時間を繋ぐためだけの戯言はここまで

 この世界というものはオセロのようだと、俺はこの仕事をするようになってから思うようになった。黒の面が見えるか、白の面が見えるかはその人次第。裏返そうと思えば簡単にひっくり返すことができる。しかし、一つひっくり返ると連鎖的に同じ色が別の色へと変わってしまうのがオセロのルール。一つの白を黒にすれば、辺りの光景は一変しているかのように見えるだろう。だが、事実は一つしかなく結局のところは何も変わっていない。本当に変えるためにはチェスのように相手の駒を取らなければいけないのだ。


「えっと、答えは二番です」

「その通り。いいよ、正解です。このひねもすというのは終日、一日中という意味があり……」


 今日は俺が自ら授業をやる時間が一時間だけある。担任はやたらと俺の緊張をほぐすことに必死であったが、別に緊張などしていなかった。やるべきことは慣れ親しんだ仕事でしかない。


「さて、皆さん。少し目を閉じてみましょう。今読んだところの情景を想像してみましょう」


 クラスの全員が目を閉じたところで俺は合図を送る。すると音もなく三人のローブを被った人間が現れた。一人は小柄。一人は平均的高校生。一人は小物。


「どうですか。春の海を想像することができましたか?では、目を開けて、その目で現実を今一度見直してみましょう」


 彼女たちは目を開けると戸惑っていた。


 困惑していた。


 それもそのはずで、先ほどまで社会人一歩手前の人間に教えられていたはずの教室は目を開いた途端に別の部屋に変遷していたのだから。そこは教室より狭い部屋で、机や椅子は一つもない。黒板もなければ、時計すらない。窓はあるが、とても小さく、教室にある壁の大半を占めているほどの存在感はない。そこにあるのは、ただの空間と、物を入れることのできる棚が左右に置かれているだけだった。しかし、着替えるだけにしてはやけに広い部屋で、自分の高校時代を思い返しても、現在在籍している大学の様子を振り返ってもここまで小奇麗で無駄に広い空間ではなかったと思えた。俺は初めに下見とした来た時と同じようなことを考えながら、一歩も動けずに周りを見渡す彼女たちを見ていた。少し経つと、勘の良い一人の少女が怯えるように口を開く。


「更衣室……?」


「加賀山さん正解。そう、ここは君たちが普段から使っている更衣室だ。……ああ、失礼。普段使っているはずってのが正しいのか。いつも体育の前とかは教室で着替えているんだもんな?」


 多くがこの言葉に目を泳がせ、必ず美月を捉えた。いつの間にか、いつの日かの様な地べたに両手を後ろにつき懇願するような目線を上げるしかない状態の美月を。


「いいよ、心配しなくて大丈夫。別に過去を繰り返そうって訳じゃない。確認するだけ。認識し直して、もう一度思い出そうとしているだけ。過去を知り、過去からなる今を知る。今を知ることは、未来への第一歩となる。総じて過去を知ることは未来への第一歩となる。このクラスがこうなってしまった原因は必ずある。黒と白をはっきりさせなきゃいけない」


「先生、何を言って……」


 俺はカードを一枚投げる。それは発言した一人の少女の頬をかすめて壁に刺さり爆発した。手には残り四枚のカードがあり、今後も攻撃の意図があることを俺は示す。


「発端は君だ。ええと、確か名前は……そうだ、桜木さん。君はまだこのクラスが更衣室を利用していたとき、美月さんの異変に気づいた。そして冗談目かしてこう言った」


『美月ちゃんって、もしかして男の子?』


 空気が震えだした。この先、自責を問われるのではという恐れるような震え。自分の身に起こった現実から目を背けることができない震え。それをただ見ていることしかできずに、他者に解決を求めることしかできなかった傍観的弱者の震え。


「まあ、みんな何となく気づいていたんだろうね。男性は女性の一部分しか見ないことが多いけど、女性は女性のことを全体を把握する。なぜ女性は同姓をこのように見るのかって言えば、嫉妬とか、憧れとか、支配とか、満足とか、欲求とか。理由は多岐にわたるし全員に当てはまるわけではない。それでも、少なくとも自分よりも劣るところを探そうとし、安心しようとするのは人間として自然なこと。だからいいよ。心配しなくて大丈夫」


 さて、と。


「じゃあ、否定の声が上がらなければ、上がらないようであれば、このまま予定通り滞りなく進めるけど」


「な、何をするんですか?一体これから私たちをどうしようってんですか」


 このクラスの中心人物がようやく声をあげた。桜木よりも内側にいたはずだけど……はて、誰だっけな。さっきおぼえたはずなんだけど、忘れてしまった。

 

「何もしないよ。大丈夫。君たちには何もしないさ。君たちの見ている世界を変えてしまおうって訳でもない。だから、実をいうと俺たちはとても大げさなことをしているようにみえるんだけれども、本当に何もしないんだ。ただ、見える方向を教えてあげるだけ。強いて言えば、極端に言えば独白みたいな物。この物語は一見して白が正しいように見えるが、それは大きな間違いじゃないか。実はその裏にある黒い方が正しいと、そうは思わないだろうか」


「あんた、本当に何を言ってるの?」


「では、その時の、ここでいう黒と白とは何か。それをしっかりと区別しないとこの仮定は成り立たない。グレーな部分を取り除き白黒の割合を一対一にする。正確に答えるのであれば、こういう回答になるのかな?」


「……シャドウ。準備できた」


「うん? そうかい。いいよ、順調じゃないか。では、始めて、終わらせて、それから俺たちは帰ろう」


 時間を繋ぐためだけの戯言はここまでだ。俺は両手に上限いっぱいのカード広げ、部屋の壁に向かって回転させながら投げた。

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