Stage 3-3
藤原宮大内裏の隅っこに、ひっそりと図書寮はあった。
正月まであとわずかという日、秋依は課業時間終了後に図書寮に向かっていた。何の接点もない役所に足を運ぶことになったのは、最終的な上司である
「失礼しまーす。
入り口をくぐると、古い書物に特有の黴臭さが鼻を突いた。秋依は顔をしかめたが、すぐに別の表情をするはめになった。
「な、な、なんで?!」
心の臓が口から飛び出るかと思うほど驚愕したのは、目の前に浜奈が立っていたからだ。浜奈は室内の大きな会議用の卓子の横に立ち、さらにその隣には歌垣で浜奈を横取りしようとした風流な美男子がにこにこと笑いながら深く椅子に腰かけているではないか。
そして、向かい側には見たことのある人物――そう、浜奈の兄だ。
彼の左隣で冷静な様子でこちらを覗っているのは、知的な双眸の文官と小柄だが目の覚めるような美貌の女官。もう一人、美しい落ち着いた雰囲気の若い女性が奥に座っているが、女官ではなさそうだ。それよりももっと高貴な身分の……。
「突然呼び出して申し訳ない。歌垣の日以来だね。俺は
なんだそれは?! 王って……こ、皇族だよな。来るとこ間違えたのかな。
秋依は回れ右をして退出しようとしたが、「待って、秋依!」と耳慣れた声に引き留められた。
「あなたを呼んでほしいって頼んだのは、私なんだ。話を聞いてくれる?」
「
頷いた浜奈を見て、秋依は深呼吸した後、指し示された椅子に座った。
葛城王は古ぼけた書物を秋依に手渡した。例の『異伝東征古譚』の原本である。怪訝な顔をしている秋依に、葛城王はいつになく真面目な雰囲気で語り出した。
「今から話すことは他言無用でお願いする。俺たちはこの文献を手掛かりに、東国に散らばっている四神の秘宝を探し出す任務を与えられたんだ。指揮者は俺だが、任意で仲間を集めてよいと言われたから、
「私から説明するね。こんな重大な任務に私に白羽の矢が立ってしまって、心配だったの。葛城王は文武両道だし、武官の必登兄さんも一緒だって言われたけど、私、ふとあなたも加えたらどう?って葛城王に言ってしまって……」
全くわけがわからない。話が見えない。皆で自分を何かドッキリ驚かせ大作戦とかにハメようとしているのか。
秋依は正直にそう尋ねた。だってそうだろう? 四神の秘宝って何だよ……。
「ま、当然そう考えるわよね。あなたが軽率にお宝の話に飛びつくような人だったら、葛城王も粟田掌蔵もがっかりしたでしょうけど、そうじゃなかったんだからむしろ安心ってことね」
楓がつんとすました口調で言うと、浜奈は申し訳なさそうに秋依に頭を下げた。
「私たちだって、最初はものすっごく戸惑ったんだよ――」
葛城王に兄妹揃って呼び出され、秘宝探しの内密の話が降ってきた時、あまりにも突飛な内容だったため、浜奈も必登も粟田家を陥れるための罠ではないかと大いに疑い、すぐには承諾しなかった。
何より浜奈をこれ以上なく動揺させたのは、歌垣で出会って一目惚れした美男子が、宝探しを呼び掛けた張本人だったということだ。
自分が恋した相手が葛城王だと知った時、浜奈は後輩の藤原多比能のことを想い、悲しみと怒りがない交ぜになった感情の嵐に見舞われた。
婚約者がいるにも関わらず、歌垣に遊びに出かけて自分に歌を詠み掛けてきた葛城王に対して、腹が立ったことは間違いない。しかし、浜奈は自分に対しても同じ感情を抱いたのだ。
(それでも、私は葛城王が好き。大事な後輩の婚約者だってことがわかったのに、身を引くなんてできないよ)
それどころか、葛城王が自分を重大な任務の仲間に選んでくれたという事実に心が満たされ、多比能よりも気に入れらているのではないかという優越感に浸ってしまった。
結局すぐに、天皇の夢の御告げを実現するための任務だと判明し、葛城王の「衛門大尉が同行してくれたら、百人力だよ。なんと言っても、粟田大尉の大刀と弓には勝る者がいないようだし」という殺し文句もあって、兄の必登は生真面目な忠誠心に火が点いて葛城王に同行することを承諾した。
「お前も行くよな? 密かに陛下と国のために働けるなんて、こんな名誉なことはないぞっ」
ダメだ、目が輝いている……。こうなったら必登は反対されても頑として受け付けない。
葛城王は微笑みながら必登に右手を差し出し、必登も固く握り返した。早くも友情?を芽生えさせたらしい男2人は、次に浜奈の方を期待を込めた瞳で見た。
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