肢は2つ。学校から出るというのと学校に留まるというものだ。

自然に考えると、秋菜は学校から出ている。

だからこそ、単純に時間をずらそうと考えた。

それだけで、自然に起こり得る事故等は防げる。



5時丁度に秋菜は俺のもとに現れた。


「お待たせ」


「丁度いいところに来たな。今日行く店なんだが、候補が3つあってな」


こうすることによって決める時間が設けられる。12分なんてあっという間である。


「この店有名だけど、高いよ?」


「今日は奢ってやるから好きな場所選べ」


「ホントッ!?じゃあ――――」


俺は知っている。秋菜はこういう事をすぐに決められるタイプじゃない。

散々悩んで、最後は俺が決めてしまうのがいつもだ。

だが、今日は目一杯悩めばいいさ。



時間が迫ってくるほど、俺の鼓動は早くなり緊張が走る。

8分、9分…………10分。

祈るように目を閉じる。




ああ、あと2分で最悪は去ってくれる。


「決めた!」


秋菜の声で閉じていた目を開ける。



「この――――――――」


「――――――ッ!!」









「ああああぁぁぁっ――――――ああああああああぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」


「あーあ、残念でしたね。5時12分、秋菜さんが死亡してしまいました」


天使は事実確認を行うかのように淡々と言う。



先程まで俺の目の前に秋菜は居た。笑顔を俺に向けてくれていた。

しかし、もういない。

教室の天井の下敷きになってしまった。

見る影などなく、ただの肉塊になってしまっている。



「く、ぐそっ…………あき……な――――」


涙と嗚咽が混じり合って上手くしゃべることが出来ないが、これだけはしっかりと発音する。


「『ハッピー』」


そうして、俺達の時間は巻き戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る