アコースティックギターを抱えて

 ***


 俺たちのアジトには屋上がある。この建物自体、木製なのか、コンクリなのか、その他悪趣味で不気味な特殊能力でできているのか。アジトが一体何でできているのか見当もつかないが、ここに上がってくると、もしかしたらここはどこか学校の寮なのではないかと思ってしまう。そんな屋上だ。


 実際、屋上には何もない。上に空があって、下にコンクリートで舗装された地面を申し訳程度の柵があるぐらい。たぶん小学生でも越えられそうな、公園にある真ん中の鉄棒ぐらいの低い柵だ。下を覗いて建物を見ようと試みたことがあったが、闇に包まれていてさっぱりだった。想像するしかない。だが、これはとても楽しいことだった。想像することは自由だ。考えるのは自由だ。これから先の運命が、宿命が、人生がどれだけくそったれであっても、これだけは自由だった。無根拠なお伽物語をただひたっすらに考える。たとえば、この建物は学生寮だ、とかな。


「なんで、そう思うのですか?」


 理由はいくつかある。まずは景色だ。屋上からは景色が見える。どこか知らない街の景色がずっと、どこまでも見えるのだ。不思議なことに、そこはいつも夜で、生活の明かりが灯っているのが常景だった。そして、これだけ様々な人生を、異なる場所で過ごしてきた人間が集まった組織でもこの街のことを知っている人は誰もいなかった。誰も見たことない街。誰にも知られていない街。どこか遠くの、もしかしたら隣町だったかもしれない。どちらにしても、世界ってのは広いのだと、俺はこの景色を見て改めて思った。


 あとはこの入口。あのプレハブみたいな扉だ。その不愛想に取ってつけたような取っ手の扉はどこか見覚えがあった。つい数か月前にここに上がった時に俺はそれが中学の時の学校の屋上に似た作りだということを思い出した。あれは学校祭の出し物として映画を作ることになり、屋上に上がったはいいがみんなでジャンプするのを撮影するとか言うので俺はその撮影役を買って出た思い出の場所だ。担任に苦笑いされながらも飛ばなかった理由は、俺がそういう青臭いことが嫌いなガキだったからだ。



 記憶にあった扉とコンクリの地面はなぜか俺に学校を連想させた。でもここは学び舎ではない。生活する場所だということを考慮にいれるとここは学生寮ではないかと、俺はそんなことを想像したのだ。


「星はこの街を知っているか?」


「いえ、見たことないです」


 屋上にはアコースティックギターを抱えて調律している俺。その様子を囲むようにして見ている星と愛娘ミソノ。策に両肘を乗せて腕を組み、風を浴びているスタードと座り込んでボーっとしているザキ。俺の斜め後ろの方でマの三姉妹がはしゃいだりお喋りしているのを見ている十六夜。そして、ちょうどいま屋上へ朱の援軍エンがやってきた。ほとんどの注目を集めたエンは少し照れくさそうにしている。


「思ったより星が薄いんですね」


 屋上から見える夜空は満天の星空ではない。街明かりのせいで代表的な一、二等星しかその姿をみせてくれない。頑張ればもう少し暗いのも見えそうだが、見上げた瞬間に見えるのは薄い星と空だ。


「エン。来てくれたんだ、ありがとう」


「ええ、私は黒の皆さんの味方でも、白の皆さんの味方でもありませんが最後まで見届けたいと思いましてね。あなたの部屋を訪れたら、黒の真実マザーからあなたがここだと伺ったものですから」


 俺はもう一度礼を言い、それからここから見えている街を知っているか聞く。答えはもちろんノーだった。


「それで、これから何を?」


 俺は今ギターを抱えている。調律のあとにいくつか簡単なコードを弾いて調子を確かめると、三姉妹も興味を持ったようで近くに座った。他のメンバーは気持ち俺の方を向いたぐらいで、スタードはまだ街を眺めている。エンは近くに座り、その時を待つことにしたようだった。


「今日は、ほんとありがとうな」


 俺がまた礼を言うと、「また言ってるー」と茶化されてしまった。ミソノにもしつこいとさえ言われた。


 どうしてこうなったかというと、それはスタード、ミソノと訪問した後に全員が交互に俺に言葉をぶつけに来たからだ。初めにザキが来て、そのすぐ後に三姉妹や十六夜が俺の部屋を訪れた。ベッドと机に占領された狭い部屋なので入れ替わりが激しかったが、それぞれ面倒くさい本音をぶつけて満足して次の人にその席を譲った。俺はそのすべてに涙し、感謝した。率いてきた俺がメンバーに旗を掲げてもらった。おかげで俺は普段通りの冷静さを作り直すことができた。


 そして、最後に俺の部屋の戸を叩いた星に諭されて、今ギターを握っている。

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