それでも彼女たちの決意は固まったようだった
時間経過・放課後。
俺は中途経過の報告をするべく、星には昨日と同じ珈琲屋に来てもらった。理由は至極真っ当にて極めて単純。俺の行きつけの場所であり、この店だと顔見知りな上に事情を把握してもらっているので何かと融通が利くからである。
全員の前に一通り飲み物が運ばれてから俺は口を開いた。
「まずは初めまして、美月さん。改めて自己紹介を。私は上野と申します。ウエノと呼んでもらって構いません」
「お願いしまーす」
星とは違い、美月は雰囲気の印象だけでいうとふわふわと、ぽわぽわとしている。肩までかかるその髪はお嬢様に相応しい艶目かな黒。身の回りの全てを使用人に任せて生きてきたため、街に放り出せばそこから一歩も動けないほどの方向音痴感を醸し出している。教室内で観察した時に俺が得た確かな情報は、彼女の表情が変わったことはなかったということだ。いつもにこやかに笑顔を振り撒いている美月は、例え何を言われようとも、何をされようとも、どんな話題を振られてもその表情を崩したことはなく、有体に言えば人当たりがよかった。
まあ、俺に言わせれば気持ちが悪いとしか言いようがなく、ホント、気持ち悪いようにしか感じられなかったがな。
しかし、ここまで情報が揃ってくるといくら名ばかりの探偵である俺でも目星は付いてきた。物事の道筋の輪郭ぐらいは見えているし、ここまで判然とすればその解決策の目処も立ってくる。お嬢さん学校のお嬢様たちのお考えなど、夏のワイシャツから透けた見えるカラフルな下着ぐらいにお見通しである。
……閑話休題。少し変な方向へと逸れてしまった。要は光園高校がいくらお嬢様学校だと呼ばれていても、それは一定以上の富裕層を指すのであって、ギリギリで通っている人も多くいるし、ましてや本物のお嬢様何てものはいないってこと。ほぼ皆無といっていいだろう。だが、美月はきっとその例外に当たる本物のお嬢様に違いない。仲間が調べた身元情報によれば、彼女の家は非常にとか、超とかがつくほどの裕福な富裕層だ。何とかかんとか
本物なのだ。
「その、もう気づいているとは思うが、俺はすでに君たちの教室に潜入して状況を見てきた。だから今どういう状態で、どういう環境に置かれているのかは理解しているつもりだ。だから俺はいまきちんと確認しないといけないことがある」
二人は息を飲んだ。俺は一口珈琲に口をつけ、二人はただその様子を眺めていた。二つのアイスコーヒーが汗をダリだラとかいていた。緊張感が保たれているのは良いことだ。
「俺がこれからすることは未来を変えることではない。また、過去を変えるわけでも無かったことにするわけでもない。世間一般から見ればそのように見えるかもしれないが、実際はそうではない。君たちの過去はなくならないし、未来をどうこうできるのは君たちだけ。俺ができるのは今を生きやすいようにするだけ。個人の裁量ではどうにもならないことを、どう考えても世の中が悪いことをなかったことにするだけだ。君たちの人生を保証するわけではないので、そこだけはきっちりと頭にいれておいてほしい。もしも、この要求が飲めないのであれば今回の話はなかったことになる」
「大丈夫です」
星は即答した。頭が追いついていないのか、それとも何か心配なことが他にあるのかは分からないが、美月は不安げな顔を星に向け、ちらりと俺を見た。きっと、怖いのだろう。
「大丈夫です。その通りにします。だから、美月をお願いします」
俺は頷く。これに美月の頬は少し弛緩した。
「もう一つ。君たちの今を取り巻く状況を変えるってことは、全世界ではないが、少なくともある程度の範囲の世界と人々が変わることでもある。いや、変わったように見えるってだけで個々人そのものが、例えば性格とか、これまでの行いとか、平社員だったのが社長になるとか、意地悪な子が急に優しくなるとかって言うことはない。今回の場合で言えば、その流れている噂そのものを無くすこと。美月に対してよく思わない人がその噂を流したりするのを躊躇い、いまの状況が再び作られないようにすることの二つ。しつこくて悪いが、君を疎む人がいなくなりはしない。これは全体の問題ではなく、個人の問題だからだ。その先の未来は自分次第ってわけ。大丈夫?」
二人は無言で頷いた。星は自信満々に、美月は半秒遅れて。それでも彼女たちの決意は固まったようだった。
「うん、いいよ。わかった。明日にでも決行できるけど、いつにする?」
「明日で……明日でお願いします」
今度は美月が目を強張らせる番だった。俺は無口に首肯し、ブラックに口をつけた。さて、じゃあ仕事しますかね。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます