いつもの気障《きざ》な顔

「よう、シャドウ。ほれ、差し入れだ」


 そうやって気さくに、まるで友達のように声を掛けながら入ってきたのはスタードだった。俺は何に対する差し入れか分からなかったが、ありがたくコンビニのビニール袋を受け取り少し高級なアイスクリームを眺めて礼を言った。容器には期間限定フレーバーと書かれている。うん、これはおいしそうだ。


 蓋を開けて付属のプラスチックスプーンで早速一口。これはどれだけのバカ舌でもこのアイスは他と違うことが分かるような、そんなアイスだと俺は思った。


「それで、スタードは来るのか?」


「もちろんだ。何を水臭いことを言ってるんだよ、俺がいないでどうやって戦うんだ? 久々に最強のカード作ってやるぜ!」


「ありがとうな、助かるよ」


「けっ、だからそういうのは、なんだ。なんかこう、うまく言えんが、もどかしいわ。遠慮するなってことだ。――でもまあ、そこまでお前が縮こまっちまうのはやっぱり〝あねさん〟がらみってことなんだろ?」


「ああ、すまない」


「だからーー! シャドウ。お前は〝あねさん〟のことを一人で抱え込みすぎだ。俺たちは仲間だろう? もっと、頼ってくれ。俺としては、仲間としては一緒に解決したい」


「だが、これは俺の家族の問題で――」


「確かに。たしかに〝あねさん〟はお前の家族だ。そして俺は〝あねさん〟の家族じゃねえ。だが、俺とお前は家族だろ?」


「……そうなのか?」


 スタードはやれやれと首をうなだれ、加えていたスプーンで俺の方を指しながら言った。


「お前は黒としての意識はすげえ強いのに、チームのメンバーへの意識は異常なのにそういうところは鈍いんだな。同じだよ。いいか、俺とお前は敵か?」


「いや、違う……と思う」


「違うんだよ。俺とお前は敵じゃない。じゃあ、よそ者か? それも違うだろ。俺とお前は同じ志で、同じ目的を持ち――いや、似通ったって言った方がお前には有効か。とにかく、俺たちは仲間だ。これだけは間違いない。そうだろ?」


 仲間。改めて言われると俺はこれに対して素直に頷いていいのか分からなくなってしまった。チームのメンバーのことが俺は大切だ。どれだけ依頼が切羽詰った状況でも、俺はメンバーの安全を保障することを選ぶだろう。ここが死なない世界であっても、死んだ後の世界であっても人は傷つくのだ。傷を癒すのにはその差こそあれども、時間を有する。これは外傷でも心傷でも変わらない。俺は人を傷つけたくない。誰かが苦しみ、傷つくのを見たくない。だから俺は黒を選んだ。だがこれは矛盾した主張だ。誰かを守るためにメンバーの力を借りる。それは当然ながらリスクを孕んでおり、結果的に危険にさらしていることになるからだ。大切にしたい仲間を、守りたい仲間を他の正義とか、大義とか、人のためとか言う枠外のために俺はその逆の行為をするのか。いったい何を天秤にかけているのか。チームの指揮をとるようになってから俺がずっと悩んできたことである。頼む、任せたなどと言っておいて俺は不測がないよう最大限配慮をしてきた。スタードはこれが不要だと、俺に迫るように続けた。


「シャドウ。お前は全てを一人で背をいすぎなんだよ。〝あねさん〟のことは確かにお前自身の問題かもしれない。だけど、俺から言わせりゃあお前の問題は俺の問題でもあるんだよ。お前は時々ミソノに背中を任せて戦うことがあるだろう? 少し前に俺もいて、目にした時があったがそれはもう一目瞭然さ。ミソノもお前もそうだ。お互いに死角を補っているように見えて、それ以上のことをしている。背中を任せられないわけじゃない。そのために犠牲にならないかってことばかりを懸命に考えてやがる。ほら、身おぼえないか? 時々お互いに同じ敵に攻撃してしまうときとか」


 ……ある。姉さんから脱出するときに背中合わせで戦った時の最後はまさにその通りだ。


「それじゃあ、任せたって言わないんだよ。信頼じゃない。信じてもいないし頼ってもいない。余計な杞憂が増えただけ。加賀山のこともそうだ。お前は良い洞察力があるからすぐに何か察したんだろう。次元を超えて活動している俺に言わせれば直感っていうのは自分の処理能力を超えるような事態に遭遇した時に起こる現象だ。頭で理解できないから、その前に体が動く。よく聞く現象だ。そして、お前はきっとそこに何かを理由とか、理論とかを求めようとするだろうな。俺だって、この件が終わって初めてお前がどういう状況になっているのか理解できたんだ。直感とか、理解できないってのはそういうもんさ」


 スタードはアイスを全部掻き込んだ。そして当然のように、いつもの気障きざな顔でこう言った。


「シャドウ。でも、まだ遅くはないだろ? だから任せてくれ。信じてくれ。頼ってくれ。信頼しろ、一緒に戦ってやるから」


 俺はわずかに、ほんの僅かに目頭が熱くなった。そのせいかははっきりとはわからないが、俺の「ああ」という返答は音量が小さかったかもしれない。何もわかっておらず、分かったつもりだった俺をスタードは勇気づけてくれた。虚勢なんて張るな。救いにならなくても慰めぐらいにはなってくれる、と。どうやら俺は俺自身が思っていた以上に姉さんへの想いが強いらしい。傍目から見た言動で分かるぐらいなのだから、想定外だ。


 俺も残りのアイスをすべて乾いた体に突っ込んだ。目の前のスタードはなぜか笑っていた。



 トントン。トントントン、トン。


 来客だ。俺は何となくノックだけで誰が来たのか分かった気がした。これもスタードの言う一種の信頼だろうか。

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