それでも夢見てしまったのだから、本当にとんでもない夢だ
「失礼しま~す。あっ、スタードさん。どうもです。スタードさんも来てたんですね。いやぁ、いきなりあんなメール送るからこれは自殺したんだと思って、その死に様とご尊顔を拝みに私も来たんで――」
「誰が誰の顔を見に来たって?」
「あ″、あ″あ″あ″」
「おう、シャドウ。じゃあまた後でな」
「うん」
俺は意気揚々と俺の部屋に侵入……じゃなかった、招集に応じてやってきたミソノをいい感じに、適度な強さでゲンコツグリグリしながら俺はシャドウを見送った。
「よう、ミソノ。お前は何を差し入れに持ってきてくれたんだ?」
「ぐふえ゛ぇ。放してぇ……」
俺はミソノのオーバーリアクションを微笑むように笑いながら、そっと解放してやった。まだ「ふえぇ、ふえぇ」とか言いながら痛そうにしている。……加減間違えたかな?
「ひどいですよ、シャドウ。来いっていうから来てあげたのにぃ。どうせぇ? 昔、いや今も想い人の人と偶然にも再会したからすっかり気が動転しているんだとばっかり思っていましたけどぅ?」
上目使いの皮肉を帯びた目線の、その目元は少し潤んでいた。しかし、いったいそんなことをどこで聞いたのやら。どうにもこうにも、どうやら俺に関する噂は筒抜けのようだった。
「そうだな、少し前まではそんな感じだった。相手取っていた相手の主将が俺の想い人で、一番尊敬していた人だったことを理解するのにも時間がかかったし、受け入れるのにはもっと掛かった。でもさっきスタードが俺をバカだって罵ってくれた。だからもう大丈夫だよ、ありがとう」
さっきはごめんな、とかいいながら適当に俺は慰めてそのツインテールを抱き寄せる。
「俺さ、向こうの世界、生きていたころの世界にいたときとんでもない夢を見ていたんだ。当時は、大学三年だったかな。もうそろそろ就活はじめなきゃいけないかなって時でさ。本を読むのが昔から好きで、文芸サークルに所属していた。ああ、ギターは趣味だよ。一応、
ふう。
「話が逸れたね。夢っていうのは小説かになりたいってことだったんだ。とんでもないだろう? だって、世の中にはすごい才能を持っている文才がたくさんいて、人々を楽しめる本は世の中に多く出回っている。ゼロからイチを生み出すことに長けていない俺のような奴が書いても、それはどこかで読んだことがあるような、聞いたことがあるような言葉を拾って食べただけの俺が書いたって独創性はたぶん生まれない。諦めていたわけじゃないけど、俺の理性は諦めを促し続けていたな。何かを探してどこかへ行こうとか、そういう物語しか俺は書けなかったんじゃないかと思うんだ。生きる意味とか、幸せとは何たるものだとか言えるほど俺は偉くも教養もなかったから。それでも夢見てしまったのだから、本当にとんでもない夢だよ。結果的にそれは試みることも、成し遂げることも、志半ばで頓挫することもなく俺が死ぬことで本当に夢になってしまった。やりたいことも、やりたかったこともできずに死んで、なのに死んでないとか言われて。思っていたよりも混乱していた俺をきちんと、正しく導いてくれたのが姉さん。黒の
なあ、どうしたらいんだろうな。ミソノ。
俺の呟きはあまりにも幼かった。たとえこの世界で長く時を過ごしているいとはいえ、小学生相手に出すような声ではなかった。俺は娘の前で泣くような親にならないようにしてきたんだけどなぁ。
「シャドウが自分のことを話してくれるのは初めてですね。いつもは、組織やメンバー、作戦のことばかりですもん。少し、うれしいです」
「うん」
「私も、ここに来たときはずっと泣いてばかりでシャドウにはずいぶんと迷惑を掛けています。シャドウは私にとっての道しるべです」
「うん」
「お姉さん……私からしたら光おばあちゃんでしょうか? 私は話を聞いたり、相談に乗ることはできますが結局何もできません。まだ子供ですからね。所詮その程度です。探偵が何を推理しようと最終決定をするのは依頼人です」
「うん」
「幸いその件について考えることができる時間はたくさんあります。ゆっくり考えても遅くないのでは? 家族のことですし。だからシャドウは今目の前のことをやってください」
「うん」
「何をしなければいいかは分かりますか」
「うん」
「はっきり見えていますか」
「うん」
「私の助けは必要ですか」
「……はい」
懺悔の時間はここまで。独りで背負い込まずに仲間を頼れとスタードは背中を叩きのめし、私情に流されている場合ではないとミソノは喝を入れた。目的があって、協力者がいる。俺は再度自覚しなければいけない。他人の人生を狂わせるかもしれない件に関わっているのだということを。
戸が鳴る。
俺は次の協力者を部屋に迎い入れた。
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