Stage 3-4
どうして道中険しい秘宝探しに女が必要なのかよくわからなかったが、浜奈の心は葛城王に惹かれていた。ごめん多比能! やっぱり私、葛城王と一緒にいたい。
「私も行きます」
しかし、そう告げた時、なぜか浜奈の脳裏に、焼き栗宴会で弾けるように笑っていた木工寮の下級役人の顔が思い浮かんだ。
「ねぇ、
気付いたら、そんな提案が浜奈の口から零れていた。
長身の葛城王を、小柄な巨勢楓は遥かな山の頂を見上げるようにして見詰めた。美貌を誇る楓も、この男は確かに知ってる中では一番の美青年だと認めざるを得なかった。
しかし、だからと言って特別な感情は湧かない。
粟田兄妹と同様に葛城王から直接呼ばれた楓は、一通りの説明と依頼内容を聞くと、唇の片側を上げて静かに笑った。
「で、私を選んだ理由は何ですか? 風流なあなたの心の琴線に触れることができたってことかしら?」
「君に表面上の理由を言っても仕方がなさそうだから本音を言うよ。君は粟田掌蔵の親友らしいね。もちろん君が有能な書典で、こうした古い書物の扱いや知識に長けてるってのも考慮してるけど」
「随分とあからさまですね。親友の私と一緒なら粟田娘も安心するんじゃないかって算段なんでしょう?」
「ご明察。でも、俺は君自身にも来てほしいと思ってるんだよ。どう、秘宝探しに付き合ってくれる? これ以上ない、美男美女の組み合わせじゃない?」
楓は桜色の扇を口元に当てて、ふふと笑い声を漏らした。葛城王の軽い言葉がどこまで本気なのか図りかねるところがあるが、楓は元からこの計画に参加してやろうじゃないのという気でいたのである。
外の世界には興味があったし、知能を使うような難題に立ち向かうことは楓の得意とするところだ。危険かどうかは二の次だった。
「巨勢家随一の知力と美貌を持つ女官として、お供させていただきましょう。ただし、親友を泣かせたら、葛城王様と言えど闇に葬りますからそのつもりで」
氷の微笑と称される楓の笑顔をまともに食らった葛城王は、文字通り背筋に寒気を感じたが、女性に関しては百戦錬磨のことだけあって、「かわいいね。あーいうのも、たまにはいいかもな」と独りごちた。
そして、最後に小野老の反応はというと、相変わらずどこまでも冷徹だった。瞬時に様々な損得勘定を頭の中で弾き出した結果を葛城王に告げる。
「いいでしょう。小野の名誉にかけて、その四神の秘宝とやらを持ち帰り、遷都の完成に貢献します。私の父も遷都には全力で取り組むと公言してますし、この任務で息子が都から消えても文句は言わないと思いますよ」
老にとって最も重視すべきは、それが小野家に有益か否かということである。天皇直々の命を無事に成し遂げることができた暁には、老の力量と幸運が讃えられ、彼を輩出した小野一族にも栄光が与えられる。
粛々と藤原京の官衙で職務を遂行しているだけでは、到底得ることができない見返りと、若者の心を刺激する東国への旅……。
それに、正々堂々と大伴家のじゃじゃ馬娘からしばらく距離を置くことができるのだから、参加しないわけにはいかない。父親の昇進の口添えが約束されているものの、やはりあの奇抜な姫とまともに向かい合うのは、体力と精神力が普段の仕事の何倍も要求されるし、感性が合わないことにはどうしようもなかった。
「承諾してくれて助かるよ。君の持つ冷徹さがあれば安心だ」
「いえ、葛城王様こそ文武両道でいらっしゃるのに。まぁ、粟田大尉は熱い男ですから、私が手綱を握りますよ。頭で考えるよりも、体が動いてしまう奴なんでね」
「……ということで、私たち、秘宝探し計画に行くことにしたの」
たっぷり1刻近くを費やして、浜奈たちは秋依を説得した。
「マジかよ……」
頭の中が飽和状態になった秋依はそう呟くのが精一杯だった。そして、今まで一言も口を開かず、卓子の一番奥の席に座っていた優美な女性がおもむろに立ち上がり、秋依の目の前に進み出た。
「楽浪工、にわかに信じられないのはよくわかります。でも、マジな話なのです」
小柄だが凛とした姿に似合わず、その女性は秋依の庶民言葉を真似して語気を強めた。
「あなたは特に算術に優れていると聞きます。道中、その知識が不可欠となることもあるかもしれません。それに、あなたの誠実な人柄は木工頭が認めています。粟田掌蔵があなたを仲間に、と言うくらいなのだから。どうか、母上の……陛下の夢を叶えて差し上げて」
秋依は二度目を瞠った。まず、あの口の悪い人使いの荒い上司が自分に好意的な評価を下していたこと、そして、目の前に佇む女性が内親王であるということ――。
大きな卓子を囲む全員が秋依の返答を待っている。
秋依は自分より遥かに高みに存在する若者たちの視線に気圧されながらも、これは一世一代の賭けだと思った。
平凡な下級官吏が天皇の代理である内親王に、必要とされている。秋依の脳裏にいつも自分より注目され、父のお気に入りの実兄が浮かんだ。そう、俺は兄とは違う。だから、こういう生き方もいいんじゃない?
「伴に加えさせてください」
深々と頭を下げた後、視線を戻した秋依が目にしたのは、安堵して顔を綻ばせた前途洋々の若者たちの笑顔だった。
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