黒の上塗り札《ブラックカード》

 事件の概要、ミソノに潜入を任せた経緯はすでに述べた通り。俺が事件を引き受けたのは教師とのよしみがあったから。そしてこの問題を解決するべく細工を施しに夜の学校へと向かったが、それはお見通しであると言わんばかりに妨害された。俺が引き受けた事件であり、さらにそれが愛弟子の初の担当案件となればこれは退かないわけにはいかない。直接解決に導きたいがそこには妨害者がいるため、ここは相手が予想もしない角度解決をするのが遠回りをしているようで一番の近道となる……はずだ。


 隅を取るために端をくれてやろうという俺の算段は斯くして我がチームが抱える他の案件に発展することになる。先ほどの先頭から離脱できたのは通称スタードと呼ばれる仲間の能力によるもので、あらかじめ俺のカードの一枚に演算式を書き込んでおいて瞬時に、刹那に、瞬く間に指定された場所へ瞬間的移動ができるようにしてくれたのである。あくまでも保険だということであったが、なんと製作に小一時間ほどかけていたことを俺は後から知る。いつもすかした気障な高校生を演じているだけにしか見えないのだが、根を掘り返してその根毛を光学顕微鏡で観察してみると何とも背中が垢だらけで痒くなるほどの恥ずかしい気障な性格が居座ってこちらを見返しているのである。


 閑話休題。


 オープンネーム浅倉。フィルコード「黒の傍側スタンド」。スタードと呼称される彼が現在抱えている案件はブラック会社を作る事であった。


 世の中では高卒の資格を取ることはとても簡単なことであり、就職活動、特に唯一ポテンシャル採用を行う日本の新卒採用では大卒資格は必須の携帯物となっている。もちろん、高卒でも働き口がないわけでないし、業界によっては下手に染まってしまうよりも前に自分の会社や職種の業界に早いうちに染め上げてしまいたいという意識ある会社もあるだろう。しかし、会社の経営者の中には大学に行くのは無駄だ、すぐに働けるようなスキルを教えた方がより社会のためになると本気で信じている人もいる。この発想が非常に正しいように聞こえてしまったらそれは、その人がとても危険な思考を持っている可能性があると危惧した方がいいだろう。なぜならば、これは子供に学を教える必要はなく、働けるようになったらそのすべだけを教え込めばいい。児童労働万歳と叫んでいること他ならないからである。


 だからスタードの依頼者である上川進一の言うところの人柄採用否定論は一概に正しいということができない。鵜呑みにして賛成することはできない。片方が良くて片方が悪いということはないが、少なくとも大学に通うことのできるほどの経済的余裕がない場合、安易に考えてしまう点が残念なのだ。


 だから黒の組織俺たちは選択肢を与える。そして、彼は就職を選んだ。


 そうと決まれば俺たちのやるべきことは自ずと決まってくる。もちろん本人にはただのハローワークを行うだけで、黒い世界が作られた裏の事情を知ることはない。ありもしない偽物の世界では本来あってはならない会社が作られて、それが依頼者の世界となる。ただそれだけだ。しかし、だからこそ、その結果を予想することがより容易くなるのは必然で、それをどう利用できそうかというところまで考えることもできる。こうなると、その過程を少しばかり変更しなければいけなくなる。よって、俺は瞬間移動で避難してきた黒の塒アジトで打ち合わせをするべくスタードの到着を待っていた。カードの整理をしていると、隣で熱いお茶を湯のみで一服しているミソノが尋ねた。


「そういえば、このカードを使ったことないですよね。少なくとも私は見たことないですよ」


 それはジョーカーと一般的には呼ばれるカード。五十二枚のデッキにプラス二枚追加で入っているカードである。


黒の上塗り札ブラックカードは切り札みたいなものだからな。ジョーカーは普通悪魔が描かれているが、このカードはその時によって絵が変わる。だからこの絵札からの召喚はいろんなものを出すことができるし、望めば人智を超越したなんとか魔法みたいな物まで発動できる。――だけど、ブラックカードを使用した際にはその代償として身体機能の一部を十二時間失うことになる。こればっかりは自分でコントロールできないんだ。視力を失うかもしれないし、下半身不随になる可能性だってある。だからあまり安易に使用することはできないんだよ」


「肉を切って骨を断つような、まさに切り札って呼ぶにふさわしいカードですね。ちなみに使ったことはあるんですか?」


 黒の上塗り札を使用したのは俺が親との決別を決意した時が最初で最後だ。俺はその時のことをふと、思い出して思わず苦虫をかみ砕いてしまった。それを悟られたくなかった俺はさらりと何もなかったかのように説明した。


「親を殺そうと思った時に使ったことがある。失敗はしたけどな」

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