黒の能力者≪クロウト≫
俺が聞いたのは姉さんのことだけである。なぜあのような行動に出たのか。黒を裏切るに至った根源を知りたかっただけで、真実の中身などどうでもいいのだ。ハートのエースを引き当てたと思ったら、実はその中身はクローバーのジャック。上にハートのエースのシールを張っただけで剥がしてしまえば、真実はクローバーのジャックでしかないのだ。……だとかなんとか言われても、俺にとってそれは正直どうでもいいことなのだ。スートがハートでもクローバーでも、エースでもジャックでもどっちだって気にしやしない。どうでもいい、そんなこと。
だからと言って別にこの話が理解できないわけじゃない。
実際俺だって現世で生きていた人間である。その世界が何に支配され、人々が何を求めてどのように生きているのか。それは自分の尺度でしか測れないあくまで主観的なものだが、それでも直に、肌に感じて生きてきたのである。それに、玄武とか言ったっけ、マザー。誰もが神に縋るわけじゃあないんだぜ。俺だって生きているときに運命とか、世界の不条理を呪いたくようになることもあったけど、俺は生きていたくないって思ったことはねえ。確かに社会に出ていない学生の身であり、労働に従事したことがあるかといえば、スーパーのレジ打ちぐらいなものだけれども。でも、だからと言って全く世界を知らないわけじゃない。全ては知らないが、少なくとも俺の周りの世界は知っている。俺の見える範囲で起きていたことなら俺は良く知っている。大体、さっきの説明は経済学で言うマルクス経済学だろ? 仮にも俺は現役の大学生だったわけだぜ? それぐらい知っているさ。それがこのまま進むのであれば、やはり多くのことを考えて、より意見を発していかなければいとも簡単に奴隷が先進国でも生まれてしまうってことだ。そんなことになれば、それこそ生きていたくない。でも、死ぬのは怖い。それでも、明日生きるのは辛いって、状態になるのだろうよ。勤労の義務がこの国にはあるが、だからと言って鞭打って強制的に働かせることが人権を蹂躙しているということを理解できない俺ではない。そして姉さんもこの件に関しては一定の理解を示せるだろう。
だからこそ、彼女は裏切られた気持ちになったのだ。
そう、姉さんは裏切られたと思ったのだ。
一般や平均から外れて、何か特別な人間になれたと、存在になったのだと思えたのにそれは思い込みに過ぎなかったのだ。
これは裏切られたとほぼ同意であり、裏切られた気分になったから彼女は裏切った。それだけである。
これで俺は課題を一つクリアした。あとは新たに生まれた方の疑問をマザーに対して、亀と蛇のモジュールに向かって言葉をぶつけるだけだった。これは単なる事実確認で、実際はこれもどっちだって構わないものだった。
「マザー。もう一つ質問。いや、確認だ。加賀山星は黒なのか?」
「あの子はどちらかといえば白ね。でも能力は私の能力、黒に近い。生き方は白だけれども、内に秘めたるのは黒の能力ってところかしら」
なるほど。星はまだ現世人だ。神の世界の住人ではない。だから現実世界と白の世界、つまり先ほど姉さんが作りだした世界とを行き来するための穴を開けることができた。しかしなぜ能力を使える? 神の使いでもないのに黒の能力を――。
「……そういうことか。だから姉さんは、白を使って執拗に妨害したのか。だから、どうしても加賀山星の件だけは絶対に許容できなかったのか……」
「今度は私がもう一度尋ねるわ、影人さん。あなたはどうするの?」
おいおい。マザー、頼むぜ。もう分かってるんだろ? 俺がこれからどうするのかなんてお見通しだろ。黒のリーダーであった姉さんの気持ちを知りたくて俺は能力を磨いて、チームを統率し、マザーから一番の信用を得て黒の使いの中では顔といえるほどまでになったんだ。姉さんが何を考えていたのかを知りたくて俺は親になり、他の主要メンバーと違って子を一人だけ取ったのだ。同じことをして、同じ道を辿って、マザーもその機会を与えてくれた。親が子を知り尽くしている以前にマザーは神様なんだからさ。
俺はしっかりと立つ。もう神の威圧に屈するような惨めな姿ではない。
俺は胸を張る。なんだかんだと聞かれた時に答えてあげないほど世の情けを持たない俺ではない。
俺は決められた法則にしたがい、それに当てはめるようにして言葉を選んだ。神に向かって俺は答えを出す。
「俺は黒の人間、玄人だ。無垢な人間になれなかった魂でもなく、日々の生活に怯えて神に縋る現世人でもない。
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