第3話 おばさん、聞いてください 

「名前は鈴森七瀬(すずもりななせ)さんって言うんですけど……」



彼女を気になり始めたのは1年の秋、その日はマラソン大会だった。


体操服に着替え開会式前、クラスで並び始める。僕の横が鈴森さんだった。


怠そうしていた僕に


「柊(しゅう)くん、緊張するね?」


と話しかけてきた。


「緊張というか怠いというか、僕はあんまり走るの好きじゃないかな」


「そっか」


「鈴森さんは嫌じゃないの?」


と聞くと少し微笑んで


「七でいいよ……名前。私は走るの結構好きかな、速いってわけじゃないけど」


呼び名を指定されたことに少しビックリもしたがクラスメイトとして少し距離を縮めてくれたんだと思った。


「七……へぇ〜そうなんだ」


と少しの驚きを抑え僕は返した。


「そうだ、目を瞑って手を出して」


と七が言った。


目を瞑って手を出すと手を握られた。握りながら小さく何か言っている。何を言っているか分からなかったが、何か言った後、ほっぺたに何か触れた。


「リラックス出来たでしょ?頑張ってね」 


開会式が始まった。リラックスどころかドキッとしてしまった。マラソン大会は体の疲れにドキッとした精神的な疲れもプラスされクタクタで終わった。




 

 話を聞いたおばさんが


「聞いてもないのに、その娘(こ)の名前まで丁寧に教えてくれて」


と少しおちょくるように言った。僕は少し照れた。

 

 考えれば身も知らずおばさんに話すのもおかしなことだが、心の中では誰かに話してみたかったのだろう。話し終えたら体重が減ったかのように何が体から抜けていった気がした。


「他人(ひと)を好きにさせる御呪い(おまじない)を教えてあげようか?」


と唐突にそう口にしたおばさんは手帳を出してきた。


「かかるかどうかは知らないよ、まず握手にしてだね……」


どうやら昔台湾旅行に行った時に露店で話したおじさんから教えてもらったらしい。

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