My children

 俺たちは偽物の世界を創り、それが依頼者の望むものであれば真実などどうでもいいと思っていた。そしてこのドッペルゲンガーも偽物の世界が創られたことによって生まれたもの。黒が、黒の使い俺たちが生み出したんだ。

 

「もう一つ教えてあげる。黒とか、白っていうのは魂の色なの。あなたはすでにアカの子にも会ってるから分かるでしょうけど、その色によって仕える神が変わり所属する組織も変わる。白は真実の白。本当のことを、真実を知りたい、誠実でありたい、嘘はつきたくない。そういう魂を持った人の色。黒は欲望の色。ああしたい、こうしたい。あらが欲しい、あの人が欲しい。こうして欲しい、こうなりたいとかとか。その欲望が強ければ強いほど黒の色は強くなる。だからね、拓人。私はあなたたちを、あなたを裏切ったわけじゃないの。考えが、具象的に言えば魂の色が変わったの。そして、私はあなたにも白い心を取り戻してほしい。そう願っている。だから」


「だから。だから何だよ姉さん。別にいいよ、このことは後でマザーに問いただすから。さすがだね。白っていうのは何でも真実にたどり着けちゃうんだね」


「あのね拓人。いとも簡単にって訳じゃないのよ。あなたたちの能力は所詮黒で偽物。だからどれだけ人を傷つけてもその痛みとか傷は偽物で、脳が騙されたものに過ぎない。でも私たち白は本物。使ってる武器は神様から能力の代わりに与えられる物だけど、偽物じゃない。撃てば貫通するし、それが人なら傷になる。致命傷になれば死んでしまうわ。まあ。私たち相手ならどれほどの傷でも神が見捨てない限りは死なないんだけど」


「俺たちは既に死んでいるしな。だからその魂を神は利用したって訳だ。人使いが荒いよねえ」


 俺はもう自傷的であった。何を言われてもああそうですかと信じてしまうほどに自暴自棄気味の間抜けであった。


「黒の子は基本的にそうよ。でも白は違うの。黒は人間ら良い欲望の塊の魂。でも白はそれがない純真無垢の塊の魂。その理由は、人間の世界に生まれてこなかったから。生まれることができなかったから」


 俺のくたびれ切った脳はこの言葉に一瞬醒めかけた。だが体が動かない。カードを作りだそうとしたが、すぐに紙切れになってしまい、ダメだ。ああ、どうやら姉さんの術中にはまっているようだ。なんだってここは姉さんの世界だからな。条件さえ揃えばなんでもやりたい放題だろう。嘘と真実の両方を使いこなせる彼女に太刀打ちできそうには、全くない。


「生まれることができなかった。どういうことですか、姉さん」


「あら、口調が昔のあなたみたいね。諦めちゃったの? らしくない。まあいいわ。その方が楽だし。ええと、白の生い立ちについてだっけ? ジェネンシスのメンバーはその殆どが母体の中で死んだ。つまり流産とか中絶とかってこと。黒に染まった人間とその黒い社会に触れてないんですもの。そりゃあ、白のままって訳よ」


 ああ、なるほどね。なるほど。それはそうだな。そこまで黒を強調しなくてもいいだろうけど、とても納得できそうだ。俺はふと、窓の外を見た。外には何もなかった。青空も夕日も風の音も。ただ、にはまだいろいろあった。そう例えば俺の娘とか。ガラスの向こうにその姿を目にした俺はどうにも笑いを抑えきれなかった。姉さんはこの笑いを別の意味で解釈してしまう。まあ、無理もないんだが。


「他にある?」


 俺は答える。笑顔で、答える。


「いや、もういいかな。あとはマザーに問いただすよ」


「ん? まだ逃げるつもりなの? あなたのことは能力を含めてすべてを知っているのよ。中々難しそうに思えるけど」


 そうだな。そりゃそうだ。俺に能力を間接的与えているのは神だとしても、姉さんが親となり俺が子となることによって俺は姉さんから直接授かったのだ。これは命そのものと言ってもいい。神の世界で生きるための命だ。この命を与えてくれた姉さんが、育ててくれた姉さんが俺のことを足の指先から脳みその皺の数まで知っているのは不思議じゃない。親は子が可愛いから。だが、姉さん。それは姉さんだけじゃない。俺だってそうなんだぜ?


「そうだな、姉さん。俺が姉さんを超えるのは相当に難しそうだ。親は子を愛しているから、その愛を超えていくのは大変そうだ。でもそれは姉さんだけじゃない」


「え?」


 途端、教室の窓ガラスが割れた。俺にとっては左側の、姉さんにとっては右側にある教室の窓ガラス。そのすべてが大きな音を立てて砕け散った。姉さんは咄嗟に頭をかばうような姿勢を取り、俺はその隙に作りだした一枚のカードでガラス片を弾いた。


 ガラスを割って現れたのは両手の黒の拳銃ハンドガンを胸の前でクロスしながら片膝をついて机の上に着地した俺の娘であった。



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